第40話 いざ敵地へ

 四方を運河で囲われた天然の要害と言った中洲にその場所はあった。


「あそこだよ、あそこの倉庫の一つが奴らのアジトだ」


 俺はアプリコットたちをホテルへと返し、スプーキーに奴らのアジトの道案内をさせていた。

 まぁ何とか潜水していけなくもない距離だ。ばれずに上陸するのはそう困難な事ではないだろう。


「よし、スプーキー案内ご苦労だった、後は俺に任せて朗報を待ってろ」

「兄貴……」

「そんな顔すんなってスプーキー」


 俺は奴の頭を乱雑に撫でる。こいつにこんな不安げな顔をさせるようでは、俺はまだまだだ。


「んじゃちょっくら行ってくる」と俺は夕闇の刺しかかった運河へ静かに飛び込んだ。





「見張りが居るな」


 年季の入った古倉庫、造りはしっかりしているが、彼方此方に罅や欠けが見られる建物の周囲にいかにもでございと言う風の見張りが立っていた。

 馬鹿な奴らだ、それではそこに大事なものが有ると知らせている様なものだ。俺は音も立てずに屋根伝いを走ってゆき、よく観察できるポイントにたどり着いた。


「よし、グミ助行ってこい」


 俺はグミ助をその倉庫の物陰に召喚する。グミ助の移動速度は人間よりも遥かに遅いが、こいつには軟体生物と言う特徴がある、偵察・斥候はお手の物だ。


「同調開始」


 意識を解放、グミ助との同調力を高め、相棒の感じている世界を覗き見る。体から骨が無くなり水の中に浮かんでいる様な自由を得る。


 むぎゅるむぎゅると、隙間を進む。この間俺は意識をグミ助に預けているので無防備になってしまうが、そこは無意識でも反撃できるように神父様に叩き込まれているのである程度は安全だ……と思う。


 むぎゅるむぎゅるのむぎゅるるる。のんびりとした全速力で隙間を突破し、倉庫内へたどり着く。

 そこは、魔道具の明かりがぽつぽつと灯るがらんどうの空間だった。


「ちっ、目当ては隠されているか」


 それとも、あの見張り連中はブラフの可能性も考慮しなければならなくなった。もっとつぶさに調べて回りたいところだが、流石のグミでも倉庫の中にぽつんと一匹さまよっていたら目立ってしょうがない。

 グミ助の危険度センサーは微弱な反応を示しているものの、それがどの方向からまでは、反応が微弱過ぎて分かりはしない。


 さて困った、例のブツとやらの現物を抑えられれば話は早いが、そうそう上手く事は運ばないようだ。


「出かたを変えるか」


 入口が駄目なら出口からだ。この倉庫には船の搬出口が穴を開けている。今度は逆にそこからの侵入を試みてみよう。


 俺はグミ助を一度元に戻し、ご褒美の飴をやってから再出動させる。次の目当ては倉庫下部の船舶出入口だ。


 グミ助を壁沿いに召喚し、えっちらおっちら進んでいたその時だった、グミ助のセンサーが猛烈な勢いで反応し――。


「戻れグミ助!」


 間一髪、水面から巨大な魚が出現し、さっきまでグミ助が居た場所を嘗める様に飛び跳ねていった。


「畜生あの馬鹿、なんてものを餌付けしていやがる!」


 ちらりと見えたあの巨体、あの背びれは、まごうことなきスティールシャーク。その名の如く鋼の様な皮膚を持つ、海のハンターだ。


「この海にあんなもんが生息しているなんて聞いたことねぇぞ」


 俺だって図鑑で見た事しかない、もしや態々遠洋から連れて来たんだろうか。しかしまいった、海の中で奴は正しく無敵。海水と言う天然の防壁に守られ尚且つ奴自身の防御力も極めて高い、ある意味ではサンダーバードやジャイアントグリズリーより遥かに厄介だ。

 神父様なら鼻歌まじりでぶち抜くだろうその装甲は、俺にとっちゃあまりにも分厚い壁だ。奴の鑢を通り越して鋸みたいな硬くて荒い鱗に触れた瞬間、俺の拳がグズグズの柘榴みたいになっちまうだろう。


 上からは無理、下からは無駄。やはり今度の敵は中々に利口で慎重な奴のようだ。


「ちっ、これだから人間相手は面倒くさい」


 昼間の騒ぎで、俺とスプーキーの関係は知れてしまっている。その状態でのこのこと間抜け面を晒してしまったら、スプーキーたちへの追い込みが苛烈なものとなってしまうだろう。

 思い切って正面から乗り込みたいところだが、ここは我慢して慎重に事を運ばなければならない。




 キーキーと蝙蝠たちが空で踊り出す。日が暮れ、倉庫街は闇に包まれた。

 俺は独り暗闇の中思案に暮れていた。やれる手があるとすれば、この暗闇を利用して、覆面をしつつ見張りの奴らを強襲、尋問し話を聞き出すか。

 それともいっその事全力で突撃して、一切合切今夜で終わらせるかだ。


 キーキー、キーキーと蝙蝠が上空を旋回する。ふと上を見てそいつと目が合った。ぞくりと悪寒が走る。見られていると本能が訴える。


 まさか、まさか!


「召喚師かこの野郎!」


 俺が叫んだその瞬間、蝙蝠たちの姿は掻き消えた。間違いない召喚獣だ、しかも俺と同じタイプ、召喚獣と同調することが出来る召喚師だ!

 

 奴の召喚獣はバンパイア・バット、それにもしかすれば、いや確実にスティールシャークも奴の召喚獣だろう。

 やばいやばい、危険なのはバンパイア・バットの方だ。この町の情報は奴のものだ。


「アプリコットたちが危ねぇ!」


 腹は決まった、グズグズしている暇はない。最短で敵召喚師を見つけて、足腰立たなくなるぐらいぶん殴る!


 俺は暗闇から飛び出し、敵の倉庫目がけて全力疾走したのだった。

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