6-5 共闘
今後のことを話し合う最初に聞いたことは、当然あのことだった。
「ラックスさんは浮遊大陸の中にいるんですか?」
「……ラックス、ですかぁ? えぇっと、はい、人間さんですねぇ。浮遊大陸内に幽閉されていましたぁ。怪我の治療をしている最中ですので、当分動かすことはできませんが、安全は保障しますよぉ」
「なら、まずは彼との合流を――」
「いや、先に災厄を倒すべきだろう。戦えない者との合流より、被害を減らすことが優先される」
ヘクトル様の言葉に対し、思わず反発しかける。
しかし、それは間違っていると自分でも分かっていた。
何度か深呼吸をし、心を落ち着かせる。
今は、災厄を倒し、それからラックスさんと合流するべきだ。怪我をしている。戦力にはならない。安全なところに居てもらうほうがいい。
――よし、落ち着いた。
顔を上げると、エルがなぜか訝し気な顔でサリュを見ていた。
「……ラックスは怪我をしているのか」
「はぁい」
「動かすことはできないが、安全な場所に隔離されていると」
「はぁい」
「好待遇だな。そもそも、なぜあやつを攫った?」
「分かりませぇん。他の派閥の者がやったことですのでぇ」
ぶるり、と体が震える。室内の温度が下がっているかのようだ。
理由は、この二人が笑顔なのに恐ろしいせいだろう。ベーヴェは目を逸らし、弱っているアグラは縮こまっており、ヘクトル様だけが強く咳払いをした。
「二人とも、くだらない化かし合いはそこまでだ。……サリュは、なにか裏があるように思えるな。そこらについて話す気は?」
「――なにも隠していません」
サリュの間延びした話し方が変わり、肌がピリッとする。
わたしは、ようやく実感した。
思わず唾を飲み込む。程なくして、サリュから発せられていた圧が消えた。
「世界のために協力をするつもりですぅ。怪しいと思われるのでしたら、手を組むのはやめましょぉ。どちらにしろこちらから、あなたがたへの攻撃は行いませんので、ご安心をぉ」
「……ふんっ、まぁいい。裏があるのはお前だけじゃない、手を組んでやる。災厄とやらを倒す手段が、そちらにはあるのだろう?」
エルの言葉へ、サリュが笑顔を返す。
「もちろんですぅ。あれは、多数で立ち向かっても倒すことができませぇん。ただ被害を増やすだけですぅ。……少数精鋭で戦いましょぅ。隙を狙い、封印しますぅ」
どうやら彼女たちの調査で分かっているらしいが、災厄は浮遊大陸から遥か北にある廃墟を拠点としており、そこから世界各地へ飛んでいるとか。
なら、その場に封印魔法? を設置すれば良いと思ったのだが、察知されてしまうらしい。よって、戦って時間を稼ぎ、封印魔法を完成させ、発動しなければならない。
この運任せみたいな作戦がうまくいくのだろうか? 物語だと、封印魔法の発動を成功させた後、無理矢理破られ、別の対処法を見つけ出すことになる。よくある展開だ。
しかし、その封印魔法の術式を聞いたエルとベーヴェは納得したようだった。それだけよくできた魔法なのだろう。全部フラグに思えるが、たぶん考えすぎなだけだ。
「では、明日の早朝に行動を開始しますぅ。転移魔法陣を用意してあるので、すぐに攻撃できますぅ」
災厄が根城にしている廃墟から、数分の場所へ設置されている転移魔法陣。手際が良すぎる。やはり、フラグじゃないだろうかと、頭を悩ませるのだった。
――深夜。眠れずにいたら声がかけられた。
「少し、散歩でもしないか?」
「いいわね。ちょうど、寝れなくて困ってたの」
「吾もだ」
魔王と呼ばれる存在が眠れない。ならば、勇者(仮)の女子高生が眠れないのは仕方がないことだろう。少し、肩の力が抜けるのを感じた。
部屋を出ると、そこには恐らく完全体となったエルの姿があった。歳は二十代前半くらいだろうか。色気をムンムン出していた。胸が大きすぎて邪魔そうだ。
エルはわたしを抱えて飛び、そのまま夜空で止まる。漆黒の翼が、夜の闇に映えた。
下を見ると怖くて震えてしまうが、前を見れば星が近く感じる。怖い、美しい。両方の感情がない交ぜになり、不思議な気持ちとなった。
「……これから、浮遊大陸へ潜入しないか?」
「え?」
「ミサキには正直に話そう。サリュはなにかを隠している。恐らくだが、ラックスについてだ。……間に合うのならば、助け出したい」
それは、わたしも感じていた。サリュに悪意は無いが、なにかラックスさんについて隠さなければならない事情がある。
もしかしたら、彼はすでに……という可能性だってあった。
しかし、わたしは首を横へ振る。
「無理を言ったか?」
「ううん、そうじゃないわ」
自分の胸に手を当て、やっぱりそうだと、なにか確信めいたものを感じながら頷いた。
「これが、勇者として召喚された影響かは分からない。でもね、わたしは災厄のところへ行かなければならない。そう、強く感じるの」
「……なぜだろうな。少しだけ分かるよ。吾も、災厄のところへ行かねばならぬと感じている」
「なら、行きましょう。みんなで。……そして、全部終わったらラックスさんの元にも、みんなで行こう?」
エルは深く息を吐き、そして頷いた。
「あぁ、そうだな。あのバカのところへ、みんなで行こう」
死なないと約束したから、きっと死んではいない。ラックスさんはそういう人だと、わたしたちは信じていた。
それに、この美しい景色を、次は三人で見たい。もう一度夜空を見て、わたしはそう思った。
――翌朝。準備を終えたわたしたちは、転移魔法陣に乗り込んだ。
思い切り上と下へ引っ張られる感触。それが縮んで消えれば、見知らぬ場所へ立っていた。
「あの廃墟に災厄がいます」
「よし、では行こうか」
「はい!」
自分の頬を両手でぐにっと押しながら、弱気にならないように、いつもの自分で戦えるようにと祈る。
パキンッと、なにかが割れた音がした。
「……え?」
なぜ、どうして、といくつもの疑問が浮かぶ。先ほどまでは、なにも不思議に思わなかった。
今、ここにはわたしと、エルと、ベーヴェ、アグラさん、ヘクトルさん、サリュの姿がある。少数精鋭で災厄と戦うためだ。
しかし、これはおかしい。
強い人は、わたしたち以外にもたくさんいる。特にサリュと同じ有翼人には、かなりの戦力となる人がいるはずだ。
その全員が、遠方で封印魔法の補助をするために待機している? そんなことがあり得るのだろうか?
……ダメだ。この戦いは罠だ。サリュは信用できない!
「待っ――」
「約束通り、まずは一人でやらせてもらう! 皆はゆっくり来てくれ!」
止めるより先に、ヘクトル様が駆けだしてしまう。
一瞬で姿が見えなくなり、今度はエルの腕を掴もうとし――逆に腕が掴まれた。
誰かは分かっており、すぐに振り払う。サリュは、困っているような、悲しんでいるような顔で笑みを浮かべていた。
「あなた……っ!」
「謝罪は後でしますぅ。でもまずは災厄の元へ向かいましょぅ。そうすれば、どれだけ恐ろしい存在か理解してもらえるはずですぅ」
わたしたちが、恐怖で逃げるかもしれないと思った。だから、魔法で洗脳して無理矢理連れて来た。偶然、変質の作用で、わたしは洗脳を解いたのだろう。いつもの自分のままで、と思ったことのお陰だ。
しかし、言い争っている暇は無い。数秒遅れただけで、ヘクトル様が死んでいる可能性もある。災厄がそういう敵だと、アグラさんを見れば分かっていた。
サリュへの怒りを抑え、走り出す。まずは、ヘクトル様の命が最優先だった。
――廃墟内へと入り、最初に見えた光景へ愕然とした。
もしかしたら、あっさり勝ってしまうのではないか? そんな風に思っていたヘクトル様が、何度も吹き飛ばされて地面を転がり、その度に立ち上がって、微動だにしない相手へ挑んでいた。
「こういう戦いを望んでいた!」
獣のように獰猛な眼で斬りかかるヘクトル様。
逆に相手は攻撃を避けることすらせず、ただ腕を振るだけで、ヘクトル様を吹き飛ばしていた。
顔も見えない長い銀色の髪。白い衣。灰色の片翼。
姿だけならば恐れは感じない。だが、視界に入れているだけで震えが止まらない。
あれは――化け物だ。
また吹き飛ばされたヘクトル様が、偶然足元へと転がってくる。近づき、手を差し出した。
「大丈夫ですか!?」
「邪魔だぁ!」
わたしの腕を振り払って駆け出し……またすぐに吹き飛ばされ戻って来た。
今度は、全身で片腕にしがみつく。丸太のような太さと固さがあった。
「勇者様! 離してくれ!」
「ダメです! わたしたちは、絶対に勝たなければいけません!」
「今、僕は人生を謳歌している! やっと自分より強い者に出会えたんだ!」
「それは、あなたの大切な人達全てより優先されますか!?」
咄嗟に出た言葉だ。自分でも、なぜそんなことを言ったのかは分からない。
しかし、効果はあったらしい。ヘクトル様は足を止め、ガシガシと頭を掻いた。
「……まぁ、うん。約束は約束だ。僕一人の力では、災厄には勝てないだろう」
ハッキリと、勝てないことを認めた。それはヘクトル様にとっては屈辱的なことで、こちらにとっては、災厄の強さが想定を遥かに超えたものだと再認識することだった。
エルが一歩前に出る。すぐ後ろにベーヴェとアグラが続いた。
「全員気合をいれろ! 殺す気でかからねば、すぐに殺されるぞ!」
その通りだ。特にわたしなんかは、一撃でも食らえば、それだけで死んでしまうだろう。
ヘクトル様とアグラさんが地面を駆け、エルとベーヴェ、サリュが空中から攻撃を開始する。苛烈な攻撃に、災厄の姿はすぐ見えなくなった。
砂が舞い、地面が抉れ、空が割ける。あれ? もしかして、わたしって場違いなんじゃ?
そんなことに今さら気付くも、退くことができるはずもない。きっと、わたしにもできることがあるはずだ。
隙を窺っていると、サリュが魔法で竜巻を起こす。中心には災厄の姿が薄っすら見えており、他の面々は距離をとっていた。
「くそっ、攻撃が通りませんね!」
「だから私が言っただろう……」
「体勢を立て直し、再攻撃を行おう。サリュの竜巻が消えると同時に行くぞ!」
黒い影としか認識できないが、災厄は竜巻へ手を伸ばしているように思える。耐性をつけ、強引に切り抜けようとしているのだろう。
災厄の指先が竜巻へ触れた瞬間……スッと、不自然に竜巻が消えた。
「今です!」
ベーヴェの声に合わせ、全員が災厄へ攻撃を開始する。だが、無意識の内に声が出ていた。
「避けて!」
わたしの声を信じてくれたのだろう。攻撃をやめ、回避行動へ移ってくれた。
しかし、そんなものは全て無駄だったと言える。
災厄の体から放たれたのは、竜巻で、炎で、雷で、氷で。剣で、槍で、斧で、槌で。あらゆる魔法と、あらゆる武器が、その身から解き放たれていた。
避けられるはずの無い範囲。生き残れるはずのない威力。
明確に、「死」というものを意識した。
目を見開いたまま、防御もできずに茫然と立ち尽くす。
周囲から聞こえる呻き声で、我に返った。
「くっそ……」
「化け物、ですね」
「しかし、勝たねば……」
三人が己を奮い立たせる中、サリュは無言を貫き、エルは地面を叩いた。
生きているはずがない。なのに、全員が生きていた。
なぜ、エルが地面を叩いたのかも分かる。彼女も気付いてしまったのだ。
無性に泣きたい気持ちのまま、災厄を見る。
銀色の髪から梳けて見える紫色の瞳で、確信した。
「「……ラックス」さん」
奇しくも、わたしとエルの言葉は重なっていた。
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