第91話 脱出しよう、そうしよう。

先程の部屋に戻ると、呆然と立ち尽くす領主母娘がそこに居た。


「……正気になった?」

マリィさんが恐る恐る入り口から顔だけ出して二人に確認している。


僕らは一歩引いてマリィさんの後ろで待機していた。


「──────な、なんなの、これ……私は何をしてたの?」

「さっきまで母さまと私で領内の開発計画を……」


「魔法の道具で幻覚を見せられていたのよ」


「師匠!!」

マリィさんに気づいた領主の娘───メルヘング三世が小さく嬉しそうに叫んだ。

「……嬉しっ。メルはまだそういう風に呼んでくれるんだ」

マリィさんも少し嬉しそう。


「──────ま、マリィ殿っ!!我々は一体どうなってしまったのですか!?」

領主母メルヘング二世(多分メルヘング三世の母親だからきっとそうに違いない)が少しパニックになって僕らに聞いてきた。


「カイゼーデ様、御無沙汰しております。説明したいのは山々なのですが、まずこの屋敷から脱出するのが先決です。脱出した後、詳しく説明いたします」


……領主母の名前はメルヘング二世じゃなかった。

メルヘング三世の母はカイゼーデだって。

……二世の立場は??二世は何処に??

ちょっとほっとした僕はそんなことを考える余裕が出来ていた。


まぁ、それはさておき、マリィさんの説明は丁寧な言い方だったけど、緊張感が伝わったのか、領主母カイゼーデさんは無言で頷いた。


「お二人ともこちらへ!」

「まだ囚われの方々がいらっしゃるので、まずはサロンの方へ!」


「……サロンまで行ったらマリィと輝君は領主母娘を連れて外へ逃げてくれ。俺と男爵はサロン側から入るって言う客間で、囚われている残りの人達を助けてから脱出するぜ」

デッカーさんから突然の提案。

「え!?でもそれって……」

最初に話したミッションでは二手に別れる想定は考えていなかったはずだ。

まぁ、サロンまで母娘を連れてきたらもうゴールみたいなものだとデッカーさんは考えているのかもしれない。


確かにサロンまで行ったら外への脱出は簡単かもしれない。


「最後まで一塊でって思っていたが、この場合は二手に別れた方がいいな……だが、誤解無き様に!目的は輝君のクエストに必要なメルヘング三世の救出だ。他はおまけだ!だが、おまけと言えども見捨てることは出来ない。だから俺が行く!」

僕の方を見たデッカーさんの目には、決定がもう揺らぐことはいとの意志がはっきり現れていた。それくらいの眼力があった。


でも、ふっと少し優しい眼になり、

「脱出も大事なミッションですので、気を引き締めて。外にさえ出ればアマンダも気づくだろうし、他の領民の目がある。やつらも下手なことはしてこないだろうけどもさ……少しでも早く、そこの弱っている領主とその娘を宿屋に連れ帰って介抱しやってくれ!」

そんな事を僕らに話してきた。

デッカーさんは僕たちの分担について最大の配慮をしてくれている。

僕らもそれに答えなければと思った。


「そう言うことなら……わかりました」


デッカーさんは僕の返事を聞くと安心した様だった。

デッカーさんはエマエンド男爵の方に向き直った。

「男爵、すまないがもう少し俺に付き合ってくれ。なんせ俺は囚われている人達と面識がないんでな。俺が行っても多分警戒されてすんなりと話が進まずに脱出出来ないだろうからな。本当ならさっさと脱出してもらって休んでもらいたいのだがな……」

「いえ、そこはご心配は必要ありませんよ。有力者に恩を売る良いチャンスですからな。恩が売れたら、しばらく三食昼寝生活も夢ではないでしょう。休むのはその時で結構ですよ!」

エマエンド男爵は冗談を言うことができるくらいの余裕が有るようだった。


「よし、それじゃあそのように!」

僕らは防災マスクを頭から被って走り出した。


塔を降り、通路を駆け抜けサロンに向かった。


サロンに出ると、ここは煙があまり回っていない事がわかった。

だが有り難いことに人影はない。


「それでは俺らはこっちへ向かうから!気を付けて!」

「そちらもお気を付けて!」


デッカーさんとエマエンド男爵はサロンから客間に向かう通路に消えていった。


「輝さま、我々も!」

「わかったよ」

僕とマリィさんと領主母娘の四人はサロンからエントランスに向かった。

「あともう少し!」

エントランスに向かう通路からエントランスに出た瞬間だった。


「なんだ!?お前ら!!」

「領主をどうするつもりだ!?」

「もしかしてこの火事はお前らが!?」


エントランスには煙が全く回っていなかったためか、柄の悪い男達が二十人以上集まっていた。

手には水の入った桶を持っていたが、腰には皆剣を差して武装していた。


「メル、攻撃魔法行ける?」

「杖がないので……長い詠唱か、魔法陣を描く必要が……」

───つまり、メルヘング三世は今すぐ魔法は使えないみたい。

「ちょっとまずいわね、サロンまで下がるわよ!」

マリィさんは剣を構えながらゆっくりと後ろに下がった。


ちょっとこの人数では突破は厳しいと判断したみたいだ。


デッカーさんと合流が必要な状況だ。

デッカーさんの方がうまく行っていることを願うしかない。


────そんな中、通路からサロンに近づくにつれ、サロンの方から金属による打撃音が聞こえてくるのがわかった。


サロンに出た僕らは金属音の正体がなんなのか知ることになった。


サロンではデッカーさんが戦闘を行っていた。

救出した人達はサロンの中央付近で恐怖でうずくまっていた。

デッカーさんはその人達を守る為に、サロンに繋がる通路との境目付近で、敵を救出した人達の所に近づけないように奮闘していた。

通路は横幅2メートル、天井2.5メートルと言ったところだろうか。

相手は剣を振り込むのに通路が狭いために苦労している様に見えたが、人数が多い。

一人二人と倒れても気にせずにこちらに向かってくる。

今の相手は突きを多用しながらジリジリと前進してくる。

デッカーさんはかなりやりにくそうはしていた。


「そっちもダメだったか?」

僕らに気づいたデッカーさんが声をかけてきた。

「サロンに入れるなよ!!」

「わかったわ!」


でもエントランスからサロンに繋がる通路は少し広い。

マリィさんだけでは防ぎきれないと思い、僕も参加した。


靴のかかとを鳴らした僕は、マリィさんの横で剣を構えたのだった





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