第49話 神託
いつも通りニコニコとほほ笑んだままの神父様。だがそれが纏う空気は硬く張り詰めたものだった。
「それって、神父様と戦えって事ですか」
俺は、何時でも飛びかかれるように膝を緩めつつそう尋ねる。
「ははは、幾ら一線を引いたとはいえ、まだまだ君たち程度に後れを取る私ではありません。そんな事を条件にしたらかわいそうでしょう」
俺は拳を握りしめる。悔しいがその通りだ、未だ彼の背ははるか遠く、俺はその影すら踏めていない。本気の神父様と俺の間はそれほどの差がある。それはここにいる全員で襲い掛かったとしても同じことだろう。
「それでは」
「……そうですね」
神父様はそう言って暫し考え込む。
「アデム。リッケ大森林の中にある遺跡は覚えていますか?」
「勿論です。よくあそこでしごかれましたから」
村の後ろに広がるリッケ大森林。その奥にひっそりと存在するのが名も無き遺跡だ。石造りの神殿めいた広大な遺跡は森に浸食されつつも、静かな威厳を保っている。
そしてそこには他所ではあまりお目に掛かれない様な魔獣が生息している。森のボスもそこを根城としている。
「はは、たった数か月ぶりだと言うのに随分と懐かしいですね。
ですが、覚えているのなら結構。実は私はあそこで未発見の区域を発見しましてね」
「え! そんなものが有ったんですか!?」
「はい、あそこは興味深い場所です。私が発見した場所以外にも色々と謎があるかもしれません」
「それじゃ、そこで新発見をして来いと?」
「相変わらず、そそっかしいですねアデムは。話は最後まで聞きなさい。
試練の内容とは、その私が発見した最奥部に行き、そこで何を見たか報告してもらう事です」
「は? そんな事でいいんですか?」
拍子抜けだ、散々もったいぶって言うもんだから、どんな難問奇問が出てくるかと心構えていたのに、そんな事でいいなんて。
たしかにあそこは大森林の中でも強力な魔獣が良く出現する場所ではあるが、俺はあそこに1人でキャンプをさせられた事もあるんだ、正しく別荘みたいなもんだ。
「神父様、それは私も同行してよろしいんですか」
「チェルシー!?」
俺の隣にいたチェルシーが、今まで見たことない真剣な顔をして神父様にそう尋ねていた。
「ええ勿論です。ついでにそこにいる魔獣と契約して来ては如何ですか? 割とより取り見取りですよ」
「いや、神父様それが」
学園には勝手に魔獣と契約してはいけないと言う規則があるのだ。
「ははは、あの事ですか。まぁ私が何か適当に一筆したためましょう、それをエドワードに見せれば事後承諾でも大丈夫です」
何を適当な……と、言いたいところだが都合がいい話だ。グミ助は確かに面白い魔獣だが、ドラッゴの事もある、そろそろ新しいバリエーションが欲しかったところだ。
「ふむ、そうですね。それでは何か気に入った魔獣と契約してきてください。それも条件の一つとしましょう」
「……何と契約して来たかで、合否が分かれると言う事ですか?」
チェルシーはそう不安げに尋ねる。一番強い奴と契約して来いなんて言われても、ボスのランクは未知数。少なく見積もってもランク4以上はある、難しいを通り越した何かだ。
「いえ? それはあくまで副題です。面白い魔獣と契約してきたら私が笑えます」
ニコニコと何を適当な。俺はチェルシーと視線を合わせ、その奥に眠る彼女の意思を確かめた。
「神父様、質問がございますわ!」
そう言い、シャルメルが挙手をする。まぁ分かっていた。と言うかよく今までじっとしていたものだ。試練と聞いて彼女がじっとしている訳がない。
「はい、何でしょう」
「その試練には勿論、
「ええ勿論です。ここにいる全員に参加の権利があります」
その発言を聞き、ジム先輩も闘志を燃やす。ピリピリとした雰囲気が伝わってくる。彼は神父様の、いや聖戦士ロバートのファンだそうだ。乗らない話は無いだろう。
「あっあの」
そして、アプリコットが不安そうな声を上げる。
「アデム君! 私は回復術が使えます! どうか連れて行って下さい! 私も、強くなりたいんです!」
彼女は祈る様に、吐き出すようにそう言った。
「……危険は、勿論あるぞ」
俺のレベルでは安全な所だが、彼女にとっては人外魔境。大冒険となるだろう。俺はちらりとカトレアさんに視線を向ける。何時もなら彼女が止めてくれるんだが。
「大丈夫です、お嬢様の安全は、私が命をとしても守ります」
残念ながらと言うべきか、一皮むけたと言うべきか。まぁ今回は俺も一緒だ、今度は彼女たちを危険にさらすことは少ないだろう。
「それでは、ここにいる皆さんで参加されると言う事ですね」
神父様は全員の目を見て、その覚悟を確認する。言葉はいらない、皆無言で頷き返す。
「分かりました、何か危険な事があれば、私に知らせてください」
神父様はそう言って通信用のアミュレットを取り出した。
「それでは、皆様の安全をお祈りします」
俺たちは神父様に見送られ、教会を後にしたのだった。
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