第75話 敗走

 清浄なる雷光が漆黒の炎に突き刺さる。それは炎全てをかき消すことは敵わなかったが、幾分かその勢いを減ずる事に成功した。


「アデム君!」

「行けます!さっきシエルさん達が来てくれたおかげで、こいつ等との同調が回復しました!

 俺も、行けます!」


 アデムは、サン助の背に跨りそう吠える。

 羽ばたき一つ、アデムを乗せたサン助はダークドラゴンの背後を取る様に飛びたった。


「よしよし、いいですよ、アデム君。決して無理しない程度にかく乱してください!」


 最強を誇るドラゴンだが、飛行能力に特化したサンダーバードには、ほんのわずかに飛行では後れを取る。


 もっとも、その差はほんの僅か、しかも飛行速度以外ではドラゴンの圧勝だ、攻撃力耐久力、どれをとっても、鳥と竜では桁が違う。


「かわせかわせかわせ! 当たったら死ぬぞサン助!」


 サン助はキュイと鳴きつつ、ドラゴンブレスを回避し続ける。だがそれはそう長く持たず、また持たせる必要も存在しなかった。


「無双――雷鳴突き!!」


 シエルの聖剣より放たれた突きは雷鳴を纏い、アースドラゴンに突き刺さる。それはアースドラゴンの体を一直線に貫いた。





「ははっ、あっちはあっちで中々やるじゃないか」

「当然です、彼らは私の仲間です」


 神父は魔女を封じるために、効く当てもない攻撃を叩き込み続ける。魔女も多種多様な攻撃魔術を繰り出すが、神父は種々の守りと、その類まれな体術によって、捌き切る。


 お互いに攻撃は無効。ただ、周囲に破壊の跡を刻むのみ。


「やれやれ、君との戦いはやっぱり千日手だ、面白くもなんともない」

「私も、貴方の顔なんて、見たくもなんともないんですがね」


 徐々に神父の攻撃が、魔女の顔面をとらえる回数を増やしていく。しかし魔女はその攻撃から一瞬の間をおいて虚空へと掻き消える。


「もういいよ、君の相手は飽きた」


 ダークドラゴンがアデムとシエルの協力により倒された時だった。魔女はそう選定を下す。


「消えちゃえよ君。永遠にね」


 その一言で、神父の姿は掻き消えたのだ。





「えっ?」

「嘘……」


 2頭のドラゴンを制し、神父の加勢へと駆けつけようとした俺たちはその光景に目を疑う


「神父様は何処に?」


 ついさっきまで、どっかんどっかん派手な戦いを繰り広げていた神父様の姿は何処にも存在せず。瓦礫の山に魔女が1人立っているだけだった。


「あー清々した。やっぱり僕はああいう、暴力的な連中は嫌いでね、最初からこうしておけばよかったかな」


「ねぇ、そう思わない」魔女はそう言って、此方に振り返る。


「アデム君、逃げますよ」


 シエルさんはそう即断する。最大の戦力を失った今、魔女に対抗できる手段は存在しなかった。


「んふふふ、さて、どうしようか?」


 ニヤリと笑った魔女は一瞬で俺たちの前に姿を現す。


「アデム君! 逃げなさい!」


 シエルさんはそう叫び、俺の眼前で聖剣を一閃させる。結界に裂け目が生じ、そこから元の街並みが姿を現した。


「シエルさんも!」


 俺がそう叫んだ時にはもう遅かった。シエルさんの姿もとうにかき消され、そこにはにやけ顔の魔女が残るだけだった。


「うふふふ、いいよ、お逃げなよ。今日の所は2人に免じて見逃して上げるよ」

「くっ!!」


 言い返す言葉は無い、俺は歯を食いしばりながら、結界の隙間に飛び込んだ。





「畜生、殺す、ぶっ殺してやる」


 俺は痛む体を庇いながら、体を壁に預けて路地裏を進んでいた。

 本気の神父様の戦闘力は、正に天井知らずの驚くべきものだった。だが魔女の前にはそれも通用しなかった。


「何かが、根本から違うんだ」


 発想の根本から変えなきゃ駄目なんだ、結界や幻術なんて既存の魔術とは別の、何らかの特殊な手段を用いているに違いない。

 人類の極北とも言える、神父様の攻撃が一切通じなかった。そこから導き出せる答えはそれしかなかった。

 もしそれ以外、単純に実力が違い過ぎるなんて話になれば、まさに人類に打つ手は無くなってしまう。そんな想像はしたくも無かった。


「畜生、畜生」


 口惜しさと痛みを体に刻み、牛歩の速度で進む俺の前に人影が現れた。


「よう坊主、なんてざまだ」

「……最悪だ」


 大通りの逆光を背に立つのはジェフリー副団長の姿だった。


「……あんたは何故奴に従っている」


 俺は吐き捨てる様にそう呟く。


「何故だって? 上官の支持に従うのは軍人として当然の姿勢だ」

「違う! 俺が言っているのは魔女の事だ!」


 俺の叫びに副団長は、無表情でさっきの言葉を繰り返す。


「ふっざけろよテメェ! あんな邪悪の塊に、一体何の正義がある!」

「はっ、小僧が。大人には大人の事情があるんだよ」

「ええ、全くその通りです。それではその大人の事情に従って、この少年を保護します」


 副団長はその声に眉を顰める。暗がりから、女性の声が聞こえて来たのだ。


「あんた何者だ」

「何者でもございません、私は唯のシスターでございます」


 その女性は酷く淡々とした物言いで、静かに俺に近づいて来た。


「まだ早いと申したのですが……人心とはままなりませんね」


 そして、現れたのはその女性だけではない。シエルさんと同じような重装聖戦士たちが彼女に引き連れられて姿を現した。


「まだ早いって……」

「はい、あの魔女と対決するにはまだまだ時間が足りなかった。だけども神父ロバートとシスターシエルは、貴方のピンチを聞き取り、不利を承知で戦いに向かってしまいました」


 彼女は俺の事を酷く冷めた目で見つめながら、平坦な口調でそう話す。だが俺に返す言葉なんかありはしない、全てが彼女の言うとおりだった。


「ともあれ、ジェフリー副騎士団長。彼の身柄は教会で預からせていただきます。これは彼らからの言伝ですので」


 そう言うと俺を庇うように聖戦士たちが前に出てくる。


「なる程、確かに大人の事情だ、良いでしょう。どうせその坊主は本命じゃない、ここは貸と言う事にしときましょう」

「あらお優しい、貴方が本気になればいい所まで行くんじゃないでしょうか?」

「本気になる程の値札はつけられちゃいないって事ですよ。我々の本命はあくまで反国王派、その小僧は物のついででしかありません。

 所でお名前をうかがっても宜しいですか、シスター?」

「おやこれはご無礼をしてしまいました。私はシスターカレンと申します。もうお会いすることが無いように神にお祈りしておきますわ」


 シスターカレンはそう言って慇懃無礼に頭を下げたのだった。

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