第77話 聖教会

 アデルバイムの街にも勿論教会はある。それも王都のものに勝るかの如く豪華絢爛な教会だった。


「ふふふ、良いですよね。人間の虚栄心と傲慢さが形になったかのような見事な建築物だとは思いませんか?」

「はっ……はぁ」


 何ともコメントに困る事を淡々と言ってのける。しかし彼女は俺の反応なんて位に返さずに、全く面白くなさそうに「ふふふ」と笑う。一体何なんだこの人は。


「それでは皆様、どうもありがとうございました」


 彼女は深々と、聖戦士の皆さんに頭を下げる。おれもつられて頭を下げるが、その中の代表者と見られる人が俺の手を取りこう言ってくれた。


「君が気に病む必要はない、俺たちは聖戦士ロバートが死んだとは思っていない、それは彼に師事した君が一番よく分かっているだろう」

「……はい!」


 そうだ、あの無茶苦茶人間があんなにあっさりとやられる筈は無い。きっと生き残ってくれて居る筈だ。

 俺は、神父様とシエルさんの無事を祈って、しっかりと彼の手を握りしめた。


「彼は情だけで動く人間ではない、君は魔女との戦いにおいて何らかの切り札となるべき人間なんだろう。我々に力を貸してくれ」

「勿論です!」


 彼の目から、握りしめた手から、熱い情熱が感じられる。そうだ、まだまだ諦めてなんかやるものか。あのクソ魔女に目にものを見せつけてやる。


 彼は俺の目を見て安心したのか、鎧の音を響かせながら教会の奥へと歩いて行った。


「ふぅ、暑苦しい。男同士の友情とはかも汗臭いものなのですね」


 シスターカレンはそう淡々と感想を述べる。まったく教会のシスターは変人しかなれない職業なんだろうか?


「あー、助けて頂き、ありがとうございました」

「おや、その頭は飾りでは無かったのでございますね。ですがこれも神父ロバートの言伝に従ったまでの事、貴方が気にする必要はございません」


 一々一言多い。しかしこう言った相手は気にするだけ時間の無駄だ、相手にすればより付け上がってしまう。


「うふふふふ、無視ですか、良いですねそそります」


 そう言って、彼女は無表情のまま頬を上気させる。やだ、この人怖い。


「こほん。貴方の事はシスターシエルより、良く聞き及んでおります。

 それでは改めまして、ようこそ我らが聖教会へ」


 彼女はそう言って包帯だらけの手を出してくる。俺は恐る恐ると差し出されたその手を握った。


「あんっ」

「ひっ!」


「うふふふ、冗談です」と、無表情で彼女は言う。俺が彼女の手にさわった途端に妙な声を出しやがった。

 どうしよう、今まであったことないタイプの面倒臭い人だ。





「さてさて、君には色々と話を聞かせてもらいたい」


 教会奥の応接室、シスターカレンと、鎧を脱いだ先ほどの聖戦士とで俺に向かい合う。


「はい、魔女の事について俺が見た全てを話します」


 俺は、夜会からの一連の流れを彼らに説明した。


「やはり、全くのノーダメージだったと言う事か」

「そう落ち込む事はありませんよ、聖戦士アンジェロ。我々が編み出した結界破りは20年の歳月を経て、ようやく魔女の結界にも十分通用した、先ずはそこからです」


 この席で俺は改めて彼らから自己紹介を受けた。この胡散臭いシスターの名は、カレン・エレイシア。聖戦士隊の魔術師で魔女対策の専門家。シエルさんとは年も近いと言う事もあり、親交が深かったと言う話だ。

 男性の名はアンジェロ・ロック。ロバート神父の上司に当る人物で、聖戦士隊の精鋭部隊、執行機関の前線隊長を務めていると言う話だ。


 執行機関では、魔女を始めとし、様々な人類に対する脅威の対策として、日夜情報収集とその対策に明け暮れていると言う。

 

『魔女を始めとし』と言うフレーズが気になるが、そんな事に構ってはいられない。


「何か、ヒントにはなりましたか?」

「ええそうですね、『根本から異なっている』と言う貴方の所感は参考になります」


 カレンさんは、俺の目をじっと見ながらそう言った。


「ええそうです。神父様の馬鹿げた攻撃力でも傷一つ付かなかったんです、なにか前提条件から異なっているとしか思えません」

「それは以前からの戦闘で確認できています、ではどの様な要因があると考えられますか」


 そこを深く突っ込まれると弱い、頭を使うのは苦手なのだ。

 返答に困る俺にアンジェロ体調が助け舟を出してくれる。


「何でもいい、的外れな答えでもいいんだ。それがヒントになって問題解決の手がかりとなるかもしれない」


 何でもいい、何でもいい。そう言えば疑問に思う事がある。あんなに強力で常識外れの魔女を一体どうやって封印したと言うのだろうか。『門』の向う側に押しやったと言うが、その向う側とは一体何があると言うのか。


「その前に質問を、アリアさんが行った魔女の封印とは一体どうやったのですか?」

「……そうですね、考えればアリアもその答えの一端にたどり着いたからその封印に成功出来たのかもしれません。残念ながらそう長い時間は稼げませんでしたが」


 カレンさんは暫し黙考した後、俺の質問に答えてくれた。

 『門』の向う側がどうなっているかは不明、こちらの世界とは別の世界が広がっているのではないのか、との予想がされている。

 アリアさんはそも門を閉じるカギとなる術式を編み出し、自らを生体パーツとしてその封印に当った。


「その術式とは?」

「基本となるベースは召喚陣より作成されています。それに様々な術式を組み合わせた現代魔術の叡智の集合と言うべき術式でした」


 何をどうやればそんな複合魔術が完成・起動できるのかさっぱり分からないが、自らを犠牲としたと言う事を差し置いても、やはりアリアさんは天才と言うべき人間だったのだろう。


「召喚術……そうだ、奴は真なる召喚術がどうとかと言っていました」

「……真なる召喚術の事ですか」

「知っているんですか!」

「我々の元に残っているソレが、魔女の言う真なる召喚術かどうかは分かりません。ですが秘密協定により封印された過去の召喚術についての文献はございます」

「秘密協定?」

「ええ。大戦時、あまりにも国土を破壊したので、召喚術の一部に封印及び情報工作がなされたのです」


 情報工作とは、現状の世に満ちている召喚術への偏見その他の事だろう。そいつのおかげで俺たちは白眼視されているのだから妙な気分だ。


「済みません、先ずは前提情報のすり合わせを行わせてくれませんか」


 俺と彼女達ではあまりにも情報量に差が多く。話がかみ合わない。


「そうですね、私も焦っていると言う事なんでしょうね」


 カレンさんは相変わらずの無表情で淡々とそう言った。傍目には全く焦った風には見えないが。最強戦力のロバート神父と親友であるシエルさんを失っているのだ。焦らない筈がない。


「先ずは30年前の大戦時。初めて魔女が現れた時の話をお聞かせ願えませんか」


 俺は全ての始まりの事についてから聞き始めたのだった。

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