第16話 彼方の世で

「お迎えにも出ず申し訳ございません」

ノマドさんさんは鍬を振る手を休めてお辞儀した。


「いえいえ、気にしないで下さい。それにしても畑仕事ですか?これも魔法は使えない系な作業ですか?」

ノマドさんは額の汗を拭くと一言

「趣味です!」


あぁ、趣味ですか、そうですか。


せっかく魔法が使えるのにとか考えてしまう嫌な僕が居た。

そうだよね、釣りが趣味の人に『魚買った方が安い』って言うのと同じレベルだな、と反省。


「何を作っているんですか?」

「そうですね、ベラドンナにマンドラゴラ、アルラウネ…呪術や薬に使う物が多いですが、お茶やハーブも作っていますよ。いつも庭にあれば山奥に採取や町に降りる必要がないですからね」

「ノマドさんは色々やっているんだね」


「いえ、他人との接触を極力避けているだけにございます」

寂しそうに笑うノマドさんを見ると、色々苦労があったんだろうと想像してしまう。

「ところで、輝様。彼方の世の景色はいかがでしょうか?前回の隠れ家は実は、市街地に有りました。輝様を彼方の世の市民に接触させないよう、外出を控えさせていただきました。しかし、こちらは人里から離れた土地で、更に森に囲まれているため輝様を安心してご案内できます」

「ただし、この森は別の意味で気を使う必要があります。」

「特に夜の森は獣や魔物が活発に活動します。サラマンダーやシルフィードの護衛無しには危険ですので立ち入らないよう、お気をつけ下さい」

「わかったよ。僕は武道の心得もないし、魔法も使えないからね。迷惑かけたくないし、一人では行動を控えるよ」


「それでは本題に入りましょうか。それでは今日はこちらでお茶でもいただきなから、今日これからのお話をしましょうか」


ノマドさんの指がパチンとなると、ログハウスの扉が開き、テーブルや椅子、ティーセットが飛んできて、すぐにオープンテラスのカフェの様にセッティングされた。


「まずはね、僕は影と話し合いで解決できないかやってみたいんだ」

「話し合いに適した環境をまず作りたいんだけど…」

「輝様、それはどう言った環境なのですか?」

「まず、ドアが2つあること。祖父の家に繋いで影達を誘い込む入口と、万が一影が襲いかかってきた場合に逃げるためのドアになるね。交渉の部屋にはこちらに直接襲いかかれないように間にテーブルがほしいな。ドアから逃げるための時間稼ぎにもなるし…」

「影をその部屋に誘い込み、交渉。決裂したら即ドアから逃げて、次の段階へ移行する」

「もちろん交渉成立なら、そこで無事終わりだけども…確率は低いんだろうなぁ…」


「それから、輝様に現時点での影の情報をお伝えしようかと思うのですが…本人達から直接お聞きになりますか?」

「本人達?」

「はい。私が以前送り込んでいたが戻って参りましたので…」

「情報があるならほしいな。よろしくお願いします」

「かしこまりました。…ウンディーネ、ノーミード、輝様の御前で説明しなさい」

するとノマドさんの両脇に二人の美女が現れた。

ほんと、精霊さんて美女ばかり。

しかもサラマンダーさんやシルフィードさんと同じくウンディーネさんもノーミードさんも目のやり場に困る衣装だ。

「よ、よろしく」

動揺を隠せなかったけど、バレたかな?

「まずは私からご挨拶を。地の精霊ノーミードと申します。お見知り置きください」

茶色く腰まである軽くウェーブのかかったロングヘアーが特徴だ。

「ウンディーネでございます。水の精霊に御座います。お見知り置きくださいませ」

銀髪のショートヘアの精霊はにっこり微笑むと深々とお辞儀をした。


よく考えたら、四大精霊になるのかな?

火、風、水、土?

ノマドさんすごいなぁ…。


「私ノーミードが、まず外での影の様子を報告させていただきます」

そんな事考えていたら、地の精霊が話を始めた。

「基本的には外出中は完全に体を乗っ取って活動しておりました。

鉄道などの公共機関や商店での買い物も行っておりましたので、宿主の男女の記憶を自分の物として活用出来るようですね」

「と、言うことは、希望的観測かもしれないけど、宿主の記憶はまだ存在してる可能性が高いって事だよね」

ここで水の精霊ウンディーネが僕の発言に反応した。

「私の観測では宿主の記憶が生きていると思われる事象がいくつか見られました。外での活動を切り上げて光一郎様のお屋敷に影が戻ってくると、記憶の混濁の様にみられる反応をすることがありました。

生理的欲求が強くなり過ぎると、影の支配力が弱まるようです」

「具体的には睡眠不足の状態や、空腹が続いた場合、影は体を支配出来なくなる場合が有るようで、思った通りに体が動かなくなったり、場合によっては表面に宿主の精神が断片的に現れたりしました。」

「影その物は睡眠も食事も不要な存在ですが、宿主をコントロールするためには食事や睡眠の必要があるようです」

「ただし、注意が必要なのは影は眠りませんし、完全な支配から限定的支配になるだけで、活動事態は可能です」


「そうか…宿主の精神が消えていないと言うことがわかって安心したよ。他に何か情報は?」


「それでは先ほどの話の続きをさせていただきます…」

土の精霊ノーミードが静かに話始めた。

「外出先の影の活動ですが、知恵を使っての探索を行っておりました。具体的には光一郎様の若かりし頃の似顔絵を持ち、それを元にを行っておりました。」


「奴等は若かりしころの光一郎様のお姿しか存じ上げないはずですからな。ただ、輝様が若かりしころの光一郎様になのが、こちらとしては…」

ノマドさんの言葉が詰まる。

『そっくりで残念』とか言いたいんだろうけど、ノマドさんの立場的には言えないよね。

でも、僕が祖父に似てなかったら心配事は少なかったのかもね。


「監視の際に気づいたことですが、影は二人の宿主に寄生していますが、絶対に手分けをして探すような行動はとりませんでした。基本的に何らかの制約があるのか、別行動はとらないようです」


「なかなかいい情報だね。あと、僕が聞きたいことがあるのだけど…二人の名前とか、容姿とか何かしら個人を特定できる情報はない?」


「それに関しては私からご報告いたします…」

ウンディーネが口を開く。

「これをご覧下さい。」


ウンディーネがグラスに注いだ水に手を触れると、グラスの中に男女が映し出された。

若い黒髪の女性と三十代位の口髭の男性が畳の部屋に仰向けになって

中々シュールな映像だ。


「影同士の会話から、個人を特定するようなものはありませんでしたが、男の方の影の支配が弱まった時に男がしきりに『アリス』と言う単語を口にしました。推測ですが、女の方の名前ではないかと思われます」


『アリス』か…

これが今の時点での唯一の手がかりになる。

二人は見た感じ、親子ともとれるし、夫婦にも見えなくもない。

似てるかどうかと言ってもちょっと判りづらい。

血縁関係があるか、全くの他人かは判断つかない。

ただ、二人が置かれている現在の環境が、あまりいい環境ではないのは映し出された映像でもわかる。


早く解放してあげなくちゃ!

そう、心から思った。


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