第二章

5-1 暗黒大陸を目指して

――勇者は、全てを救いたいと願った。

 ――魔王は、復讐を果たすと誓った。

 ――聖女は、選ばれし者に救いをと謳った。

 ――最強は、抗う敵は全て殺すと嗤った。


 ――災厄は――……。


 ◇


 勇者様は、俺の肩に乗っているエルと楽し気に話している。同じ女性、話が弾むのかもしれない。

 だが、俺とこいつは違った。


「「……」」


 特に話すことがない。というか、この中でベーヴェだけが信用できないとすら思っていた。

 エルの弟だということは分かっている。一定以上の信用をするべきだとも分かっている。……だが、こいつは魔族だ。簡単に信用できるのならば、戦争は当の昔に終わっているだろう。エルとベーヴェでは、付き合いの長さが違うことも要因だった。

 仲間? こいつと? 微妙な気持ちのまま目を向ける。すると、ベーヴェも非情に困った顔をしていた。


「……エル、勇者様の肩へ移動とかできないか?」

「右目を取り戻したからな。多少は動けるので可能だ」

「なら、頼む」

「……ふむ、いいだろう」


 もしかしたら、なにか察してくれたのかもしれない。物分かり良く、エルは勇者様の肩へ乗り、少しだけ離れてくれた。

 そして男二人。腹を割って話そうじゃないかと、ベーヴェを見た。


「この先、俺たちは協力しないといけない」

「まぁ、そうですね」

「色々思うところはあるが、そのわだかまりを早いうちに解消しておくべきだと思わないか?」

「同感です。いいでしょう、今だけは下等な人間相手に妥協してあげますよ」


 イラッとした。すでに殺したいと思っていたが、ギリギリ我慢をする。

 落ち着け、別に悪気はないんだ。話し合おうと思ってくれただけ、きっと魔族にしては譲歩しているに違いない。

 クールダウンした俺は、ベーヴェへニッコリと笑いかけた。


「……そう言ってもらえて助かる。じゃあ、同等ってことだからな。正直に話していこう。まずは、俺を殺そうとしたことを土下座して謝れ。地面に額を擦りつけろクソ魔族」

「はぁ!?」


 ベーヴェは目を見開いた後、細めて睨みつけてきた。

 なんだ、やるのか? あぁ? こちとらお前のせいで死にかけたんだぞ? ちなみに一度土下座した後は、オルベリアやらなんやらの件で、もう一度土下座させるからな!

 とてもとても不服そうな顔のベーヴェは、ハッとした表情になった後、笑みを浮かべた。


「いやいや、確かにそれは土下座の必要があるかもしれませんね。……ですが、それならあなたはどうなんですか? 私がオルベリアを殺さなかったら、殺されていたかもしれないですよ? ありがとうございますと、先に感謝の土下座をするべきじゃないですか?」

「はぁ!?」

「やる気ですか!?」

「「……」」


 俺は無言で剣に手を掛けた。

 ベーヴェは無言で拳を握った。

 だが、すぐに呆れた声で止めに入った者がいた。エルだ。


「やめんか、バカもの」

「しかし、姉上!」

「やめろ、と吾は言ったぞ?」

「……はい」


 ハッハッハッ、ざまぁみやがれベーヴェ。土下座はさせられなかったが、少しだけ胸がスッとしたぜ。

 バーカバーカ、魔族なんてエル以外嫌いだバーカ。

 そう思い笑っていたら、肩をトントンと叩かれる。振り向いた先には勇者様がいた。


「ラックスさん」

「はい、なんでしょうか勇者様!」

「その、あぁいう言い方は良くないわ。確かに気持ちは分かるし、許せとは言えないけど……ね?」

「……はい」


 肩を落とした俺と、肩を落としたベーヴェの目が合う。

 なにか、俺たち似ているな。もしかしたら、少しだけ仲良くやれるんじゃないか?

 目で通じ合った俺たちは、お互い譲歩しようと決めた。……言葉に出さず、心の中で。


「いや、言葉に出さんか」


 エルの言ったことは無視して、心の中でだけ決めた!



 しかし、ふざけているのもここまでだ。

 本題に入るべきだろうと、俺は切り出した。


「ところで、これからどうするんだ?」

「吾の体を取り戻す。さすがに四人ではどうにもならん」

「いや、確かにそりゃそうだが……大きな問題があるだろ?」


 それを聞いた瞬間、なぜか勇者様がニヤリと笑った。


「どうやって暗黒大陸へ行くか、という話でしょ? そのことについては、今までのことについて考え直す必要があるわ」

「今までのこと、ですか?」

「そう、今までのことよ。例えば、どうしてベーヴェやオルベリアはこの大陸にいるのかしら? 要塞都市を抜けない限り、ここまでは来られないはずよね?」


 そう、そこが気になっていた。下級魔族と魔貴族。そんな二人が要塞都市を抜けたとなれば、今ごろ大ごとになっている。

 しかし、そんな話は聞いたことが無い。つまり――。


「要塞都市にスパイが潜り込んでいるんですね……!?」

「えっ、そうなの!? 話が違うじゃない!」


 勇者様が驚いた顔でエルとベーヴェを見る。

 だが、二人は首を横に振っていた。


「他の国ならばともかく、ミューステルム王国にスパイを潜り込ませることはできん。要塞都市には、あの化物たちが滞在している上に、今や『最強』までおるからな」

「化物……? 最強……?」


 要塞都市にそんな異名の人物がいただろうか? いや、魔族の中での通り名かもしれない。

 考え込んでいると、ベーヴェが口を開く。


「化物と言うのは、ミューステルムの王族たちのことですよ。あの人たち、どう考えても人間じゃないくらい強いですからね。まぁ全盛期の私なら敵じゃありませんが!」


 ベーヴェは自分の実力を自慢しているが、エルの否定が入らないところから事実なのだろう。

 だが、そんな浮かれていたベーヴェの顔が引き締まり、続く言葉は重みを帯びていた。


「でも、『最強』の相手をするのは、全盛期の私でも厳しいですね。姉上ならば勝てると思いますが……」

「いや、正直なところ、吾もあいつとは戦いたくない。状況を整えれば勝てるだろうが、それすら理不尽に覆しそうなところがある。できるだけやりあいたくない相手だ」

「魔王が戦いたくない相手って、その『最強』はどれだけヤバい相手なのよ……」


 勇者様に同意して、ひたすら頷く。ミューステルムの王族が強い力を持っているという噂は聞いていたが、それよりさらにヤバい人がいるらしい。まるで想像もつかないが、本当に人間なのだろうか?

 顔が三つ、腕が六本ある怪物が脳裏に浮かび、ぶるりと体を震わせる。

 怯えている俺を見て、エルが目を瞬かせた。


「お前たちはなにを言っている。二人とも会ったことがあるだろう」

「「は?」」


 二人、目を合わせて首を傾げる。そんなに頭のおかしそうな、ヤバい実力者がいただろうか……?

 呆れた声で、エルが言う。


「ヘクトル=ミューステルムに決まっているだろう。ミューステルム王国の、人類の切り札と言える男だぞ。ちなみに二番目に強いのは国王だ。あれもかなりの化物よな」

「え、えええええええええええええ!?」

「あぁ、なるほど。ヘクトル様か。納得納得……」

「納得しちゃうの!? すごく優しくて親切な人だったわよ!?」


 俺は笑みを浮かべながら、勇者様の肩へ手を置いた。


「いいですか、勇者様。優しさと強さを両立させているのが、ヘクトル様なのです」

「ついでに頭のおかしさも入れておけ。あの一族は戦闘狂だぞ」

「姉上の言う通りです。ミューステルム王族は、隙を見せれば暗黒大陸へ踏み入ろうとしますからね。全力で戦って一進一退の攻防ですよ」


 今の言い方からして、魔族は手を抜いていたのだろう。だが、ヘクトル様が前線に来たせいで、全力で戦わざる得なくなった。さすがはヘクトル様だ。

 感心していると、これだからミューステルムは、と呟いていたエルが、手の平を叩いた。


「で、話を戻すとしよう。暗黒大陸は不毛の地。だが吾々は必要な物を得ており、暗黒大陸の物を外部へ輸出している。それは、どうやってか?」

「……事前に裏道を作ってあった、ということ?」

「ミサキは鋭いな。その通り、いきなり正解だ。吾々はこうなることを予想して、全ての大陸に転移点を作ってある。とはいえ、そのことを知っているのは、吾が信頼しているごく一部の魔族だけだがな。……なのに、この愚弟は」


 エルがじろりとベーヴェを見る。


「申し訳ありません! 申し訳ありません! ですが、オルベリアは始末しました! すでに知っている者はおりませんので、どうかお許しを!」


 手の平サイズの少女に蹴られている大の男、というのをどう思うだろうか。俺は居た堪れなくなり、エルを止めた。決してベーヴェを助けたわけではない。自分の心の平穏を保つためだ。

 話を戻そう。転移点という呼びにくいなにかがあり、そこから暗黒大陸への移動ができるらしい。それを使えば、要塞都市を通過せずに行けるため、非常に都合が良い。


「なら転移点へ向かい、そこから暗黒大陸へ。……その後、どうやって体を取り戻すの?」

「まったくもってその通りです」


 勇者様の言う通りです、と頷く。

 すると、先ほどまでエルに蹴られていた男が立ち上がり、胸を張った。


「私たちがなにもしていなかったと思いますか? 姉上が見つからなかったときのことだけでなく、見つかったときのことも考えてあります」

「そういうところは抜け目がないな、弟よ」

「ありがとうございます。実は――」


 ベーヴェは恭しく頭を下げた後、満悦な顔で言った。


「――信のおける仲間を集めるだけでなく、体の一部を確保しております」


 それは、俺たちが驚くに足るほどの言葉だった。

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