第50話 リッケ大森林
「忌み嫌われる姿ではございますが、お嬢様の盾となる為です、どうかご容赦を」
リッケ大森林に入り、周囲に人気が無い事を確認してから、カトレアさんは本来の姿に戻る。
「はは、気にしないでください。ここにはそんな事を気にする人はいませんって」
ここにいるのは物事の本質を見極めんとする、魔術学園の生徒たちだ。カトレアさんの優しくも厳しい本質を知る者ならば、例え彼女の姿がどう変わろうと、接し方を変える訳はない。
「ありがとう皆さん」とアプリコットが深々と頭を下げるのがこそばゆい。カトレアさんはドラッゴとは違い善良な人だ、角のあるなしで人間性は測れない。
「それにしても、普段はどうやって変化してるんですか?」
俺の質問に、彼女は懐からネックレスを出してこう答える。
「旦那様より頂いたもので、ラミアの首輪と言う魔道具です」
ラミアの首輪。それはラミア族に伝わる秘宝と言うべき代物で。一日一度魔力を込める事で、魔術的な変装を行う事が出来るアイテムだそうだ。
ラミア族が、あの長い尻尾を隠して人間として振る舞える事を考えれば、角と肌の色程度雑作も無い事だ。
しかも使用する魔力はごく小さなものなので、よほど魔術に長けたものでなければ疑われる事も無いと言う、優れた品物。
これ以上ない変装用の魔道具だが、勿論弱点もある。それは使用可能回数が一日一回に限られていると言う事。つまりイレギュラーな事態が起きて一度変化を解いてしまえば、次の日まで変装することが出来ないと言う訳だ。
こんな珍しいアイテムをアプリコットの親父さんがどうやって入手したのか気になるが、手間暇お金をつぎ込んで手に入れた事は確かだろう。そう言った思いもあり、カトレアさんのローゼンマイン家に対する忠誠心は常に最大だ。
ガサガサと道なき道を進む間の時間つぶしとして、その事を聞いてもいいのだが、それはこんな道中で話すような軽い話ではないだろう。
俺の足なら半日もあればたどり着く場所だが、今回は非戦闘員のアプリコットも居る。彼女の足を基準に、のんびりと樹海探索だ。
俺はキャンプ道具一式の入った背嚢を背負い直しながら後ろを見る。ふむ、やはり女性陣の足が重い、前回の休憩から良い時間だ。ここらで小休憩を挟むとしよう。
「アプリコット大丈夫か?」
「はっ、はい、まだまだ大丈夫です」
慣れない森歩きは体力を消耗するだろう。彼女はぐったりとしながらもそう答える。俺は神父様より入学祝に送られた懐中時計を見ながら時間の調整をする。
今のペースで行くならば、二日後の朝にはたどり着けるだろう。
「良いかアプリコット、万が一の場合回復魔術を使うことが出来るお前がカギとなるんだ。決して無理しちゃだめだぞ。カトレアさんもそのつもりで遠慮なく俺に言ってきてください」
「はっ、はい」
「了解しております」
いざとなれば強情なアプリコットは兎も角、主の事を第一に考えるカトレアさんならそうしてくれるだろう。俺は安心して次はチェルシーに声を掛ける。
「お前は大丈夫かチェルシー」
「ええ大丈夫、学者を志す者の体力を甘く見ないでね。フィールドワークはお手の物よ」
彼女は足をほぐしながら、笑顔でそう答える。召喚師を志す者は魔獣との関わりが第一だ。その為には秘境巡りも必修科目。彼女はその為に日頃から鍛えているのだと言う。
それでは最後は。
「シャルメル達は、問題ないか?」
「ええ、勿論大丈夫でございますわ」
俺の質問に、シャルメルは笑顔で頷き、ジム先輩は無言で頷く。シャルメルは実戦派の魔術師だし、ジム先輩は言わずもがな。色々な面で頼りにしている。
さて、新発見の領域か。
名も無き遺跡は幾度も探索の手が入った枯れた遺跡だ。ただまぁ先日王都で受けたクエストの様に、ひょんな事で新発見と言うのはよくある話。
危険度が高い割に、実入りは期待できないと言う事で、昨今ではめったに人が訪れることの無い遺跡だ、ありえない話ではないだろう。
危険度が高いと言えば……。グミ助のセンサーが反応する。俺は即座にジム先輩へ振り向きこう言った。
「敵襲です! ジム先輩はみんなの守りを、俺が迎撃に行きます!」
「では、
「了解した」と静かに剣を取るジム先輩とは対照的に、意気揚々と反応するシャルメル。元気なのはいいが森を燃やさないでくれよ?
俺は彼女の足に合わせてやや速度を落としつつ、先行する。見えた、敵はバーゲスト。黒犬型の魔獣で、強力な鉤爪と自由自在に操る鎖が特徴的でクラス2に分類されている。
「シャルメル、敵バーゲスト5体。一列横隊で接近中!」
俺たちを森に迷い込んだ村人と思っているのかどうなのか、奴らは俺達を包囲する様に間隔をどんどん広げて行っている。
俺は彼女に敵情報を伝えると魔力爆破によって一気に加速。取りあえず一番手前の敵に突進の勢いを利用した跳び蹴りを叩き込む。
奴は俺の急加速に対応できず、かわす間もなく顔面にクリーンヒットを食らう。「ギャン!」と言いつつ吹き飛んでいく奴からたなびく鎖を掴み取り、俺は思いっきり振り回す。
「おらっ!」
木々の隙間を一直線に飛んでいく奴は別の個体と直撃。鎖同士がぶつかる金属音が響き渡る。
「敵はこっちだおら!」
俺は、重なり合った2頭に魔力激を叩き込む。しっかりと威力が通った感触を拳で味わいつつも、そのまま素通り左端の一頭へと向かって加速する。
そいつは逃走よりも闘争を選ぶ。体に纏った鎖を鞭の様にしならせ俺目がけて振り回してくる。
「遅え!」
さらに加速。鎖の鞭が振り下ろされる前に俺は奴に接近し、その顔面に魔力激を叩き込んだ。
「次!」
俺は木を足場に方向転換。今来た道を跳び戻り、打ち漏らしの2頭の元へと疾く駆ける。
「マジック・アロー!」
シャルメルの周囲に展開された魔法陣から、次々と光の玉が打ち出される。それらはまるで意思を持つ様に木々の間を掻い潜ってバーゲスト目がけて突進していく。
ガガガガガと連続した着弾音が鳴り響き。バーゲストの突進を制止する。
「くっ、通りが悪いですわね」
バーゲストは身に纏った鎖により、直撃こそ避けているものの、シャルメルの魔力弾により、その場にくぎ付けとなっていた。しかし、彼女が一頭にかかりっきりになっている間に最後の一頭が大きく迂回し彼女の背後に回り込んだ。
「いや! 上等だシャルメル! そのままそいつを抑えてろ!」
俺はシャルメルに狙いを定めている一頭に横合いから思いっきり殴りつける。奴はバウンドをした後、木に叩き付けられ、長い舌をべろりと出しながら木の根元に倒れ伏した。
「いいぞシャルメル! 思いっきりやれ!」
「了解しましたわ!」
シャルメルはぺろりと唇を嘗め揚げ詠唱を開始する。
「炎よ炎よ集いて廻れ、螺旋を閉じて槍と化せ! ファイア・ジャリベン!」
シャルメルの眼前で渦巻いていた炎が、一条の赤き閃光となり、「ジュッ」と言う音を残して、バーゲストを貫いた。
奴は悲鳴を上げる間もなく、一撃で絶命したのであった。
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