第32話 怪我の治療/心の問題

「思ったより酷い怪我だったわ」

 母の二人の健康状態の見解だった。

「痛み止めは野元さんが使ってくれたものがいいわね。あれ程の怪我で痛みで苦しまないって事は相当効き目は強いわね。中毒性や副作用が心配だけど、今はそれに頼るしかないわ」


 さっきまでの雰囲気とは違う表情の母。

「ちょっと怪我が特殊過ぎて、あっちの世界で病院に行こうものなら、まぁ通報されるわね。医者になんて言ったらいいか、怪我の説明が思いつかないわ」


 やはり母の見解は 僕らの考えと同じだった。


「どうしたらいいかな?」


「化膿止めと消毒、こまめに包帯も換えた方がいいわね。包帯や消毒薬関係は私が持ってきたから大丈夫。輝、しばらく私はこちらに泊まり込むから」


「母さんが看護するってこと?」


「それがいいでしょ。乗り掛かった船だし。もし容態が急変するようなら、あっちの世界の病院に連れていかなきゃだし。その判断は私にしかできないわ」


 頼りになる母だ。

 今まではそんな風に思ったことはなかったけど、元看護師。こういった場合はプロフェッショナルだ。


「私は少し野元さんと話をするから、輝は少し二人の付き添いをしてあげて」


「わかったよ」

 僕が移動しようとすると母が呼び止める。


「何かあったらすぐ教えて。それから、さっき二人と少し話したのだけど、保険証なんかはおじいちゃんの家に置いてあるカバンに入っているみたいなの。

 必要になるかも知れないから、あとで取ってきて二人に渡してあげて」


 僕が無言でうなずくと母は満足したのかノマドさんの方へ向かった。


 僕は二人が寝ていたら起こしたくなかったので、そーっと二人の寝ている部屋へ入った。


「輝君かい?」

 龍之介さんが声をかけてきた。


「起きてらっしゃいましたか?」


「うん、とりあえず睡眠としては十分とることが出来たよ。体がこんな状態じゃ動くことは出来ないけどね」

 龍之介さんの状態をみると綺麗に包帯が巻かれ、先程までとは雰囲気が変わっていた。

 ノマドさん達では適切な処置とまではいかなかったんだと思う。


「君のお母さんには感謝しないとだよ」


「いえいえ、元々看護師だったそうですから…」

 僕は大したことではないと身振り手振りで表すしかできなかった。


「いや、そうじゃないんだ。実はさっき妹が目を覚ましたのだけど、パニックを起こしてしまったんだ」


 そうだったのか…

 さっきは母は何もいっていなかったけど…


「泣き言は言いたくないけど『一つの体に幾つもの心』正直言って、キツいよ。精神の境界がはっきりしなくて、僕の記憶なのか他の人の記憶なのか…。何より価値観が真逆な人の記憶は扱いに困ってしまう…僕は少しは慣れたけど、妹はまだ19歳…」


「しかも妹はずっと音楽一筋で来たものだから、他の人の記憶は理解し難いのだと思う。自分の中に同等の記憶や倫理観があれば、他人の記憶に侵食されることはないのだろうけども、今の彼女にはそれを行うだけの積み重ねがないんだ…」


「それを君のお母さんはすぐに察して、母親が小さな娘に諭すように、妹に対応してくれて…パニックが収まった後も、色々話を聞いて妹が心を整理をする手助けをしてくれたんだ」


「多分時間はもう少しかかるけど、妹も僕と同じように自分の記憶と他人の記憶の整理はつけることができるだろう」


 僕のミスで母を巻き込んだけど、龍之介さんと麻弥さんの兄妹の役に立ってよかった。


「それから君のお母さんに妹の記憶を消すかどうかは、本人が決めるべきだと怒られちゃったよ」

 龍之介さんは笑いながらそう言った。


「『いつまでも、周りがお膳立てしてそのレールを走らせるのは、本人の人間的成長を邪魔する。私も最近後悔することがあったけど、息子は自分で選択をしたわ』って」


 龍之介さんが話をしている最中に母が部屋に入ってきた。

「話し声が聞こえたから来てみたけど…」

 母もまだ何か言いたいことがあったらしい。


「自分の人生を決めるのは自分。周りは選択肢を示したり、サポートをしてあげるだけ。あまり深く考えないで接する方がいいのよ。でも勘違いしちゃいけないのは『問題を乗り越えることで成長する』っていうけど、乗り越え方は人それぞれ。クリアだけじゃなくて、エスケープも時には必要よ」


「いつまでもエスケープじゃニートや人間失格になっちゃうけどね」

 母は笑いながら続ける。


「成長って難しいけど、心の成長なくしてあり得ないと思うの。心にいっぱい栄養を与えて、選択肢を増やして…。今回麻弥ちゃんには少し酷だけど、一度今の自分の心に聞いた方がいいと思うの。その結果記憶を消すなら消す、残すなら残す…そういった選択をすることがこれからの彼女には必要だと思うの」


「でも忘れないで。苦しんでいるなら手を差しのべるの。選択は自分でしろって、突き放すの事ではないの。だから彼女の様子を見て、寄り添いながら…ね?」


 母もやはり祖父の光一郎の血を受け継いでいるのだなと、思った出来事だった。






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