第28話 未来の為に

「 気にする事はないよ」

二人のうち、兄の方が僕に話しかけてきた。

少しかすれた声が痛々しい。

「私は龍之介りゅうのすけ、妹は麻弥まみと言います。助けていただき、ありがとうございました」

体はボロボロな筈なのに起きあがろうとする。

「いや、無理なさらないで!そのままで!それに、僕はあなた方に謝らなければならないんです。感謝されるなんてありえないんです…」


「あの影は、僕を探すためにあなた方に寄生したようなものです!しかも僕はあなた方を解放するためとは言え、硬い土の壁で閉じ込めた!そんなボロボロの手になるまで素手で……」

痛々しい手を見て、涙がこぼれでた。

僕は二人の命は救ったかもしれないが、二人の未来を奪ってしまった……

「楽器はおろか、日常生活にも支障が出る可能性も…」

僕の言葉を遮り龍之介さんは僕にこう話した。

「さっきも言いましたが、気にすることはないですよ。私は、いや、私たちは影の中であなたを見ていました。私達の為に一生懸命に頑張っている姿を見ていました」

龍之介さんは手をこちらに向け話を続ける。

「それにね、僕はこの指を治す治療方法を知っているんだ。いや、影の中で彼らから学んだんだ」


「影の中で?」


「そうなんだ。過去に影の虜になった人達の記憶を僕らは見ることができたんだ。それはね、何人もの人の一生をね、追体験するようなものだったんだ。それは普通では体験できない事で、僕らは色々彼らから学ぶことが出来たんだよ」


「そうそう、影の中で僕は君のおじいさんと一緒に旅をしたよ。正確には君のおじいさんと旅をしたマルコフって人の記憶を追体験したんだけどね」

「マルコフですと!?」

ノマドさんが叫ぶ。

「マルコフ殿は光一郎様と魔女の心臓を封印したもう一人の英雄です。影に体を乗っ取られながらも抗い続け、最後は完全に支配される前に自ら滝壺に身を投げ皆を救ったのです」

「君は───輝君と言ったっけ?」

「は、はい。」

「君は本当におじいさんの光一郎さんに似ているよ。外見だけじゃなく……ね? 他人の為に一生懸命考えて行動し、他人の痛みを分かち合い涙を流す……初めて会ったのにね、僕は君を最初から信頼出来る存在だと。面白い感情だよ」

龍之介さんは少し息苦しそうだったが話を続けた。

「お願いがあるんだ。それはこれからの未来の為に必要なんだ」


龍之介はつづける。

「まず、影に囚われて命を落とした者の中で、故郷に帰りたいもの、 家族の元に帰りたいと願う者が沢山いたんだ。彼らの遺骨を遺族に返す協力してほしいんだ。僕は彼らの最後の地の大体の位置は知ってるのだけど、家族にその場所を地図に記して教えたい。」

「正直言って、遺骨を届けることも考えたけど、中には遺骨を届けても迷惑がる者もいると思うんだ。……時間が経ちすぎたんだ。もう当時のその人物を知る人が、ご存命でないかもしれない」


「でも、中には帰ってくるのを心待にされている人もいるかもしれない」


龍之介さんは僕の目を見た。

吸い込まれる様な感覚。

その目に決意を感じた。


「だから、この世界の地図が欲しい。僕がそこに印を付けていくよ。それをご遺族に届けて欲しい。これは僕にしかできないことなんだ」

龍之介さんは話を続ける。

「それからその道中、東の国の魔女に会って僕達の怪我を治してくれるよう頼んで貰えないかな?彼女は悪い魔女ではないし、癒しの術を心得ているから、きっと僕らを治してくれるはずなんだ」


魔女─────

一人ではなかったのか。

一瞬震えが走る。

良い魔女…信頼できるのだろうか?

でも彼らの未来がかかっている。

龍之介さんの言うことは信じたい。

でも、二人をまた楽器を演奏できるようにするためには、魔女に頼るだけだけではなく、色々と他の手も考えておく必要があると思う。

僕はまだ東の魔女を信頼できているわけではないから。


「それから最後に。麻弥の記憶を消して欲しい」


「記憶を?」

妹の記憶を消すとはどういうことだろうか?

「あぁ、今の僕達は影に囚われた人達の産まれてから死ぬまでの様々な記憶を持っている。さながら賢者の様な記憶だ。でも良いことだけじゃない。そう、それだけじゃないんだ。その全員が不本意な、非業の死を迎えているんだから」

龍之介さんの言葉に熱がこもる。

「この記憶を持ってこれからの人生を生き続けるということは、苦痛を伴う事になるだろう。僕は妹にそんな苦しみはあじあわせたくない」

「僕の記憶はそのままでいい。この記憶は君達にとって役に立つかもしれない。今まで犠牲になった人達を弔う為にも、僕の記憶は残しておくべきだ。その覚悟は出来ているよ」


龍之介さんの言葉の重みは妹を思う気持ちだけではなく、今龍之介さんが背負っている大勢の人達に対する気持ちの重みなんだと思う。


僕には真似できない強さだと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る