第60話 プレゼント・フォー・ユー(前)

 シエルさんのおかげで、予定外の小金がたまった俺は、今までなんやかんや迷惑を掛けたお返しとして、皆にプレゼントを配って回る事にした。


「はい、シエルさん」

「おやおや、アデム君から贈り物とは珍しい。さてはて一体何でしょう」


 料理好き(特に激辛)のシエルさんにあげるものは直ぐに思いついた。以前よりぼろいぼろいと嘆いていた鍋をプレゼントした。


「まぁ! ありがとうございますアデム君! これは教会の皆も喜んでくれますよー!」


 人が喜んでくれるのは気分がいい。シエルさんはウキウキ気分で鍋に頬ずりをしている。

 おまけに添えた香辛料の詰め合わせもいい働きをしてくれるだろう。


 プライベートで良く接しているシエルさんは簡単に欲しいものが思いついたが、さて他の人たちとなると話は別だ。

 実家のイルヤ姉やミントに上げるようなノリでやっていいものか。都会の人、しかも一方は遥か上流階級の人物たち、何を上げたらいいのか想像が付かない。


 取りあえずは、友達の中では最も接している時間が多い所からクリアしていくことにした。





「ほら、チェルシープレゼントだ、風切虫退治で小銭がたまったんでな」

「……あんた、何か企んでるんじゃないでしょうね」


 人の好意を散々な言いようである。

 チェルシーは不穏そうな顔をしつつも包みを開ける、そこには綺麗な小箱に入れられた口紅が入っていた。


「あら、あらあら、これは今年の流行の奴じゃない、手に入れるのが難しいって話なのに良く手に入ったわね」

「そうなのか? 化粧品なんかよく分からないから、店員の進めるままに買ったんだが」

「ええ、そうよ。運が良かったのかしらね。けどありがとう欲しかったのよこれ」


 女性が喜ぶのは、田舎も都会も変わりないらしい。ミントたちの船代を残しておかなきゃいけなかったのであまり高価なものはプレゼントできなかったが、それでも喜んでもらえて幸いだ。


「けどあなたにしては良いセンスしてるわね。ありがとう大切にするわ」

「はっはっは、お前何時も、アプリコットの胸を見てるだろ。胸じゃ勝負できないから他の部分で頑張ろうってエールを込めてだ」

「余計なお世話よこの山猿―――――!!!!!」


 めっちゃ怖かった。ついついいい気分になって本音が口から出てしまった。

 俺は泣きそうになりながらも間髪逃げる事に成功して、次を目指す。





「はぁ、私にプレゼントでございますか」

「そう、カトレアさんにも色々と世話になってるから、あまり高価なものじゃないですけど」


 俺は精巧な装飾がなされたカフスボタンをプレゼントする。これもお店のお姉さんの受け入りだが、メイドさんへのプレゼントはさり気ない御洒落を楽しめるカフスボタンが一番なんだそうだ。

 

「そうですね、折角のご厚意です、ありがたくお受け取りいたします」


 カトレアさんはそう言って柔らかく微笑んでくれた。どうやらお気に召してくれたようだ。

 いい気分ついでに、カトレアさんにお願い1つ。


「はぁ、お嬢様の欲しいものでございますか」

「ああ、そうなんだ、アプリコットは貴族の娘だろ、何を上げたら喜ぶか想像が付けにくくって」

「お嬢様はお優しい方ですので、心を込めた贈り物ならば、大丈夫だとは思われますが」

「いや、それは十分承知してるが、そこはもう一声。具体的な名前を出して頂けるとありがたい」


 チェルシーの二の前を踏んでしまうのはごめんだ。いや贈り物自体は喜んでくれたのだけれども。


「そうですね」とカトレアさんはしばらく考え込む。あまり欲深くないアプリコットだ、従者であるカトレアさんに不満を漏らすことも少ないんだろう。


「お嬢様は、宝飾品などにはあまり興味を抱かないご様子です、実用的なものを好まれるかと思います」


 カトレアさんの一言で、俺の気持ちは決まった。俺はアプリコットに見つかる前に素早くカトレアさんの前から姿を消した。





「アプリコットプレゼントがあるんだ」


 俺がカトレアさんの情報を元に用意した品物はこれだった。


「まぁ! かわいいです」


 分からないもは素直に聞く、俺は店員おすすめのデザイン性に優れた初心者用の調理セットを手渡した。


 喜んでプレゼントを手にしているアプリコットを横目にちらりとカトレアさんに視線をよこすと、彼女は俺がプレゼントしたカフスボタンの箱をポケットからちらりと見せてくれた。

 従者が主より先にプレゼントを貰う訳にはいかないと言う事か、反省材料の一つである。


 俺は、カトレアさんからこっそりとそれを返してもらい、アプリコットの前で改めてプレゼントをした。


 これでアプリコット主従は終わり、次は最大の難関。シャルメルである。





「と言う訳なんですけど、何がいいですかね」

「ふむ、お嬢様への贈り物ですか」


 超が二つ三つ付くお金持ちへのプレゼントである。目もくらむような宝石や最新の化粧品なんぞ、彼女の周りには溢れかえっているだろう。かと言って、生活感あふれる実用品をプレゼントするのもピンとこない。


「お嬢様は、薔薇を好まれます、それに関した品物なら喜ばれるはずですが」


 持てるモノの余裕と言う事か。まぁあれで常識のある奴だ、こっちの懐具合も分かっているだろう。


「そんじゃ、ジム先輩は何がいいですか?」


 魔術戦士であるジム先輩にはナイフの一本でもプレゼントしようと思っていたところだが、話のついでに聞いてみる。同性ならばすんなり聞けるのが不思議な所である。


「……そうですね」


 先輩は暫し考え込む。彼もシャルメルの従者、高価な装備品で身を固めているとはいえ、小ぶりなナイフ程度なら予算の範囲内だ。


「では、あの時の続きを、一手手合せをお願いしましょう」


 彼は真顔でそう言ったのだった。

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