第55話 じゃじゃ馬を乗りこなせ

雨のように降り注ぐ矢を掻い潜り移動する。


フレイムソードの炎をコントロールする方法を考えなきゃ。


さっきのように振り抜いてしまえば、簡単にゴブリンを焼き尽くす事は可能だが、きっと剣の軌道に沿って炎が全てを消し炭にしてしまう事だろう。


周りは牧草地もあり、場合によっては大規模火災を引き起こしてしまう可能性もある。


炎のコントロールさえできれば…。


しかし、僕の心が不安になればなるほど炎が大きくなるような気がする。

僕の心拍数の高鳴りに反応しているのかもしれない。


「落ち着け、俺!」

心臓をトントン叩いてみた。

でも考えれば考えるほど、さっきのゴブリンを一瞬で消し炭にしてしまった炎が頭をよぎる。

その度に炎は大きさを増し、色が赤や 青に目まぐるしく変色する。

僕がピンチになればなるほど、剣が僕を助けようとするのかもしれない。


僕が精神的に成長しなければ、この剣を使いこなすことができないのかもしれない。

でもそんなにすぐに鼓動は治まらない。

気にすればするほど動悸は激しくなる。

降り注ぐ矢も、大地の盾が防いでくれているけれど、盾に当たる度に響く打撃音が恐怖心を呼び起こす。

当たり所が悪ければ即死も有り得るし、毒が塗られていれば苦しみの末の死が待っているかもしれない。


「一体何本矢を持っているんだ?」

一人が10本持っていたとしても200本以上…

実際はそれ以上持っていたようだから、下手をすると500本以上の矢が降り注ぐ可能性もある。

その間に隙をみて距離を詰めて、直接攻撃を仕掛けてくるものがいるかもしれない。

僕は頭上から来る矢を避けながらそれらを撃退する必要があるわけだ。


死の恐怖が僕の鼓動を更に早くする。


────でも僕は龍之介・麻弥兄妹を助けると心に決めたんだ。

あの演奏家兄妹のボロボロの手が思い出された。


僕がここで諦めたら、あの人達の将来が全て閉ざされてしまう。


────考えろ、考えろ!何か手があるはずだ!!


今の僕にはフレイムソードは使いこなせない。


それなら何か他に、この窮地を脱する方法を考える必要があるんだ!


フレイムソードの炎に頼らずに、ゴブリンを倒す何か…


「……そうだ、有った!」


目の前に散らばる無数の矢に視線をやる。


「この矢を使うんだ!」

僕が普段走る速度が時速30キロとすると、6倍なら180キロの速度が出る。

その速度で僕が矢を投げたら、例え20キロの投擲スピードでも200キロのスピードで矢は進むことになる。


「きっと上手くいくさ!」

半分自己暗示だと自分でも思ったが、そうでも思わないとやれる気がしなかったと言うのが本当のところだ。


僕は近くに散乱している矢を手早くかき集めた。

30本程の矢を拾い集めた。

矢は矢尻が付いているものといないものがあった。

長さも不揃いでまとめて持つのが大変だった。


「これを持って全力疾走は無理だな…」

矢を小脇に抱えて全力疾走は現実的に難しそうだった。

矢も30本ともなると嵩張かさばるし、バラバラの矢を落とさずに運ぶのもちょっと厳しい。


僕の手持ちの旅行鞄じゃ矢を入れて運ぶことは出来ても、都度開け閉めが発生する。

旅行鞄を使って逃げる事も考えた。

しかし僕が逃げた後、きっとあのゴブリン達は誰かを襲うに違いない。

あの羊飼いを襲ったように…


そう考えながら辺りを見渡した時に、羊飼いが肩から提げている鞄に目が行った。


「すみません、後で返しますから貸してください」


まだ意識が戻らない羊飼いから、肩掛けの鞄を借りることにした。


イメージ的にはトートバッグに近い。

持ち手が長くて肩から掛けることが出来る感じ。

僕は羊飼いから拝借した鞄に矢を詰め込んだ。


「よし、やるか!」

僕は鞄から二本の矢を取り出して、それを両手に持って矢の飛んで来る方向に走り出した。


するとゴブリンは直ぐに見つけることが出来た。

五匹の群れだった。

僕は軽く左右に動きながら、的を絞らせないように近づいた。


180キロの高速横移動についてこれるゴブリン等は存在しなかった。

僕はゴブリンの死角に難なく移動する事が出来た。

ゴブリンがスローモーションに見える。


僕はゴブリンに思い切り矢を投げつけた。


矢尻の付いた矢は見事に左胸に突き刺さった。

ゴブリンが悲鳴をあげて倒れる。


それを見て違う個体に矢を一投するが、今度はゴブリンが着けていた胸当てに弾かれた。


先程のゴブリンは腰巻きだけだったが、冒険者から剥ぎ取ったのだろうか、胸当てを着けている者もいた。

よく見るとこのグループは胸当てだけでなく、頭の大きさに合わないヘルメットをかぶっている者もいた。


「肌の露出しているところを狙わなきゃだけど…こいつら防具を身に付けてるな…」


少し距離をとり、ゴブリンを観察する。


「おい、やつの持っている矢は俺達の矢じゃないのか!」

「卑怯だぞ!俺達の矢を盗ったな!」

「毒が塗ってある矢に当たるなよ!」

「毒が塗ってない矢ってどれだよ!」

「矢尻の付いてる矢は毒が付いてるんだっけ?」

「逆だ馬鹿ったれ!毒は矢尻のない矢だろ!」


ゴブリンは僕が言葉を理解しているのに気づいていないから、矢の事について色々喋ってくれた。


毒矢ならどこに当たっても致命傷を与えられるかもしれない。


僕は両手に毒矢を持ち替えた。

僕はさっきの要領で左右に高速移動して、的を絞らせないように近づいた。

一匹目は喉元、二匹目は上腕に毒矢が突き刺さった。

残りの二匹は後ろに回り込んで尻に毒矢を突き刺した。


四匹は口から泡を噴きながら、のたうち回った後で痙攣して動かなくなった。


「これなら大丈夫そうだ。僕にもなんとかなるな…」

それから僕はその要領で、残りの群れを駆逐していった。


────問題は最後の一匹だった。


僕は一番最後に一番まずい相手を残してしまったかも知れない。


最後の一匹はフルプレートを身に付けた個体だった。


フェイスマスクまで着けた完全武装の個体だった。


しかも、まずい事に手元にはもう毒矢は残っておらず、矢尻付きの矢ではこのゴブリンのフルプレートは貫くことはできない。

…腕などに当たった位では、例え矢が貫いても致命傷は与えられないだろう。


もう一度フレイムソードに頼らなければならないかもしれない。


僕は恐る恐るフレイムソードを鞘から抜いた。


僕の精神状態を感じ取ってか、フレイムソードは相変わらず不安定な動きを見せる。

じゃじゃ馬…フレイムソードの挙動はその呼び方にぴったりかもしれない。


どうしたら、このじゃじゃ馬を手懐ける事が出来るだろうか?

薙ぎ払えば一面焼け野原にしてしまうかもしれない。


使いこなせない僕が使えば、『武器』ではなく、『凶器』になってしまう。


僕が戸惑っている内にフルプレートのゴブリンは棍棒を構えて近づいてきた。

フルプレートがカチャカチャと音をたてて僕にプレッシャーをかける。


どうしたらこのフレイムソードで、火災に成らぬようにゴブリンを仕留めるか…


…振り抜くとその線上を炎が焼き尽くすのだから、良いのではないか?


「……突きなら?…もしかして被害を最小限に出来るかも?」


でも剣先から一直線に炎が走るかもしれない。

その場合の対策も考えなければ…


ゴブリンが棍棒を振り上げる。

僕はバックステップを使って最小限の動きで後ろに逃げた。

そこへゴブリンは僕の動きを見透かしていたように土を爪先で蹴り上げて、僕に対して目潰しを仕掛けてきた。

油断した僕は、目に土が入ってしまい、次の動きが遅れてしまった。


棍棒が僕の頭上に振り下ろされるのがわかった。

咄嗟とっさに僕は下からフレイムソードで受ける。

フレイムソードから真上に噴き出た炎が、僕とゴブリンの間に炎の壁を作る。


「これだ!」


僕は今一度間合いを取るために後ろに下がる。

ゴブリンの棍棒は炎によって焼かれたからか、弓に持ち替えている。

とっさの判断が的確で早い。


───目潰しの影響はもう無い。


「いまだ!」


僕はゴブリンの懐……120センチの小さなこの魔物の懐に潜り込み、空に向かってフレイムソードを思い切り突き上げた。


轟音と共にフレイムソードから炎ではなく、光の柱が立ち上る。


ゴブリンは身に付けていたフルプレートの鎧すらも跡形も残さずに消滅した。


ゴブリンを消滅させた光の柱は、遥か上空まで立ち上ぼり、その光景は数百キロ先からも観測することが出来る程だったそうだ。


結果、この光の柱が、僕のこの後の旅に大きな影響を与える事になる。















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