4-10 そして運命は決まった
さて、どうしたものか。話を纏めると、俺はエルに殺されるところだったらしい。ひどい話だ。
ならとりあえずしてもらうことがあるなと、肩に乗っている少女へ目を向けて言った。
「まず謝れ。勝手に人の体に入って、勝手に殺そうとしたことをだ」
「……その通りだな。吾が悪かった。許してくれ、などと都合の良いことは言わん。いくらでも罵って――」
「分かった、許した。その話は終わりだ。で、次は」
「待て待て待て待てぇい!」
耳元で大声を出され、耳がキーンとする。なんなんだよと、顔を顰めた。
しかし、エルはあり得ないと言わんばかりに言う。
「お主なぁ! そんな簡単に許していい問題ではなかろう!」
「結果だけ見たら、妖精さんは俺に危機を教えてくれていた、ってだけの話だろ」
「あのなぁラックス!」
「なんだよ」
「そういうところだぞ!?」
「どういうところだよ!」
「そういうところよ」
「勇者様!?」
なぜか別の方から援護が入り、俺は怒られた。そういうところらしい。だから、どういうところだよ。もうどうしろと言うのか。
ほとほと困っていると、予想外なところから助け舟が出た。
「まぁまぁお二人共その辺にしておきましょう。こういったバカは自分じゃ気付けないんですよ」
「なんであんたがラックスさんをバカにしてんのよ!」
「この愚弟が! いいから黙って死んでおれ!」
「ひどくありませんかね!?」
今度はベーヴェが二人に責められ始め、俺は解放される。いやぁ、空気がうまい。自由って素晴らしいな。
体を伸ばしていると、怒られているはずのベーヴェが目を細めた。
「む、マズいですね。自分は一旦、あの木の辺りに退避します。話の続きはそちらでしましょう。姉上はどうしますか?」
「吾はラックスから離れられるほど力が戻っておらん。後で向かう」
「では、そういうことで」
バッ、と消えるようなことはなく、すごい速さでベーヴェは去って行った。
そして少し遅れて、俺の肩が叩かれる。――敵だ。振り向く勢いを利用して殴り飛ばした。
「いってええええええええええええ!」
「……ピエール?」
「お前、大変だったのは分かるが、いきなり殴るか!? ……いや、殴るな。オレだって殴る。よし、今回は許してやろう」
「ありがとう……?」
俺はピエールの体に触れ、頬に触れ……温かい。幻覚でもない。本物だ。
「ピ、ピエール。お前、生き、生きて……」
「泣くなよ、おい! 無事だったのはお前らのお陰だろ?」
「俺たちの……?」
「空に魔法が放たれたら、避難所に町民を逃がせ、って手紙を送っただろ?」
「勇者様?」
「わたしじゃないわよ。魔法は放ったけど、それは誰かに言われたからで……あっ」
なにかに気付いたのか、勇者様が近づいて来る。そして小声で言った。
「あの声、ベーヴェだったわ。今、気付いた。あいつ、被害を減らす努力をしてくれていたのね」
「どうせ恩を売るためだろう。狡い弟だからな」
つまり、えぇっと……そういうことなのか?
俺はピエールに、戸惑いながら聞いた。
「それじゃあ、被害は……無し?」
「お前、頭おかしいのか? 被害は甚大だよ、甚大! 犠牲者ゼロなのは奇跡みたいなもんだ!
……でもまぁ、勇者様が魔貴族の一人を討ち取った、という報告が先ほど届いた。そのことを踏まえれば、微々たるもんだけどな!」
誰も死ななかった。町は壊れたが、死人はゼロ。
ドンッと誰かが背中に突っ込んでくる。彼女は背に額を押し付け、泣いているようだった。
「ご、ごめ……。でも、少しだけ……」
「――いくらでも構いませんよ、勇者様」
きっと、たくさんの人が死んだと思っていただろう。俺だってそうだ。数百、数千の命が失われたと思っていた。
しかし、死人はいない。町こそ壊れたが、再建すればいい。ある意味、最高の勝利だ。
――時間が経ち、忙しいというピエールと別れ、町を出る。目指す先は、ベーヴェの待っている場所だ。
辿り着くと、彼は木に背を預けたまま、悠然と待ち構えていた。
「早かったですね」
「カッコつけるな、愚弟」
「別にカッコつけていませんからね!?」
この姉弟は仲が良いのだろう。エルも笑っているし、ベーヴェは泣きそうな顔で笑っている。……あぁ、そうか。魔族にも家族がいるし、愛する気持ちがあるのか。
気付いてはいけないことに気付いてしまったようで、一歩後ろへ下がる。そんな俺を、勇者様は不思議そうな顔で見ていた。
「とりあえず、今後の話をしましょう。誰から話す?」
たぶん、三人とも思惑が違うだろう。お互い納得できる案などはなく、これから揉めることは必至。俺の役割は、熱くなり過ぎたときに止めることだろう。
「では、吾から話すとしよう」
最初に、エルが話を始めた。
「己の体を全て取り戻し、完全なる復活を遂げる。もちろん、ラックスの命を犠牲になどはしない。そこは心配しないでくれ」
前半は俺に。そして後半は勇者様に言っていたと思う。
勇者様は少し考えた後、口を開いた。
「そこまではいいわ。……そこからを聞かせてくれる?」
「魔族の王へと戻る。その先は、人間次第だ」
「姉上? まさかまだ、人間を見逃してやると? 多くの仲間が殺されています。最早、有翼人の先兵である人間は滅ぼ――」
「ベーヴェ」
「しかし」
「分かれ。吾々がその判断を下した瞬間、勇者は敵となる」
「……仰せのままに」
敵対はしたくない、ということだろう。有翼人は許せないが、人間は敵じゃない。
もしくは、勇者という存在を敵に回したくないから、人間とは戦わない、ということか。
「あなたは……魔王様、のほうがいいかしら?」
「好きに呼べ」
「なら、エルと呼ばせてもらうわね。エルは、わたしと協力して有翼人を討ちたい。そのために、まずは共に魔貴族を倒して体を取り戻す。その後、人間側をどうにかしてほしい。魔族側は自分がどうにかする。ってことよね?」
「概ね間違いはない」
「間違っていないのなら、その提案には乗れないわ」
勇者様はエルの提案に乗れないらしい。ベーヴェが身じろぎしたのに気づき、腰を少し下げた。
「わたしは有翼人とも話し合うべきだと思う」
「無駄だ」
「そうね、徒労に終わるかもしれないわ。でもそうしたら、もう一度話し合えばいい」
「永遠に話し合いを続けると?」
「わたしたちはそうやって、妥協して生きていくしかないのよ。そうしなければ、どちらかが滅びるしかないわ」
なぜだろう。勇者様の言葉には信じさせるなにかがあり、まるでそうなる未来を知っているような語り方だった。
しかし、エルの受け取り方は違ったらしい。
「どちらかが滅びるまで戦うしかない。吾は最初からそう言っているのだ」
「全くもって同感です。異世界から来た者には分からないかもしれませんね」
「……そうね、わたしは外様の人間よ。でも、ちゃんと知っているわ。そういった戦いで一番犠牲になるのは、なんの罪も無い、力無い人々だということを」
「憎しみは消えぬ」
「確かに憎しみは消えない。だけど、それ以上増えずに済むかもしれないわ。それに、有翼人の中にも良い人はいるんでしょ?」
「……」
正直に言おう。俺はすでに話の内容へついていけていない。二人が話をして、たまにベーヴェが口を出す。それを見ている感じだ。頑張って聞いてはいるんだよ?
よく分からんが、協力して有翼人を殺したいのがエルで、みんな仲良くしたいのが勇者様。そんな感じに受け取っていた。
大きな溜息を吐き、エルが両手を上げる。
「吾の体を取り戻してから、再度話し合おう。ミサキの言うことにも一理ある。不愉快だがな」
「ありがとう、ちゃんと聞いてくれる人で良かったわ」
「人ではない。魔族だ」
「ちゃんと聞いてくれる魔族で良かったわ」
「……ふんっ」
なぜか二人が仲良くなっている。ボケーッと見ていたら、ベーヴェに背を押され、両者が俺を見た。
「後は彼がどうするかですね」
「えぇ、そうなるわね」
「うむ、どうするつもりだ?」
「……はい?」
なぜ、話題の中心みたいな感じになっているのだろうか?
俺はどうするって、そりゃ決まっている。
「勇者様はみんな仲良くやってほしいんですよね?」
「そうよ」
「なら、自分もそれに協力します」
これで話は終わりだと思ったのだが、勇者様の目が険しくなった。
「それはわたしの意見で、ラックスさんの意見では無いでしょ?」
「え?」
「魔族は敵で憎いのよね? その気持ちはどうなったの?」
「……良い魔族もいる、のかもしれない、な?」
「考え方が少し変わったのね」
「それは吾としても嬉しいことだ」
今さら、この状況で魔族滅ぼそうぜ! なんて空気の読めないことを言うとでも思ったのだろうか。俺は勇者様の仲間で、勇者様の意志に従うだけだ。
しかし、さらに問われた。
「それで、ラックスさんはどうしたいの? わたしの望みを叶えたいではなく、あなた自身の望みを教えて」
「俺の望み……?」
勇者様の手助けをすることではなく、俺自身がやりたいこと?
言っていることの意味は分かるが、その答えが分からない。
だから、考えた。
今までのこと、これからのこと。自分がなにをしたいのか、どうしたいのか。
兵士になりたかった。国を守るということに、憧れを持っていたから。
勇者様を支えたい。彼女が決断するその時まで、力になりたかったから。
エルを助けてあげたい。元の体を取り戻し、自由に動けるようにしてあげたいから。
「俺、は」
自分の中に散らばっている物を手繰り寄せ、形を作ろうと言葉を紡ぐ。
「世界を救いたいという勇者様を」
でもそれは色も違えば素材も違い、うまく纏まってはくれない。
「ずっと助けてくれていたエルを」
だがそれでも、断片でしかないものを無理矢理握り固め、
「――世界中を敵に回しても、二人を守る存在でありたい」
一つの形とした。
こうして俺たちは、また旅を再開する。
そして最後になるであろう質問を、俺は勇者様へ問う。
「勇者様」
「なに?」
「――続けますか?」
彼女は風で靡いた髪に触れ、笑みを浮かべながら答えた。
「えぇ、どこまでも続けるわ」
彼女一人の旅立った。そこに余計なおまけがついた。
今ではさらに、魔王とその料理人……じゃなくて右腕までいる。
まるで、四人パーティーのような変な状況で、俺たちは足を進ませた。
きっとこの先に、光があると信じて……。
――これは、勇者が『英雄』と呼ばれる物語である。
――これは、魔王が『女神』と呼ばれる物語である。
――これは、平兵士が『災厄』と呼ばれる物語である。
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