第87話 自分に酔いしれる者ほど……
屋敷のいたるとこから煙が立ち上った。
アマンダさんが忍び込んで発火させたのだ。
時限発火する仕掛けを使って建物の出口に向かって順番に煙が出るようにセットしたようだ。
時限発火と言うが仕組みは簡単で、線香の様なものに導火線を結び、発火時間を調整しているそうだ。
「火事よー!!火の手が激しいわ~!皆避難してぇ~!!」
煙が出た直後にアマンダさんの声が響いた。
火事だと知らせるだけでなく、さりげなく避難を促している。
普通なら消火活動に向かう者もいたかもしれないが、緊急時に避難を促されれば余程でなければ、それに従い避難をしてしまうだろう。
……アマンダさん、流石です。
しばらくすると、ぞろぞろと中から煙でやられて咳をしながら人が大勢出てきた。
「ふーん、まともな人相の人間が居ないわねえ!」
マリィさんが言うように、ガラの悪い者が多い気がする。
この人相の悪い人達の役目は幽閉している人達の見張りかな?
そんな風に出てくる人達を見ていると、デッカーさんの合図があり、屋敷に突入することになった。
僕らは煙幕に紛れて防煙マスクを被ると、気づかれない様に屋敷に侵入した。
身を低くしてデッカーさん、僕、マリィさんの順番に通路を進んでいく。
最後尾ではマリィさんが追加の煙幕で更に煙の量を増やしている。
これでしばらくは建物に再突入してくるものは居ないだろう。
入って直ぐの所に詰所の様な所があった。
ここに居た人間は慌てて逃げたのだろう。
ここで煙が出るまで賭け事でもしていたのか、もぬけの殻になった詰所には散乱したカードや酒の瓶が転がっていた。
デッカーさんはその部屋をさっと見回すと、直ぐにあるものを見つけた。
入り口側の柱に鍵束がかかっていたのだ。
親指を立てるデッカーさん。
「やりましたね!」
思わず僕も声を出した。
マスク越しに出る声はこもっていて聞き取れるか心配だったが、ちゃんと伝わったみたいだ。
僕らは部屋を出ると通路を走った。
気になる部屋は少し開けて中を覗いたが、基本的には、人の気配のないところはそのまま走り抜けた。
───部屋の数はとにかく多い。
煙幕は大量にもってきたけど、一時間位で煙はなくなってしまうかもしれない。
きっと、もうこの手は二度と使えないはずだ。
一時間以内で救出完了、撤収まで出来ないともう救出のチャンスはなくなってしまうかもしれない。
だから急がなければならない。
捜索を続ける内に、上に向かう階段と下に降りる階段に当たった。
この屋敷を外から見ると一部三階建てで、サロンのある部分だけが天井を高く作った一階建てとなっている。奥には塔が2つ建物の両端に建っているが、地下は外から伺い知ることはできなかった。
その地下への階段が今目の前にある。
煙幕の煙は上に上がるため、地下への影響は少ないはずだ。だからもしかすると地下には煙の影響を受けていない敵が残っているかもしれない。
地下を捜索するのは非常に危険を伴うと言うことだ。
「デッカーさん、上と下、どうします?」
「俺としては幽閉するなら塔の方がイメージ的にしっくり来るが、実際には人数が多い場合は長期間はあの位の塔の中では狭いし、逆に管理が大変だと思うんだ。この鍵束を見ると塔と地下室の鍵のようだ。幽閉されているのはこのどちらか、もしくは両方であると考えられる。それならば今回は地下を優先しないか?地下は今回を逃すと、次回のチャンスがあるかどうかは正直言って難しいと思う。だが塔だとわかれば、最悪今回タイムアップになっても、外からアタック出来る。それにそこまでわかれば、あとは今休憩中のアマンダに頼めるだろう?」
マスク越しにニヤリとデッカーさんが笑うのがわかった。
マリィさんも親指を立てて賛成してくれた。
「それじゃあ、Go!だ!」
デッカーさんが静かに地下に降りる。
地下室の通路にはカーペットが敷かれていて足音は響きにくい。
でも、音は非常に響くので音をたてないように気を付けて進んだ。
しばらくすすむと鉄格子がはまった部屋が並んでいた。
「ふん……地下牢か……役人風情の屋敷に必要なもんかね?」
マリィさんが舌打ちをした。
地下牢を三人でひとつひとつ確認していく。
すると、ある地下牢の中に比較的綺麗な身なりをした男女が閉じ込められているのが見えた。
奥の方で憔悴しきっていたが、きっとこの人達は領主派の人に違いない。
一応念のため牢から少し離れたところからマリィさんが話しかけた。
「あなた方はどうして牢に閉じ込められているのですか?」
「……あなた方は?もしかして、僕達を助けてくれるのですか?」
男の方がこちらに気付き、立ち上がった。
「私たちは領主様の側近のアムンという男に騙されて閉じ込められているのです」
「閉じ込められているのはあなた方だけですか?」
「いえ、まだ奥の牢に私どもの執事とメイドが合計4名閉じ込められているはずです。それから、領主様とお嬢様は東の塔、その他の貴族は本館に幽閉されているようです」
「なぜあなた方だけが地下牢に?」
僕は素朴な疑問をぶつけた。
「他の皆はアムンの持っていた魔法の道具の力で洗脳されました……。理由はわかりませんが、我々だけはなぜかその魔法が効かなかったために、ここに閉じ込められました」
「話はわかりました。私たちは領主と領主の娘を救出するためにきました。だからあなた方も助けましょう!」
そう言うとデッカーさんは牢の鍵を開けて二人を助け出した。
その後奥にいた執事一名とメイド三名も救出した。
「困ったな……予備のマスクは5つ、救出したのは現時点で六名。しかも本命はここにいないから救出は続行しなければならないときた……」
「それにこの人達はかなり体力を消耗していて、まともに逃げられないかも知れないわね」
「この人達を置いて行くわけにはいかないし、とりあえず、今回はこの人達を救出して、他は今回諦める他無さそうだ。領主救出の件は、また作戦を練るとしようか」
「いえ、その必要はないですよ!」
僕は懐から魔法の鍵束を取り出した。
「この地下牢の扉も鍵付きですからね、これが使えるはずですよ」
そう言うと僕は地下牢の鍵穴にギルドの扉の鍵を差し込んだ。
「え!?」
驚く一同。
それはそうだよね、鉄格子のすかすかの扉が別の空間に繋がっちゃったんだから。
横から見ると本当に合成写真の様だものね。
「詳しい説明は後でゆっくりさせていただきます。今は僕らを信じてこの扉の向こうへ移動してください。この扉の向こうはセントルーズにある冒険者ギルドに通じています。そこで休息を取っていてください」
「とりあえず、私がご案内します。私はこのギルドの職員のマリィと申します。どうぞこちらへ!……輝様、すぐ戻りますので少々お待ち下さい」
そう言うとマリィさんは救出した人達を気遣いながら扉の向こうへ連れていった。
「さて、これからどうするかだな。優先順位は塔に閉じ込められている領主母娘だが、どうも魔法のアイテムで洗脳されているようだな……」
「洗脳と言ったらどんな状態になるんですかね?」
「そりゃあ見てみないことにはわからんな。放心状態になって廃人みたいになった奴とか、訳のわからないモノに盲信するようになったりした奴ならみたことあるな。他にもきっと色んなパターンは有るだろうさ」
「僕らは、そんな洗脳された人達を無事に連れ出すことが出来るんでしょうか?それに、僕らに洗脳を解除することができますかね?」
「それは俺も考えていた。本来は人の精神はそんなに簡単には本質は変わらないはずなんだ。大体が洗脳なんて、本人がどこかで望んでいる事につながっているんだ。人の優しさや弱さ、欲望やら失望を取っ掛かりにつけ込んでくるんだ。隙のある奴につけ込むのは簡単さ。そいつが自分に足りないと思う所にパズルのピースを嵌めてやればいいんだからな。ただ問題はその後さ。隙間に合ったピースが綺麗に嵌まっちまった場合は、そいつは自分のその状態に魅了されてしまうのさ。もうそうなってしまった奴は他の奴の言う事なんざ聞きやしねぇ。自分に酔ってしまっているんだからな。次に別の心の隙間が出来るのを待つしかなくなる訳さ」
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