第76話 射手

「ひ、久しぶりって、久しぶりなんだけど……」

突然の再会に動揺を隠せないマリィさん。

実際、元暗殺者の冒険者アマンダさんが、まさか宿屋の女将になっているとは…。


アマンダさんは小柄な女性で、人当たりの良さそうな柔和な笑みが印象的だ。

誰も暗殺者だとは疑わないだろう。

マリィさんが言った『アマンダに会ったら暗殺者の印象が変わるわよ』の意味がわかった。


アマンダさんには殺伐とした雰囲気は全くなく、血生臭い世界とは無縁な印象を受ける。


しかも今は割烹着の様な上着に、少し格子模様の入った錆色のもんぺのような物を履いた格好で、『女将』と言うよりは『昔のお母さん』と言った雰囲気だった。


「今日はどうしたの?冒険者ギルドクビになった?」

「私のことはどうでもいいのよ!あの変なワイバーン倒したのは貴女なの?」


マリィさんは単刀直入にアマンダさんに詰め寄る。

「ワイバーン?ああ、今日時計塔に巻き付いていたって奴?あれは私じゃないわ」

「え!」

一同驚いてしまった。

あんな事が出来る人がアマンダさんの他にまだ居るみたいだ。


「ちなみに、あれはウチの支店の従業員が仕留めたみたい。報告しか聞いてないけど」

さらっと凄いことを言った。

「支店の従業員?」

「ええ、1つ向こうの通りにある酒場の上階に宿屋の支店があるのだけど、そこの従業員なの」

「貴女の所は宿屋なのに凄腕の狩人か、兵士でも雇っているの?」

ちょっと呆れた感じでアマンダさんに質問するマリィさん。

「知り合いの紹介なんだけど、私の様になりたいって言うから宿屋で雇ったの」

「……それって宿屋の女将みたいになりたいって意味じゃなくて、多分貴女から違う方面のスキルを学びたいって事よね……暗殺者とか冒険者とか?」

「うーん、そうなのかなぁ?」

首を傾けて考えるアマンダさん。

「宿屋の仕事はてきぱきと片付けてくれて早いし、仕事内容もしっかりやってくれるし……支店の仕事が早く片付いた時なんかは本店の方も手伝いに来てくれるし、気のきく従業員なの。仕事が早く片付いた時は色々と個人的に指導してほしいって約束だったから、私の時間が有る時は、色々なスキルも教えたりすることもあるわ」


「……少しでもアマンダから指導時間を多くしてもらおうと頑張ってる感じよね……その従業員、相当無理してるんじゃないかしら?」

アマンダさんに聞こえないように、マリィさんが小声で僕に話しかけてきた。


「僕にもそんな感じに思えます。その従業員さんは、なんとか自分とアマンダさんの仕事を早く終わらせてスキルを指導してもらおうと頑張ってるんじゃないですか?」



「……良く考えてみたら、確かに暗器や隠匿スキルについての質問は多い子だわね。……最終的には自立したいと言ってたけど、宿屋を経営したいって事じゃなかったのね」

僕らがコソコソと話している前でアマンダさんはこんな事を呟いて再確認したようだ。


「ところで今日はどうする?もう宿は決まってるの?宿屋はここの町には何軒かあるけど、ウチは結構評判いいのよ?もし決まってないなら本店でも支店でも今日は空き部屋はあるから大丈夫よ!」


「ああ、泊まるつもりでここに来たのよ。そしたら貴女が居てびっくりしたの。……って言うか、元々はアマンダ、貴女を探してこの町に来たのよ!?」


マリィさんのテンションが少し変わった。

……ギルドマスターに話す感じに近いかな?

マリィさんは少し息継ぎが少なくなるような、そんな話し方で捲し立てる。

「この町に貴女を探しにきたら、冒険者ギルドは機能してないから貴女の居場所はわからないし、時計塔にはワイバーンが巻き付いてるし、そのワイバーンはどこかから放たれた光の矢で一撃で倒されるし、貴女を探すために酒場でポイント稼ごうとしたけど盛りが良すぎて断念する羽目になり、やっと貴女を見つけたと思ったらワイバーン倒したのは貴女じゃなくて従業員だっていうし!」


マリィさんが話終えると少しの沈黙があった。


「……あらあら、じゃあ三名様でいいのね」

マリィさんの話を聞き流して、アマンダさんは宿泊手続きを始める。

多分アマンダさんはマリィさんの話全く聞いてなかったと思う。


「そうよね、貴女はひとの話聞き流す人だったわね……だから暗殺者の任務が理解できなくて務まらないから、暗殺者を辞めて冒険者になったって言ってたものね……今になって思い出したわ」

マリィさんが疲れたようにガックリする。


「もう少ししたら支店の方からワイバーンを倒した従業員戻ってくると思うから、貴女たちの泊まりは本店でいいわね?戻ってきたらその従業員を紹介するわ」

宿帳に何か記入しながらアマンダさんが言った。

「私を探してたって事は、冒険者家業の事で私を探していたんでしょ?」


───アマンダさんは察しが良いのか悪いのか、よくわからない人だ。

それが僕の印象だった。


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