第3話 魔法の鍵束にまつわる話

 食事を終えて一息つき、話題をどうしようかと考えた。


 祖父の事、魔法の事、祖父からの手紙にあった宝島や封印の事、僕を狙っていたと言う追手の事、それにもう一度昔話を聞きたい気持ちもあった。


 聞きたい事は沢山あるが、どう切り出そうか…。

 そんな事を考えているとノマドさんから話を切り出してきた。


「まず、何から話をするか、迷うところですが、まずその鍵束の話をしましょうか」


 ここに入るときに使った鍵束がスーっと飛んできて、テーブルの中央にカチャリと着地した。


「これは魔法のアイテムか何かですか?」

 僕は恐る恐る鍵束に手を伸ばした。


「そんなに恐れる事はありません。確かに魔法のアイテムですが、鍵穴に差さなければ効果を発揮しません」


「魔法の鍵なんですか?」

「その答えは、半分は正解で半分は間違いです」

「これは昔坊っちゃんに話をしたことがある、盗賊が持っていた魔法の鍵束なのです」


「鍵ではなく、鍵束が魔法のアイテムなんですか?」

「その通りです!流石は輝坊っちゃんだ!」

 ノマドさんは嬉しそうに大きな声を出した。


「どんな鍵でも良いのです。魔法の鍵になるのです!」

「この鍵束に付いている鍵は、鍵のかかっている扉から他の鍵のかかっている扉の間に通路を繋げることが出来るのです!!」


「鍵のない扉や、鍵がかかっていない扉は駄目なんですか?」

「鍵束にはこの鍵束を造った魔法使いにより『開ける鍵穴があってこその鍵である』と記されています。これはこの鍵束の効果について説明しているに他なりません!」


 ノマドさんがパチンと指を鳴らすと、何処からともなくティーポットが飛んできて、お茶のおかわりを僕とノマドさんのカップに注いでまた戻っていった。


「この鍵束は元々は国王の宝物庫に納められている宝だったのです。この鍵束をある盗賊が宝物庫より盗みだすという事件が起こりました。しかもその盗賊は鍵束を盗むだけでは飽き足らず、鍵束を悪用して姫までも連れ去るという暴挙に出ました」

 ノマドさんはお茶で喉を潤すとさらに続けた。


「ですが、光一郎様の素晴らしい機転で盗賊を一網打尽にし、鍵束も取り返して姫を助け出すと言う偉業を成し遂げたのです」

「国王は光一郎様に大変感謝し、光一郎様を召し抱えようとしました。」

「最初国王は、爵位や領地など様々な報酬を光一郎様に提示しました。しかし、光一郎様はそのどれもを固辞しました」


 そのあとノマドさんは少しトーンダウンして言葉を続けた。


「一ヶ所に縛られては、放浪者の国の捜索が出来なくなるから、それが理由でした」

 カチャカチャとティーカップが鳴る。

 ノマドさんの手が少し震えている証拠だった。

「…今まで私の事をそこまで考えてくれる人は居ませんでした。我々放浪者は歳をとる事がありません。いつまでも歳ををとらず、気味悪がられて石を投げられた事もあります。

 それに長く誰かの傍らに留まれば、必ずその死に目に立ち会う事になるのはわかっていました。だから私は今まで同じ土地に長く留まることはしませんでした。」


「光一郎様に出会うまでは…ですが。」


 ノマドさんは一呼吸置いて話をつづけた。

「そんな私が、光一郎様の年老いていく姿を目の当たりにしましたが、光一郎様の側を離れる事は出来ませんでした。

 光一郎様は最後まで私の事を友人として扱い、接してくださいました」


「光一郎様は『俺が放浪者の国を見つけるまでは将棋に付き合えよ』とよく私に仰いました…」


「私も最後まで、いや、永遠に光一郎様の傍らに居たいと望んだのです。

 …ですが、その望みは叶うはずもなく…」


「…私は今まで様々な恩を受けて参りました。

 その光一郎様に何一つ恩返しをすることは叶いませんでした。」


「ですが、その私に…最後に光一郎様が輝坊っちゃんを頼むと仰いました。恩人が最後に私に頼むと仰いました!どうして私が断ることが出来ましょう!?」

 ポタリとノマドさんの目から涙がこぼれた。


 長い沈黙のあと、堪えられなくなった僕はノマドさんに尋ねた。

「僕はこれから何をしたらいいんですか?

 いや、僕に何ができますか?」


 正直言って、僕が何をしたらいいのか全くわからなかった。

 色々僕が混乱していることもあるだろうけど、ノマドさんも冷静な状態ではないようだし…

 話の時系列もごちゃごちゃで、頭の中で整理が追い付かず、今の僕が祖父とノマドさんの事を理解することを阻んでいた。


「まず、坊っちゃんには普段通りの生活を送っていただきたいと思います。」

「…普段通り?」

 ノマドさんから意外な言葉が出てきた。

 てっきり僕はこれから何かしらの行動を起こす必要があると思っていたからだ。


「光一郎様の遺言の一つにございます。この鍵束の力を使えばそれは可能にございます。」

「坊っちゃん、御自宅の鍵はお持ちですか?」

「鍵は一応持っているよ。はい、これ」

 ノマドさんに鍵を渡す。

「御自宅の鍵を、この鍵束に…」

 ノマドさんは僕が渡した鍵を鍵束に通してくれた。

「その鍵でこの扉をお開けください」

 僕は鍵束を受けとると自宅の鍵を使って扉を開けた。


「あれ、扉の向こう、何もないよ!?」


 自宅の鍵を使って開けた扉の向こうはレンガの壁が塞いでいる状態だった。

 本当なら自宅玄関に繋がるはずじゃなかったのかな??


「坊っちゃん、今は坊っちゃんの御自宅の入口の鍵はかけられていない状態の様にございます。鍵のかかっていない扉には通路は繋がらないのでございます」


「うーん、もう少し待った方がいいのかな?僕の家は誰かいる時は玄関に鍵をあまりかけないんだ。」


「それなのですが、坊っちゃんは他にも鍵をお持ちの様ですが、こちらの鍵はどこの鍵でございますか?」


「えーっと、これは自転車で、これは今回持ち出してきた祖父の家の鍵、これは学校のロッカーで、あ、これは勝手口の鍵だ!勝手口ならいつも鍵はかかっているよ!」

「それではその勝手口の鍵を付けてみましょう」

 ノマドさんは勝手口の鍵を鍵束に付けると、もう一度扉の鍵を開けた。


 すると今度は扉の向こうに我が家の勝手口が繋がった。


 なんとも不思議な感じであった。

 普段ゴミ出しする時に出入りする扉なのだけど、本当はすぐ外に繋がっているのに、今は祖父の隠れ家に繋がっていた。


「こちらに来る際はこの白い星印の付いている鍵をお使いください。こちらの扉はいつでも鍵をかけておきますので、ご自由にご訪問ください」

「わかったよ。それじゃあ、明日また学校が終わったら伺います。明日また話を聞かせてください」


 ノマドさんは深々と礼をして、ドアを閉めようとしたが、何か思い出したのか思いとどまり話を付け加えた。


「その鍵束を使うときは十分ご注意下さいませ。私も全ての鍵の繋がる場所は存じ上げません。中には大変危険な場所へも通じていると光一郎様は仰っていました」

「それから、追手にも十分お気をつけ下さい。は意思をもった影にございます。影から聞こえる声にお気をつけ下さいませ」

 そう言うとノマドさんはまた深々と礼をするとドアを閉めた。


「…」

 ドアが閉まると途端に現実感が押し寄せてきた。

 勝手口の窓からはさっきまで繋がっていた祖父の隠れ家ではなく、隣の家との境界のブロック塀が見える。

 もしかして…と、勝手口を開けてみたが、やはりいつもの勝手口であった。

 扉の向こうはブロック塀が見えており、母の自転車が置いてあるのが見えた。


「夢じゃないんだよな…」

 手に持っていた鍵束を振るとジャラジャラと音をたてた。


 色々あった日曜日であった。

 今日は眠れるかな…

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