6-6 間違った選択

 どうやら、全てが繋がったようだ。

 サリュは強引にでも連れてくると言っていたが、その理由も分かったのだろう。勇者様と、エルの顔を見れば分かる。わざわざ魔法の鞄と同じ使用方法で、俺の存在を示した意味があったというものだ。


 後は、俺は融合して意識を残していないことにし、災厄として打ち取られれば終わりだ。うまく助けられ、生き残ることなどはできない。全ての罪を背負って消えるために、有翼人たちが利用していた者たちを、今後邪魔となる存在を、片っ端から殺したのは、この時のためだ。

 だがそれでも、彼女たちは俺を救おうと試みるだろう。その過程で、災厄の殺し方にも気づくはずだ。


 ……では、戦いを続けるとしよう。世界を滅ぼそうとした災厄が、勇者・・魔王・・に打ち取られて物語を終えるために。


「――グオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 狂おしいほどに望んでも手に入らなかった魔力を、咆哮と共に、無駄に周囲へ撒き散らして威嚇する。

 最初に立ち直ったのは、やはりあの方だった。


「謝罪はしない、殺してでも止める」


 ヘクトル様は、この膨大な魔力にも怯まず攻撃を仕掛けて来た。避ける必要も無く――重い。剣の刃ではなく腹での一撃。斬ではなく打。なるほど、これは響く。

 動きを止めたのは、他の人が立ち直るのを待つためか? それとも、なにか策があってのことか?


 どちらにしろ、この脳を揺らした打撃は残る。今しばらく、動けないだろう。

 視界が歪んでいる中、声が響く。


「影よ!」

「ツヴァンツィヒ!」


 ベーヴェの操った影が体へ纏わりつき、剣の檻が周囲を囲む。これは厄介だ。揺れが収まるまで、まともに動けない。

 さらに、ギシリ、と上空からなにかが圧し掛かる。チラリと目を向ければ、そこにはサリュの姿があった。苦悶の表情を見て、甘いやつだな、と感じてしまう。


 上から封印魔法、下から影、周囲に剣の檻。封印魔法は箱の形となれば完成する、とサリュは言っていた。しかし、後五枚もあっては、完成よりもこちらの対処のほうが速い。

 剣の腹での打撃はもう覚えた。サリュの攻撃をも越える一撃ではあったが、打撃耐性はさらに万全となった。


 後は彼らが勝利するためには、この卑怯にも思える耐性を、どう打ち消すかに尽きる。だが、その方法にはすでに気付いているはずだった。

 身動きが取れなくなっている今こそ、唯一の勝機。剣を強く握るヘクトル様が、後方へ目を向けた。


「ベーヴェとアグラはそのまま動きを止めてくれ! 僕と魔王でとどめを刺す! ……勇者様!」


 他に方法は無い。だからそれを成そうと、ヘクトル様は正しい選択を導き出している。

 だがエルは俯き、勇者様は難しい顔でこちらを見ていた。

 もしかして、まだ助けられると思っているのかもしれない。ならば、覚悟を決めてもらうために、もう少し追い詰めると――。


「あぁもう! 行くわよ、エル!」

「……ミサキ? まさか、ラックスを」

「そんなわけないでしょ! 考えがあるのよ!」


 覚悟を決めた、のかな? よく分からないが、そうっぽい気はする。うん、たぶんそうだろう。

 脱出しようともがいて見せ、距離が詰まるたびに唸り声を上げる。


 しかし、なぜか勇者様は怯えている様子一つ見せず、小声でエルに話しかけながら、平然と歩いていた。耳を澄まして聞いてもいいが、それはマナー違反だと思うのでしなかった。

 俺の前まで辿り着いた勇者様は、振り向かずに言う。


「ベーヴェ! アグラ! この邪魔なのを退かして!」

「な、なにを言っているのですか!?」

「そんなことはできん! 今、このときだけが、我々の勝機だ!」


 心の中で同意していると、勇者様が深く息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。じゃあ、もういいわ。エル、どうにかして」

「分かった」


 二人がなにを考えているのか、恐らく二人以外は誰も分かっていない。ただ俺は、なんかエルが美女になっていて、最後に本当の姿を見られて良かったなぁとか、そんな感想を抱いていた。

 剣が強引に退かされ、影が引きちぎられる。それが簡単に行われたことから、二人の抵抗も弱かったのだろう。でなければ、すでに俺が破っている。


 このとき、俺は混乱していた。自由になった時点で、すぐに襲い掛からなければならないのに、攻撃も防御もしない勇者様の姿に唖然としていたからだ。

 そのせいだろう。気付いたときには、勇者様の手が胸に触れていた。


「やっぱり自我があるわね」


 ハッと気付き、手を振り上げる。すでに遅いかもしれないが、俺は自意識を失った化け物でなければならない。そうでなければ、彼女たちは殺しにくくなるだろう。

 しかし、だ。

 手加減をしていたとはいえ、勇者様を殴り飛ばし、次いでエルを狙うつもりでいたのに……俺は大の字に転がっていた。


 なにが起きたのかは分かっている。攻撃するよりも先に、エルに殴り飛ばされた。

 頬へ痛みを感じながら起き上がる。すぐに右腕が掴まれた。


「――何度でも、わたしが耐性を変質させるわ」


 振り払おうと僅かに力を籠める。瞬間、腹部に拳が叩き込まれた。


「ガハッ」


 血を吐き出し、呻き声を上げた。

 勇者様が耐性を変質させ続け、エルが攻撃を担当する。単純なコンビネーションだが、簡単に破ることはできない。

 奇しくも、予定とは少し違ったが、予定に近い状況となっていた。

 一つ息を吐く。覚悟は決まっている。後は、暴れまわろうとして殺されればいいだけだ。

 全ての罪を背負って――。


「言っておくけど、全ての罪を背負って消えていこう。今ならば、世界は少しだけマシになっている。きっとこれからはもっと良くなるはずだ、みたいな考えは認めないからね」

「えっ!?」


 思わず声を出してしまい、口を押さえる。顔面に蹴りをいれられた。


「あ、すまん。攻撃ではなかったか」

「いいわよ。ラックスさんの自己犠牲でどうにかしよう的な考え、いまだに治っていないみたいだからね。この際、性根ごと叩きなおしたほうがいいわ」

「そうだな、同意しよう。こいつにはそういうところがある。それを良しとしていた吾にも問題があった」


 なにかよく分からないが、これはマズい。背筋に冷たいものが奔り、体が震える。今すぐ逃げないと、大変なことになる……!

 立ち上がり、翼を広げ――。


「動かない!」

「動くな!」

「っ!?」


 ピタリと体が止まる。頭が良くなっているため、その理由はすぐに分かった。簡単なことだ。勇者様への敬意と、妖精さんへの信頼。俺の体は声を聞くだけで二人に従ってしまっていた。


 それから小一時間、なにかしようとするたびに動きを止められ殴られる。どうしようもないほどにボコボコにされた後、俺は諦めを含みながら叫んだ。


「だって、他にどうしろって言うんですか!」


 殴ろうとしていたエルが止まり、やっぱり殴った。優しいと思っていたのに容赦無さすぎて怖い。

 続けて、殴られた俺は言う。


「この世界を救うには、これしか方法が無いんですよ! 有翼人の手が掛かっているやつを、問題しか起こさないことが分かっているやつを。片っ端から殺して、それを行った大罪人である怪物、災厄を殺す! これだけが、世界を平和にする方法で、勇者様の願いを叶え、エルの復讐を終わらせる方法なんです!」


 それに対し、勇者様はとても冷たく答えた。


「――誰がそんなことをしてくれって言ったのよ。わたしも、エルだって、一度もそんなことは望んでいないわ」


 腕を組み、目を潤ませながら睨みつけてくる勇者様に、もしかして自分は決定的に間違ったのではないかと、ここで初めて気付いた。

 ……だがそれでも、ここまでやったのだ。退けないと立ち上がった。


「俺は間違っていない! 答えは出した! 後は、その通りにするだけでいい! 例え勇者様に否定されても変わらない!」


 そうだ、間違っていない。言葉にしたことで力を取り戻した。

 しかし、エルは諭すように言う。


「なら、どうしてその通りになっていないんだ? 答えを出したのなら、全てが分かっているのなら、この状況になっていること自体がおかしいんじゃないのか?」

「……え?」


 確かにその通りだ。俺は全てを理解し、全て思い通りにできる。だから、勇者様の望みを叶え、エルが胸を張って生きられる世界を作ろうと、そう考えた。

 だが、予定通りにはなっていない。もし予定通りに進んでいれば、俺はもう殺されているはずだった。


 理解してしまったことにより、自分が間違っていたという事実も、自然と認められるようになる。全知全能だと言われても信じたであろうこの体は、頭脳は、数多の情報を個で整理し、答えを出しただけだったのだ。


 膝を折り、茫然とする。俺は、聡いと思い込んでいるだけの道化。思い込みで、大変なことをしでかしてしまっていた。

 両肩に手を置かれ、ビクリと体を跳ねさせる。二人の、みんなの顔を見ることができなかった。


「あの、待ってくださぃ! このことは我々が一番悪くてぇ――」

「ラックスさん」

「……はい」

「あの、ですから、そのぉ」

「はいはい、あなたはちょっと黙ってましょうね」


 空気を読んだベーヴェが、サリュの口を塞ぐ。むぐーむぐーと言っていたが、じきに大人しくなった。

 静かになるのを待っていたのか、勇者様が言う。


「一緒に世界を周りましょう。そして、罪を贖う方法を考えるの。見つからなければ、見つかるまで困っている人に手を差し伸べましょう」

「……俺、は」


 許されない、と言おうとしたのだが、先に勇者様の手が髪に触れ、長い銀髪は短くなり、色も茶に戻った。


「一応、悪人を殺していたのであろう? ならば、世界は良くなっているかもしれん。元々クソみたいな世界だったのだ。あれ以上悪くはなっておらんよ。三人で、ゆっくりと見て回ろうではないか」


 正しいと、二人を守りたいと思ってやったことは、全てを裏切ることだった。泣きたいが、泣くこともできない。そういう思考に誘導されていたとしても、選んだのは俺だ。

 空を仰ぐ。とても綺麗で、なにも変わっていない。それが逆に辛かった。


「第一あれなのよね。魔法の鞄を使えば楽勝なのに、全然使わなかったでしょ? だから、自我があると気付いたのよね。ラックスさんは本当に抜けてるわ」

「いや、こやつのことだ。あまり使えば自分の事を想起させて、こちらが戦いづらくなると考えたのだろう。……今気づいたが、元仲間を手に掛けさせることで、より話を広めやすくしようと考えたのか? 悲劇は同情を誘う、か。しかし、浅知恵じゃなぁ」


 一から十までお見通しなようで、顔を熱くしながら震える。俺はちっとも利口になっておらず、むしろ小賢しい行動をしていたようだ。

 ズーンと落ち込んでいると、静かだったヘクトル様が手を叩いた。


「閃いた。顔を赤くしたり青くしているところ悪いが、その意見を採用しよう」

「「は?」」


 何を言ってるんだこいつ? と言わんばかりの二人に対し、ヘクトル様はニッコリと笑い返した。

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