第101話 魔女との戦い(中)

 巨大な、いや巨大と言う言葉では収まらないような暴力的な力が召喚陣に集まる。


「くっ!」


 俺達は、そのあまりに強力な力に、召喚陣に吸い寄せられそうになるのを必死にこらえる。


 デカイ、巨大な何かが、召喚陣深淵からこちらを覗いている。


「黒き女神、豊穣の女神よ」


 魔女は静かに祝詞をあげる。それは、此の世を暗黒の世界に替えるカウントダウン。


「ここは、素敵な餌場遊び場さ」


「やらせるな! 何としても止めるんだ!」


 アンジェロ神父の叫びも虚しく、俺たちの攻撃は透明な障壁に阻まれて、召喚陣にも魔女にも届きはしない。


「輝きに満ちた世界、希望に満ちた世界、その全てを暗黒に変えよう」


 何か、何か手は無いか。あんなものが召喚されてしまっては、教会どころか、此の世が終わる。


 何かないかと、考えを巡らす。その時だ、胸に触れる何かがあった。


「奴が使ったのは、次元魔術……もしかして!」


 俺はその紙に手を伸ばす。


「豊穣の女神よ、全てを生み、全てを滅ぼす、母なる神よ、今ここに顕現せよ一緒に阿遊ぼう

「世界の危機だ! 何時までも隠れている場合じゃないぜ!」


「いざ現れよ、闇に囁く者!」

「帰って来てくれ! 神父様!」


 莫大な力が魔女の背後の召喚術より迸る。

 それに比べれば、小さな、あまりにもちっぽけな力が俺の召喚陣より溢れ出す。


「おや?」と魔女が疑問の声を上げる。

「ほうほう」と魔女が興味深そうな声を上げる。

「あはは」と魔女が小さく笑う。


 魔女の召喚陣より現れたのは視界に入れる事すらためらうような、泡立ち爛れた巨大な触手の塊

 そして、俺の召喚陣より現れたのは――。


「助かりましたよ、アデム」


 シエルさんを抱きかかえた神父様だった。


「神父様!」


 魔女が使うのは時空魔術、あの時血も残さずに一瞬で消えた神父様は、魔女が隔離した空間に捕えられているという仮定は正解だった。

 シエルさんも同じ空間に捕えられていたのは僥倖。計算違いの一石二鳥だった。


 神父様は、気を失ったシエルさんを執行機関の人に預けて、触手の塊、そして魔女を睨みつける。


「あはははは、やるじゃないかアデム君。僕の結界からその男を救い出すなんて」

「嘗めるな魔女! 俺は召喚師だ! 例えどこの世界に居ようとも、繋がりさえあればどこからだって召喚して見せる!」

「あはははは、いいよいいよアデム君。やはり召喚師君たちは面白い。

 だがどうする? 既に闇に囁くモノは召喚された、事ここに至って君たちに勝ち目なんかありはしないよ?」

「それは、早計だと言うものです」


 疲弊した俺の肩に神父様が手を置いてそう語る。


 魔女の空間に捕えられて数日、その空間に時間の感覚があるのかは知らないが、あのシエルさんが倒れているのだから、神父様も疲労は限界に近いだろうに、彼はそんなものおくびも出さずにまっすぐに立つ。


「アデム、あの不快な生き物は私が引き受けます。貴方はその間魔女の相手をお願いします」


 神父様はそう言うと、触手の塊に向けて駆けだした。





 教会の尖塔に達するかというような巨大な触手の化け物。その異形に向かって神父様はたった一人で立ちふさがる。


「ふん!」


 衝撃波を伴いながら振るわれる触手の速度は、およそ人の目で追えるものでは無かった。だがロバートは、勘と経験により着実にそれを捌ききる。


 ギンと硬質なもの通しが弾け合った音が鳴る。ロバートはその莫大な衝撃を発勁でかき消しながら一歩ずつ着実に近づいて行く。


「あはははは、まったく、君っては原住民人間を止めているね。この子はとても人間が相手を出来る生物じゃないぜ」

「何処を見てやがる!」


 俺たちはよそ見をしている魔女に向かい猛攻撃を掛けるも、それは相変わらず不可視の障壁により阻まれる。


「うふふふふ、まったく学習しないなぁアデム君は」


 魔女の手から火球が放たれる。なんてインチキだ、こちらの攻撃は届かないのに、あっちの攻撃は素通りする。


「それにしても、興ざめだ、いや楽しみでもあるかな」


 魔女はそう言って、指を鳴らす。すると召喚陣より無数の見たことの無い不快な魔獣たちが現れた。


「うふふふふ。君たちも見ているだけじゃ退屈だろう、遊び相手を用意してあげるよ」


 現れた未確認魔獣の数々、それは一斉に俺たちに牙をむく。


「アデム! このままではらちがあきませんわ。わたくし達が相手をしている間に何か打開策を考えて下さい!」


 シャルメルはそう言って無茶を言う。

 頭を使うのは俺の役目じゃないだろう、そう言ったのはカレンさんの様な専門家の役割だ。

 俺は、カレンさんの方を振り向くも、彼女は魔女の方をじっと観察しているだけ。


 魔女討伐の専門家であるカレンさんが思いつかなくて、俺が思いつくもの。そんなものは召喚術の他に在りはしない。

 考えろ、考えるんだ。奴の時空魔術を打ち破る術を。


 魔女は魔獣たちに守られて、その奥で俺たちの戦いをニヤニヤと高みの見物している。

 折角同じ土俵にまで下ろせたんだ、あと一歩なんだ!


 だが、魔女がこれ以上近寄って来ないなら、俺たちの方から魔女に近づけばいい。とは言えいきなり訳の分からない時空魔術なんて使えはしない。

 それは、天才であるカレンさんだって同じ事だろう。


 俺の出来るのは召喚術、ならばそれを使って奴に近づく。

 

――前例は、ある――

 

 この世界で最も魔女に肉薄できたのは魔女を封じた召喚師であるアリアさんだ。


 神父様は、何とか触手の化け物の足止めに成功している、だが、今の神父様の状況で教会よりも大きなあの化け物の相手は無茶でしかない。と言うか、まともに戦えている現状が、異常極まる事態と言っても過言ではない。

 そうそう時間は掛けられない。


 俺は閃き、覚悟を決めたのだった。

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