5-11 煉獄vs最強 そして決着

 この人、どっから出て来た? 十二人がいる場所はまだ遠い。いや、そもそもあの十二人の中にヘクトル殿下はいなかった。……なら、どこから?

 困惑していると、ヘクトル殿下は安心した顔で言った。


「煉獄を打ち破る! と意気揚々としていた十二人を送り出し、後方から見ていたんだけどね。そうしたら、ラックスくんが落ちて来ただろ? これは助けねばと、とりあえず邪魔な壁を斬り裂き、ここまで来たというわけだ。本当に間に合って良かった」

「?????」


 説明を聞いたら余計分からなくなった。十二人よりも後方にいた? でも、今はここにいる。後、なにを斬り裂いたって? さっぱり理解ができない。

 そんな俺に、殿下は手を差し伸べた。


「とりあえず、立てるかい?」

「はい、大丈夫です。……ではありませんでした! 助けていただきありがとうございます!」


 少し冷静さを取り戻し、ヘクトル殿下へ深く頭を下げる。ポンポンと肩を叩き、殿下は笑っていた。


「さて、これからどうする?」

「えぇっと、想定外のことばかり起きていまして……うぉっ!?」


 ドスンッ、と音がして振り向く。そこにいたのは、勇者様を抱え、エルを背負っているベーヴェだった。


「本当に想定外ばっかりですよ! あなたが落ちたことなんて気にせず、シルド将軍を殺すべきでした! もしかしたらいけたかもしれないのに、完全に失態です!」

「ぶつくさ言っている場合か! こうなれば仕方ない。ヘクトルよ、吾と、魔王エル=ウィズヴィースと手を組め!」

「……ふむ」


 ヘクトル殿下が困った顔を見せた瞬間、後ろへ下がったベーヴェが勇者様の喉元に手を添えた。説得どころではない、これでは脅迫だ。


「落ち着けベーヴェ!」

「落ち着くのは姉上のほうです。ヘクトルに対し、交渉を有利に進めるカードを我々は持ち合わせています。今、使わずしていつ使うのですか。なによりも、時間がありません」


 時間が無い? 眉根を寄せると同時に、その焦りを理解した。


「――仲違い、か。つまりは全員始末する良い機会ということだな」


 トンッ、と軽い足音。先には右腕に蒼い炎を纏わせたシルドの姿があった。

 あぁもう、次から次へと問題が降りかかってくる。ヘクトル殿下の説得をしたかったのに、シルドの相手もしなければならない。


 しかも右腕は健在。エルを見れば、すまないと目で語っていた。

 失敗したものは仕方ない。だが、打開する必要はある。

 ……数秒でヘクトル様を説得し、仲間に引き入れるしかない。だが口を開こうとした瞬間、先に声が聞こえた。


「チャンスだぜヘクトル! まずは勇者様をこちらへ連れ戻せ。後は、魔族たちを一網打尽だ!」

「ヘクトル兄様がいればシルドを打開できます。今が、その機会です!」


 ヘクトル様は、俺を助けるために来た、と言ってくれた。

 しかし、その考えは改めなければならない。彼は俺を助けるために来てくれたのではなく、向かう先へたまたま俺が落ちてきただけだったのだ。

 そりゃそうだろう。最高戦力の一人であり、王族のヘクトル様が、一般兵士を助けるために来るはずがない。他の王族たちの言葉のほうが、余程、信ぴょう性が……。


「ちょっとお前たちは黙っていろ。さっきも言ったが、僕が予定より早く赴いたのはラックスくんを助けるためだ。さも計画通り、みたいな顔をするのはやめたまえ」

「えっ」

「ん?」


 想定外の答えに、混乱していた頭がさらに混乱する。すでに思考が停止しかけていた俺は、一つ頷いた後に、思考することを放棄した。


「どうすればいいですか、勇者様!?」

「はぁー、ラックスさんは難しく考えすぎているのよ……。ヘクトル様! この二人は味方です! 事情は後で説明しますので、まずはシルドを倒しましょう!」

「勇者様、さすがにそれは――」

「よし、分かった」


 ヘクトル様はスラリと剣を抜いた。その威風堂々たる佇まいに、思わず背筋を伸ばす。

 ではなく、ヘクトル様も考えなさすぎじゃないかな? そんな説明で納得していいんですか?

 首を傾げていると、ヘクトル様が胸を張って言う。


「我が国は勇者を召還した。その勇者の言葉を信じず、なにを信じるんだい? ――勇者至上主義。それが、生き残る唯一の術だと信じて疑わないよ」


 一切の曇りなき瞳。……ヘクトル様がそう言うのならば、俺のやることも変わらない。勇者様とヘクトル様の考えに従い、戦うことにしよう。

 さて、では右腕を取り戻し、シルドを倒そう。

 分かりやすい状況になったなと、俺も剣を構えた。


『お主、完全に思考を放棄したな。ヘクトルはあぁ見えて、しっかり考えているぞ』

『俺に難しいことを求めないでくれ……』


 この身にできることなど、最初から多くは無い。敵の攻撃を掻い潜って右腕に触れ、弱らせる。後はこの身を盾にする。ただし、死んだりしないように頑張る、怒られるから。これくらいのものだ。

 やるぞ、と気合を入れた。

 まずはなによりも、相手に隙を作らねばならない。……そして、落ち着いてさえれいば、その方法はすでに考えられてあった。


「うおおおおおおおおおおおおお!」

「ラックスくん?」


 いきなりの突撃。ヘクトル様が驚いた声を出す。

 だが、問題はない。これも計画の内で、この隙を誰かが突いてくれるはずだ。


「消えろ、愚かな魔王とニンゲンたちよ。……《パーガトリー》」


 シルドの声に合わせ、伸ばした右腕から蒼い炎の壁が現出する。逃げ場の無い広さ。耐えることのできない熱量。撃たれた時点でこちらの敗北だ。

 ……普通ならば、だが。

 俺はマジックバックを取り出し、前へ突き出す。シルドが怪訝そうに眉根を寄せた。


「なにを――――っ!?」


 すぐにその顔が険しくなる。だが、それもそのはずだろう。蒼い炎の壁は鞄に吸い込まれ、すでに存在しない。そして……俺は告げた。


「《パーガトリー》」


 鞄より解放された最高位の魔法が、今度はその術者に向けて放たれる。

 恐らく、シルドからすれば数え切れぬほど使用した魔法。……だが、自分に向けて撃ったことはないだろう?

 目を見開いたシルドが、手を突き出した状態のまま、先ほどより強い声で叫んだ。


「《パーガトリー》!」


 二つの蒼い炎の壁がぶつかり合い、周囲に熱風を撒き散らし、せめぎ合った末……同時に消えた。

 いける、と思った。

 マジックバッグがあれば、シルドの最強の魔法を防ぎ続けることができる。その隙を突いて、エルが右腕に触れるか、誰かがシルドを倒せばいい。そんな簡単な構図が浮かび、笑みすら浮かべていた。


 勝てると思っていたシルドは、どれだけ動揺しているのだろうか? 

 改めて、その顔へ目を向ける。

 だが――平然としている顔を見て、自分が間違えていたことに気付いた。


「《パーガトリー》」

「同じことを!」


 ……繰り返すか? 自問自答をしながら、マジックバッグで吸い込む。


「「《パーガトリー》」」


 俺と、シルドの声が重なる。まるで時間を巻き戻したかのように、先ほどと同じ状況が再現された。違和感が、より強くなる。

 そして、その理由が明らかとなった。


「《パーガトリー》」


 まだ二つの魔法がせめぎ合っており、相殺されていない。そんな中に、次のパーガトリーが投入される。


「連、射……っ!?」

「《パーガトリー》」


 蒼い炎の壁が立ち並び、こちらへ迫りくる。一発は吸い込めるだろう。それを放つことで二発目も相殺できるだろう。……しかし、三発目は? 四発目は?

 なぜシルドが動揺していなかったのか。

 簡単だ、本気では無かったからだ。


 今さらながらに己の迂闊さを呪う。

 隙を作れると、自分も力になれると、できる以上のことをやろうとしていた。自分にだってやれるのだと、そう考えてしまった。

 勇者様は? エルは? ベーヴェは? ヘクトル様は?

 魔法の向こうに行く機会はあっただろうか。もしいけていれば、シルドを打ち取ってくれるかもしれない。

 振り向く時間は無い。ただ信じるしかないと、そう思ったときだ。

 目の前に、散歩しているかのような軽い足取りで、進み出た人がいた。


「ヘクト――」

「もうこれは飽きた・・・


 下がってください、と言うよりも早く、ヘクトル様が剣を振り下ろす。

 一度に一枚。蒼い炎の壁は斬り裂かれ、霧散して周囲に蒼い火の粉が散っては舞う。

 今度こそ本当に、シルドの目が驚愕で見開かれた。


「ミューステルム王国の切り札。まさかこれほどか!」

「……感心している暇があったら本気を出してくれ。まさか、こんなものじゃないんだろ?」


 ヘクトル様の挑発にシルドが顔を歪める。


「いいだろう。ならばその矮小な身で、真の《パーガトリー》を受け、後悔するがいい!」


 シルドが両手を前に突き出し、ニヤリと笑った。


「《パーガトリー》!」


 右手から蒼い炎の壁が。左手から赤い炎の壁が。恐らく、左手のものが元のパーガトリーなのだろう。

 その二つは反発し合うこともなく混ざり合い、紫色の炎へと変色した。

 まだ触れたわけではない。十分に距離だってある。なのに、その熱気で汗が蒸発していく。届くより先に体は干からび、そして、灰になる。

 まるで予知のように未来が脳裏に浮かぶ。


 声を出そうとしたが、ただ咳き込む。熱気で息を吸うことができず、その場へ座り込んだ。

 しかし、ヘクトル様は違った。


「――いいぞ、シルド。僕はそういうのを待っていた」


 その声に、なぜか背筋がぞくりとする。

 僅かに横顔を覗き見られるだけだったが、ヘクトル様は薄く笑っているように見えた。

 一歩、また一歩と。熱気を放つ紫の壁へ近づいて行く。声も出せぬまま見ていると、首根っこを掴まれた。


「ただのニンゲンに耐えられる熱気じゃないでしょ! 逃げますよ!」


 恐らく、勇者様とエルは避難させてくれたのだろう。そしてさらに俺を助けに戻ってくれたベーヴェに対し、申し訳なさを覚えながらも、首を横へ振る。今、この場を離れるわけにはいかない。


「あぁもう、大丈夫ですよ。勝敗は決したんです!」


 決した? まだ終わっていないのに、なぜそういうことになる?

 不思議に思いながら、浅く呼吸を繰り返す。……前に立つ人が熱気を遮っているのか、幾分楽になっているよう感じた。


「では、少々本気でいかせてもらう」


 ヘクトル様が最上段に剣を構えた。

 瞬間、彼の全身から魔力が迸り、剣から立ち上ったそれが、龍のように空へ昇った。


「……化け物め」


 ベーヴェが厳しい顔つきのまま言う。

 俺はと言えば、その姿を見て……あぁ、こんな風になりたかったのか、と童が英雄を見るような気持ちのまま、ヘクトル様を見ていた。

 等身大の自分でやれることをやればいい。そんなのは全て自分を誤魔化していただけで、本心では強くなりたかったに決まっている。

 あのような、圧倒的な強さを手に入れ、勇者様の仲間だと胸を張り、横に立ちたかった。そんな本当の気持ちを、一瞬で引きずり出された。


 目を放さぬまま、拳を握る。

 ヘクトル様が剣を振り下ろし、紫炎の壁ごとシルドが真っ二つに割れた。

 見て見ぬふりをし続けた理想が、目の前にいる。敬意しかもっていなかった相手に、僅かながらの黒い感情を抱いた。

 “嫉妬”と呼ばれるそれを抑え込もうと、胸を強く掴む。国を守るために生きてきた、王族の統治を信じていた、そんな自分が穢れていくように感じる。


「このまま味方につく、なんて都合の良い状況になればいいですけどねぇ。いざというときのために、あれを倒す方法も考えなければ……。聞いていますか?」

「……」


 ベーヴェに答えず、ふらふらと前へ進む。手を伸ばした先にいるのはヘクトル様だ。なにがしたいのかも分からぬまま、そこへ指先を届かせようとした。

 こちらに気付いたらしく、ヘクトル様はシルドの右腕を掲げて笑みを浮かべる。


「終わったよ、ラックスくん。この右腕が――」


 ヘクトル様の笑みが消え、顔が引き締まる。右腕を手放し、剣を構えていた。


「避けるんです!」


 ベーヴェがよく分からないことを言った。


『逃げろ!』


 エルの声に、体が自然と動く。

 ――だが動きよりも早く、全身に鎖が巻き付いた。

 誰かの声が聞こえる。


「――見つけた。お前だ」


 振り向くこともできない。抗う力も無い。なにもできぬまま、体が引っ張られる。

 本当は強くなりたかったことを自覚した俺は、また無力さに苛まれる。いつも、俺は弱いままだ。


「ラックスさん!」


 白い羽が舞う中、慌てている勇者様。

 それが最後に見た光景となった。


 ◇


「これだ、これが【神の箱】だ」

「ようやく計画は進む。我々天使を、有翼人呼ばわりする愚か者共を始末できる」

「魔王などと大層な名を名乗る混ざり者を消し去る。不死など関係ない。二度と出さなければいい」

「この検体はどうする? 箱は手に入れた。始末するか?」

「ダメだ、これが必要だ」

「……ただのニンゲンだぞ?」

「ふっ、そうではない。エル=ウィズヴィースとの繋がりは断ち切ったが、あの小娘の右目を宿し、魂が僅かばかりに溶け合っている」

「ふむ、なるほど。他にも何かあると思ったが、これは勇者の加護か。今は微々たる効果しか及ぼしていないが、これならば無限に強くなれるはずだ」

「【神の箱】、魔王の魂、勇者の加護。後は我々天使が調整を行えば完成する」

「万物を閉じ込める力。不死特性。強靭な肉体。膨大な魔力。無限の成長。……恐らく、同じ攻撃は二度通じぬようになるだろう」

「ならば、これで魔族劣化品を滅ぼせる。我らに逆らった人間もだ。有翼人天使の統治する、正しい世界が戻ってくる」

「では、始めよう。これは我々の切り札となり、やつらにとっての『災厄』となる」

「おめでとう、人種族の若者。……いや、ラックス=スタンダード。君は望んだ以上の力を手に入れ、天使たちこの世界を救う英雄となるぞ」


 この日、自分たちは神に次ぐ者、天使であると自負する愚かなる有翼人の上層部によって

 ――『災厄』が産まれた。

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