最終章

6-1 災厄の産まれた日

 目を覚ますと、白い部屋で横になっていた。

 体はうまく動かず、頭の中は、部屋と同じく真っ白だった。


「お目覚めか」


 誰かが顔を覗かせる。髪を後ろに流しているやつれた男だ。

 ……顔にかかっている自分の銀髪がうざったい。だが体は動かないため、退かすことができなかった。


「片翼、か。羽は灰色だね?」

「えぇ、右目からの接続は断ち切りましたが、小娘の魂と混ざり合っています。勇者の加護も残してあります。あちらから干渉はできませんがね。翼につきましては、一対は不相応かな、と」

「確かに、それは一理あるな。……だが、魂が混ざり合っていて問題ないのか?」

「もちろんです。そこは慎重に調整いたしました」


 勇者、という単語に胸がチクリと痛む。


「まずは魔王を名乗る小娘を殺させればいいわけだ」

「いいえ、殺すことはできません。あくまで閉じ込めるのです」

「あぁ、そうだったな」


 魔王、という単語にまた胸が痛む。なぜ右目が痛まないのか、それが不思議だった。不思議? なにが不思議なのだろうか……。


「後は必要なことを定義いたします。……おい、私の声が聞こえていたら瞬きをしろ」


 言われた通り、瞬きをする。


「結構。お前の名は『災厄』だ。これより、天使の敵を全て殺せ。殺せぬ者は永遠に閉じ込めろ。それが災厄の仕事だ。分かったら瞬きをしろ」


 再度、瞬きをする。自分の仕事がなにかなど、確認をするまでもなく分かっていた。


「命令の優先順位として、第一位は私となる。第二位から第五位が、そこにいる者たちだ。……一人ずつこちらに」


 天使が順番に姿を見せる。小さい者もいれば、大きい者もいた。男もいれば、女もいた。

 その顔をしっかりと脳に刻み込む。二度と忘れることはないだろう。


「では、最初の命令をしておこう。この五人の命令は絶対である。そして、この五人の命をあらゆることから守れ。危害を加えることは認めない。分かったか?」


 目を瞬かせる。男がニヤリと笑った。

「体を自由に動かす許可を出す」


 第一位の主人の許可が出たことで、体を自由に動かせるようになった。上半身を起き上がらせると、自分はなにも身に着けていなかった。長い銀色の髪は、地面へ届くほどあった。


「とりあえず、服くらいは身に着けさせるべきでは?」

「あぁ、そうだな。そこにある――」

「命令を実行します」

「――なに?」


 主へ指先で触れ、胸に埋め込まれた神の箱内へと納める。


「なっ!? 一体、なにをしている! まさか、暴走か!?」

「くそっ! やめ――」


 そのまま次々に、残る四人をもっとも安全な場所へ隔離する。

 ……これで、我が主たちが傷つけられることはない。この中で、永遠に守られる。命令は遂行された。

 ズキリ、ズキリ、ズキリ。左手の薬指が痛む。

 目を向けると、なぜか黒く染まっていた。

 痛覚は失われている。なのに、どうして痛むのだろうか? 不思議に思いながら、主たちの計画の書かれたファイルを開いた。


 間違った勇者の殺害。

 魔王を名乗る少女の幽閉。

 逆らった人間の王子を殺害。


 ……何百何千何万と書かれている名前。その横には殺害の文字が並んでいた。

 主たち天使の劣化品である、人と交わりし不死の存在。魔族という者の首魁の身と、天使が幽閉対象。残りは処分していいようだ。


 胸が、指が痛み続ける。仕方なく、薬指を切除し再生を行った。……すぐにまた黒く染まった。

 首を傾げ、解析を行う。か細いなにかが、どこかへと繋がっていた。しかも、おおよそ完璧としか言えない隠蔽が行われている。強い天使の力を感じるところから、主たちの誰かが行ったのだろうか?

 だが、その意図を探る必要は無い。主たちが見落としたとは思えない。残した以上、これは必要な機能で――。


「あれあれぇ? わたくしの力を感じると思ったら……。誰か、変なことに使っていますねぇ。その指に繋がっているのかなぁ?」


 四枚羽の彼女は、天使たちの中でも最上位の一人。聖女と呼ばれている存在だった。

 しかし、我が主とは派閥が違う。聖女はリストの中で、幽閉対象に名を連ねていた。


「片翼に灰色の羽って初めて見ましたねぇ。うーん、なにか変な感じですぅ」


 間延びした声で、聖女は手を伸ばす。触れられた瞬間、神の箱を起動した。


「えっ!?」


 一瞬のうちに聖女の姿が消える。だが聖女がなにかをしたのだろう。頭の中でなにかが弾けた。


「ぐっ、あ、うぎっ」


 指の痛みがドンドンと強くなり、なにかが繋がっていく。それは子供のころであり、自分の中に妖精さんがおり、兵士となって、勇者様と出会い、旅に出て――全てが繋がった。


「……大丈夫、大丈夫だ」


 おれは、俺の名前を取り戻した。やるべきことも、どうしなければいけないかも分かっている。すぐにでも、大切な人の場所へ帰らねばならない。

 しかし、天使によって行われた改造により、真の答えを導き出そうと思考が勝手に加速していく。溢れんばかりの情報は、この世界が歪なのは、天使だけのせいではないと訴えていた。


 天使は他種族を下に見ている。

 人種族は天使を崇め、一部は反逆をしている。

 魔族は生き延びることと、天使への復讐を考えている。

 獣人が、鬼人が、竜人が。あらゆる種族の目論見が、刻まれた知識より導き出され、世界の真理へ辿り着いてしまった。


「あぁ、そうだったのか」


 双眸から涙を流し、顔を強く押さえる。

 勇者様の、世界を救いたいという願いは、全員が仲良くできる世界だった。

 ――しかし、そんなものは夢でしかない。

 どの種族も別の思惑をもっており、なにかを敵と定めている。決して叶わない願いは、この世界でもっとも尊い望みだった。


「……」


 自分がどうすればいいのか。考えれば、すぐに答えが出た。

 その答えに絶望しながらも、置かれていた白色の服を着こみ、無言のまま室内を出る。

 天使たちが住む浮遊大陸の地図は脳内にあり、どこへ行けばいいかは、ハッキリと分かっていた。

 外へ出て、片翼で空を飛ぶ。足りない翼の分は、風の魔法で補った。


「ここ、か」


 浮遊大陸を見下ろせるほどの上空へ辿り着き、眼下を見る。……白い建物が並び、緑も多い。とても美しい大陸だった。

 この大陸は、魔法で上から釣り上げられている。大陸を魔法の網で覆い、上から引っ張り上げているのだ。


 ――では、始めよう。

多数の犠牲は出るだろうが、覚悟はすでに決めていた。

 まず胸の内から、聖女を外へ出す。


「ふぁ!? ……っとと。空? あれ、出してくれたんですかぁ? ありがとうございますぅ」


 律儀に頭を下げる四枚羽の聖女を見て、ただ罪悪感を覚える。俺がこれからすることを、彼女は決して許さないだろう。


「あの、ここは近づいたらダメですよぅ。わたくしが別の場所を案内してあげますからぁ」

「これから、浮遊大陸を落とす」

「――え?」


 聖女はキョトンとした後、本気だと気付いたのだろう。とろんとしていた目を、カッと開いた。


「させませんよぉ!」


 白い四枚の羽が輝き、無数の魔法が周囲へ展開される。その一つをとっても、煉獄に劣らぬ威力だろう。

 放たれた魔法を俺は……ただそのまま受けた。

 炎が体を焼き、氷が体を凍てつかせ、雷が全身を奔り、土が体を穿ち、風が全身を斬り裂く。

 全てを受け終わった後、俺の姿を見た聖女は体を震わせた。


「まさ、か」


 この身であらゆる属性の、最上位の魔法を受けた。不死であり、再生能力を向上させられていたため、すでに体は戻っている。……そして、この体には同じ攻撃に対しての耐性を備える機能があった。

 聖女が険しい顔を見せる。心の中で謝罪をしつつ、浮遊大陸の核となる魔法へ手を伸ばした。


「千を超える結界が張られていますぅ! 破ることはできません! 早く離れてくださぃ!」


 矢継ぎ早に魔法が放たれる。だがその全ては無効化されており、ダメージは無い。

 そのことに気付いたのだろう。聖女は数多の武器を展開し、こちらへ斬りかかった。

 また閉じ込められるかもしれない。そう思いながらも止めることを優先した。彼女の判断はさすがであり、尊敬に値するものだった。


 しかし、俺は敢えて攻撃を受ける。この世界でトップランクの物理攻撃を受けることで、耐性を得るために。

 拳を。剣を。槍を。斧を。弓を。

 あらゆる武器を駆使し、彼女は攻撃を行う。

 その全てを受け終わった後……聖女は剣を落とした。


「もう終わりか?」


 俺の言葉に対し、服の裾を強く握りながら彼女は言った。


「……お願いしますぅ、やめてください。要求なら全て呑みますぅ。この体を捧げろと言うなら、好きにしてくださぃ。だから、ですから――」


 結界は破れぬと言いながら、彼女は懇願する。恐らく、心のどこかで気づいているのだろう。

 この結界は決して破れぬが、仕舞うことはできるということに。

 涙を流しながら訴える聖女に、俺は告げた。


「要求はただ一つ」

「ひ、一つですかぁ?」

「それは――世界平和だ」

「世界平和……?」


 俺は端的に、彼女へ説明をする。

 最初は眉根を寄せていたが、気付けば悲しげな表情に変わっていた。


「証拠はありますかぁ?」

「あぁ、俺の中には主たちがいるので、閲覧の権限がある」


 彼らの権限を使い、隠されていた秘密文書の類を聖女へ見せる。

 それは、天使たちの複数の派閥が行っていた所業であり、すでに手遅れとなっている現状を認めざるを得ないものだった。

 きゅっと唇を結び、聖女が顔を上げる。


「それでも、地道に訴えかけていけば――」

「その間、犠牲者は増え続ける。死なずに済むにも関わらず、死んでゆく人々を許容してしまうことは、彼女の意に反している」


 聖女は目を閉じ、顔を歪ませる。しばし経つと、苦悶の表情のまま目を開き、静かに告げた。


「わたくしは、あなたの犠牲を許容できません」


 だから、俺も決意を口にする。


「俺は、世界を救えるのならば、それが最善だと信じて疑わない」


 ただ真っ直ぐに、これまでと同じように、これからも変わらないと、俺は彼女へ告げた。

 それは恐らく届いたのだろう。

 聖女は悲し気なまま小さく頷いた。


「では、準備が整い次第、浮遊大陸は落とす。後のことは任せた」

「……分かりましたぁ。わたくしは、我々の愚かな行いに対する尻拭いへ、あなたの計画へ全面的に協力しますぅ」


 ゆっくりと、魔法の核へ手を伸ばす。

 だが、ふと気づき、動きを止めて聖女を見た。


「俺の名前はラックス。……二度と使わぬ名だが、できれば覚えておいてほしい」

「えぇ、決して忘れません。わたくしの名はサリュ。なにも知らなかった、愚かな天使です」

「今後は」

「分かっていますぅ。『災厄』とお呼びしますねぇ」


 今度こそと、核の周囲に展開されていた結界を、全て神の箱へ収める。力を失った浮遊大陸は、直に落下を始めた。

 これだけ見た目が変わっているのだ。最早、誰も俺のことには気付かないだろう。……いや、あの二人は気付く、か。

 世界を一つにすることは難しい。だが、それを可能にする、とても簡単な方法が一つだけある。


 それは……共通の敵が現れることだ。


 落ちていく浮遊大陸。それを追いながら、被害を最小限にしようとするサリュ。

 俺は彼女勇者の望みを叶え、彼女魔王の復讐を諦めさせることを決め、そして二人との約束を破ることが分かっていながら、最後の戦いを始めることにした。

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