第92話 馬上の人

「でもおかしいな……」

僕もマリィさんの横に移動して剣を抜いて牽制する。

相手は剣を抜いてこちらに向かってくるが、距離はまだ離れている。

相手はかなり慎重だ。

お陰で僕は少し助かっている。

だって僕は人間相手に剣を振り回すなんてやったこと無いし、出来ればやりたくない。

出来れば人殺しにはなりたくないよ。

……でもそんなことは言っていられない状況になりつつある。

あと相手がもう数歩前に出てきたら剣が届く距離になってしまう。


心臓の動悸は高鳴っている。

────でも、おかしいのだ。

今までは僕が危険な状況に陥ったら、ペンダントが光って教えてくれたのだ。

でも、今はペンダントは光っておらず、いつもの青い輝きを保ったままだった。


今この状況にあってもペンダントは危険と判断していない。

────多勢に無勢。

どう考えても危険なはずなんだ。

もしかしたら僕の剣技が上達……なんてことはないはずだよな。

それは自分が一番よく知っている。

僕は正直戦力にはなっていないはずだ。

しかも今は精霊にもらったブーツとネックレスは身に付けているが、剣と盾は置いてきたのだ。

剣は使いこなせていないから置いてきたのだけど、盾は持ってくるべきだったなぁと後悔している。

ゴーレムを呼び出したら、もう少しは状況も有利に事が運べたかもしれない。

……今更だけど。


……もしかしたら精霊から離れすぎて加護が弱まっているのかな??

だからペンダントは危険を知らせてくれないのかな……。


───そんな事を考えていたときだった。


『ガシャン!!』

ガラスの割れた音がサロンに響き渡った。

サロンのステンドグラス製の大窓をぶち破って黒く大きい馬が飛び込んできた。


見たこともない巨大な馬だった。

馬には防具の様なものが着けてあり、荷物を運ぶような馬ではなく、戦闘用の軍馬かなにかのようだった。


「ドウドウ!!」

馬に乗った人が手綱を引き締めて馬をなだめる。


「───間に合ったようですな!」


馬上から聞こえてきたのは聞き覚えの有る声だった。


「マ、マスター!?」

マリィさんの驚く声。


馬上に居たのは冒険者ギルドのギルドマスターだった。


「マリィ!よそ見をするな!」

────ギルドマスターがナイフを投げる。

ナイフは正確にマリィさんに切りかかろうとしていた男の剣を弾き飛ばした。


「お前ら!!耳かっぽじって良く聞いとけよ!?俺の名はパーシー・ファレノプシス!伝説の海賊光一郎様の一番弟子であり、セントルーズ冒険者ギルドのギルドマスターだ!どんなバカでも俺の噂話は聞いたことがあるだろう!!死にたくなければ武装解除してその場でひれ伏せ!!!」


────サロンがどよめいた。


「もしかして、伝説の大海賊光一郎の右腕だったって言う男か!?」

「も、もしかしてそれってリザードマン百人首のパーシーか!?」

「いや、百人までは数えたが面倒になって途中で首を数えるのやめただけで、リザードマンの首はその倍以上あったらしいぞ」

「皆殺しになった盗賊団は数知れずらしいぞ……一度火がつくと手がつけられないらしい」

「おい、まずいんじゃないか??」

「まずいなんて騒ぎじゃないだろう……」


ギルドマスターの名乗りを聞いた敵が明らかに戦意喪失しているのがわかった。

「俺死にたくねーよ……」

「俺らじゃ勝ち目ねーよな……」


「──お前ら!!今ならまだ許してやるが、お前らが今相手にしてるのは『ウロボロスのデッカー』に『豪腕のマリィ』だぞ!?お前ら『豪腕の爆発令嬢メルヘング三世』の身内にケンカ売って生きて帰れると思うなよ!?」

ギルドマスターが追い討ちをかける。


「……え、俺そんなのきいてねぇよ……」

「え?メルヘング三世ってあの豪腕の爆発令嬢なの??」

「豪腕の爆発令嬢って笑いながら人を内側から爆発させたりするんだろ……」

「盗賊を建物に押し込めて建物を爆破して生き埋めにしておいて、這い出てきたやつは火だるまにしてワイン片手に眺めてたって……」

「ヤバい魔法使いの筆頭じゃん!?」

「それに『ウロボロス』も『豪腕』も冒険者の間じゃ伝説級のパーティーだぜ!?」

「ウロボロスって地下迷宮いくつも踏破した腕っぷしの強い連中だって話だぞ……」

「豪腕だって、女だと舐めて絡んで吊るされた奴俺知ってるよ……冒険者どころか、男を廃業していたよ……」

それを聞いて敵は更にざわつき始めた。

でも、話を聞いていると真偽はともかく、降参した方が良さそうだと言う気がしてくる。


「それに、そこには俺の師である大海賊光一郎様のお孫さんがおられる。指一本でも触れてみろ!お前ら全員関節一つづつ切り刻んでやるぞ!?死ぬよりも辛い苦しみを味わいたくなければ俺が10数える前に武器を捨てて降伏しろ!」

ギルドマスターが馬から飛び降りて剣を鞘から抜き放った。

「今日は両刃の剣しか持ってきてないから峰打ちはねぇぞ!?」

それを聞いて更に敵が慌て始めた。


「それじゃぁ数えるぞ!───5……4!」


『────5!?………え!?』

一同耳を疑った。


────カウント5から始まっているんですけど!?

ギルドマスター、10数えるんじゃなかったんですか??


ギルドマスターを見るともうやる気満々だ。

ブンブンと重そうな両手剣を片手で振り回している。


「た、助けてくれ!!」

「参った!!」

「殺さないでくれ!!」

敵は戦意を喪失して武器を放り出してその場に伏せていった。


「……1……0……なんだ?骨の有るやつは誰も居ねえのか?」


ギルドマスターが周りを見回すと、敵は一人残らず武器を捨てて降伏していた。

……この人達はどれだけ恐れられているんだろう?


「───つまらんな。久しぶりに暴れられると思ってセントルーズから不眠不休で馬を飛ばして来たと言うのに!!」


ギルドマスターは不眠不休で馬を飛ばして来たと言うけど、セントルーズからここまで馬で2、3日かかるんじゃないですか??


僕とマリィさんは顔を見合せた。

「馬が可哀想……」

マリィさんも同じ事を思った様だった。

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