第59話 虫退治
「汝は虚ろなるもの! 汝はあり得ざる者! 汝は天舞う不可能性! いざ現れよヒポグリフ!」
召喚陣から体の前半身が鷲、後半身が馬の生物が現れる。
「行くぞヒポ太郎!」
俺は召喚したヒポ太郎の背に跨った。
ヒポ太郎は初速が遅く飛び上がるまでは暫しかかるが、一度飛び上がればそこは別世界。
背中に当る歓声が心地よい。
だが! こんなもんで驚いて貰っちゃ困るってもんだ!
風切虫が接近する俺たちに気が付いてキイキイと鳴きはじめる。誰だって食事中を邪魔されるのは腹が立つもの、それは奴らだって変わらない。
「お次はこいつだ! 汝は暴力、荒ぶる力! 勇気の化身にして力の象徴! その覇を示せシルバーベアー!」
2体連続召喚と言う荒業に、分かっている奴がざわめきを上げる。
召喚術は召喚対象が多くなれば倍々ゲームで難易度が上昇していく。ほぼコスト0で召喚できるグミ助も含めれば、3体召喚しているとなればその負担は著しい。
くらりと意識が遠くなりかけ、ヒポ太郎にもたれかかる。俺は唯でさえ同調力が高い、頭の中でグミ助たちが大騒ぎを始めている。
だが我慢、ここは我慢だ。
ここでぶっ倒れたら所詮は召喚師だと馬鹿にされちまう。それだけは絶対にさせない。俺の目標となる人は5体もの召喚獣を操っていたんだ。高々3体程度で根を上げてたまるか!
同調を最小限に抑えて(それでも平均レベルはあるのだが)先ずはシルバーベアーの熊の助を突っ込ませる。
魔獣クラス2、体重1トンを超えるクマの助爪が風切虫の塊に叩き込まれる。虫たちの体液と肉片がまき散らされ、何を逃れた風切虫が羽ばたき逃げる。
「行け! ヒポ太郎!」
宙はピポ太郎の領域。鋭い嘴と長い爪で、次々と風切虫を切り裂いていく。
「新入りにいい所かっさらわれてたまるか!」
俺たちが初激をぶち込んだ後に、戦闘集団が追い付いて来た。派手な魔術が虫たちに直撃する。やはり広域殲滅は真言魔術の独壇場だ。
「だが、今日の主役はこの俺だ!」
俺は背負った弓を手に持ち、3本纏めて矢を構える。武芸百般。神父様に叩き込まれたのは体術だけじゃないって事を教えてやる!
「まぁそうは言っても、1人じゃ限度があるよなぁ」
全力のそのまた全力を出し切り、ヘロヘロになった俺は虫退治が終わったら立ち上がれなくなるほど披露していた。
「見てたぞアデム凄いじゃないか!」
「あー、リリアーノ先輩お疲れ様でした」
木陰で休んでいた俺に、リリアーノ先輩が興奮して話しかけて来た。凄いと言われても、上位入賞は果たせずじまい、やはり広域殲滅魔術の前に、一匹一匹ぺしぺし潰して行くのは非効率的この上なかった。
一番槍を取れたのがせめてもの慰めだ。
「いやいや、何を言っている。個人参加のルーキーがこれ程の成績を収めたのであれば上出来、いや快挙と言ってもいい事だぞ」
まぁ懸賞金はそこそこ手に入った、これならミントたちを王都に案内できるかもしれない。
等と先輩と今回の感想を言い合っていると、知らない声が聞こえて来た。
「おう兄ちゃん、随分と張り切っていたみたいじゃねぇか」
俺と先輩がその声に振り向くと、見知らぬ男が立っていた。彼は無精髭を生やした30代後半ぐらいの男で、使い込まれた川の胸当てと、飾り気のないブロードソードが彼の年季を物語っていた。
「まぁね、ちょっとアピールしときたかったんでね。所でおっちゃんは誰?」
使い古されてはいるが、風切虫の体液がかかっていない綺麗な格好だ、参加者と言う訳ではなさそうだが……。
「がははは、俺の事なんざどうでもいいじゃねぇか、若い連中の様子を見物しに来た唯のロートルだよ」
まぁ話半分に聞いておこう、神父様ほどではないが中々動ける人と見た。十分な警戒が必要だ。
「ところでアピールってのは誰に向けてのアピールだい? ここは有望なルーキーを釣り上げる青田買いの会場でもある。仕官の伝手でも探しに来たのかい?」
「いいや、俺がアピールしたかったのは世間全般に対してだ、世の中に召喚師の凄さを認めさせてやりたかったんだ」
その試みは不完全燃焼で終わってしまったかも知れないが。
「がははは、それは剛毅なことだ。だがお前さんも知っての通り、召喚師に対する風当たりは強い、いや違うな弱くて弱くて凪状態だ。誰もかれもが召喚術なんて下等で使い物にならねぇと思っている」
「そんな事知ってるよ、だから俺は――」
「お前さんが今日召喚した魔獣たちはどちらもランク2、2体同時に掛かられたところで中級パーティなら楽に対処できちまう」
その発言に俺は言葉を詰まらせる。精一杯効果的な運用をしたつもりだが、それでも成果は精々が上位の中級パーティ程度、ぶっちゃけ俺が単体で処理した方が上手くいった程だ。
「はっ、だが俺にはまだここじゃ見せていない切り札がある」
「切り札を隠しておくのは常套手段、みんなやってることだぜ」
ボスはそん所そこらの切り札じゃない。召喚に成功しさえすれば、俺はぶっ倒れてしまうかもしれないが、今日の催しを文字通り蹂躙出来た筈だ。
「お前さんがどんな切り札を持っていようが、今のお前さんの姿を見てるとな。弱り切ったお前さんをぶっ殺しちまえば、召喚獣は帰還しちまう、違うか?」
またもや痛い所を付かれる。召喚獣は元居た場所から術者の魔力により無理矢理引っ張って来た者だ、その基点がなくなれば、召喚獣は元の場所へと戻されてしまう。
「……なにが言いたいんだよおっさん」
「おっとわりいな、有望な若者を見るとついついからかいたくなっちまうんだ。だがよう、お前ほどのポテンシャルを持っていれば、召喚術なんぞに見切りを付ければ、もっと早く高みに登れるはずだぜ?」
「俺は召喚術が好きなんだよ! 余計なお世話だ!」
「がはははは、まぁそうだよな。じゃなきゃぶっ倒れそうなのを我慢してまであれほど張り切りゃしねえ」
おっさんはそう言って大笑いする。くっそムカつく。
「じゃあな若人、必死に励め」おっさんはそう言うと立ち去って行った、一体なんだったんだろう?
俺がそう疑問に思っていると、隣で案山子の様に突っ立っていたリリアーノ先輩が口を開いた。
「あっアデム! お前なんて口の利き方をするんだ!」
「へっ? あっ? はぁ?」
「あのお方は王国騎士団副隊長、ジェフリー・カートランド殿だぞ!」
「えっ!? へ!? あの小汚いおっさんが!?」
「ああ、以前研修で騎士団を見学させてもらったから間違いない、今のお方は王都の懐剣、誉れ高き稲妻切、ジェフリー・カートランド副隊長だ!」
「そんなお偉いさんが、なんでこんな所に居るんですか!」
「そんな事私が知るか! 鵜呑みにするならば青田買いとのことだったが……ああサインでも貰っておけばよかった!」
リリアーノ先輩はバタバタと地団太を踏む、神父様の事と言い、意外とミーハーな事のある先輩だ。
「そんなもの今からでも貰ってくればいいじゃないですか。まだそこらに……」
いなかった、さっきまでそこらに居た筈なのに、姿形も見えやしねぇ。そう言えば疲れてっきっていたとは言え、声を掛けられるまで接近に気付かなかった事と言い、斥候のスキルでも持っているのだろうか?
全く、次から次へと上が出て来てちっとも強くなった気がしない。困ったものだ。
その後何とか動けるようにまで回復した俺は、シエルさんと合流し後かたずけを手伝ったのだった。
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