もしも声が届くなら

 暗がりの中で、目を閉ざすあなた。

 キャン・ユー・ヒア・ミー?

 この声、ああ……届いたなら。

 星にも負けない輝きで、あなたの心を照らすでしょう。

 暗がりに心を閉ざすあなた。

 キャン・ユー・シー・ミー?

 本当に何も見ないで過ごせるの?

 あなたには、まだやることがある。

 やってみせて。

 あなたにしか、できないことがある。

 見届けるわ、あなたを見つめている。

 キャン・ユー・ヒア・ミー?

 キャン・ユー・シー・ミー?

 あなたになら、できる。


『小鳥がさえずっておりますね』

「いいから、ラッド、パーチ。おまえたちは、今日から使用人ということにしておく」

『えー』

『黙って群れて、池のはたでパクパク餌をもらっていた方が楽なのに』

『あの、魔王さま、本気でいらっしゃいますか? まさかスズキのわたくしに館中の窓を磨けと?』

「窓だけじゃない。床もだ」

『そ、それをわたくしども二人がかりで?』

「不服か?」

『いえ、ですからわたくしは餌をもらうしか能のない、しがない池のうおで……』

「よるな。魚臭い。風呂に入れ」

『どうして、陸にあがったとたん、こうなんでしょうか?』

『あの、わたくし辞退いたします。人間の館をどうこうなんて、性分にあいません』

『ああ! ずるいぞパーチ。わたくしとて池の鯉。陸では長く息が続きませんゆえ』

「そうしてしゃべっているだろうが」

『魔王さまが、無理に魔法でわたくしどもを人間にしたんでしょう!?』

『とにかく、変身魔法をといてください。乾燥にも弱いので』

「永遠に腐らない魔法をかけておいた。心配するな」

『腐る前に干からびます!』

「大丈夫だ。とにかく、ことの発端はこうだ」

『聞いてくださいよ!』

「夕べイヴァンが寝る前にだな……」

『あーもー!』


「ねえマオー。ゆうしゃってなあに?」

「坊ちゃまには、縁のないお仕事です」

「このくににおいて、どういうそんざいなのか、きいているの」

「荒っぽい手段で国を動かすのです」

「どうして、はなしあわないの?」

「話し合いのテーブルにつくことが叶わない、矮小な存在だからです」

「ふうん。それならボクはならないや」

「坊ちゃまは貴族なのですから、ならずともいいのですよ」

 魔王はにっこり。

 それでいい。

 ところが次の日、目が醒めたイヴァンは食事の席でこういった。

「ゆめで、きれいなおねえさんが、ゆうしゃになってって。だからボク、ゆうしゃになる!」

 魔王は、脳が吹っ飛ぶかと思った。

 いかん、勇者がアホなままだと、この世が四散する。

 征服し、支配する前に、国が亡びる。

 家庭教師をつけねば。


「ということで、おまえたちに頼みたいのは実はそちら方面なのだ」

『ほほ――さようでございますか』

「私には普通がなんなのか、わからないからな。ならば、普通の人間を知るおまえたちに任せるほかあるまい」

『なんだか、頭の痛くなる勇者ですねえ』

「うむ。手を焼いている」

『魔王さまは頭の痛くなる魔王ですが』

『パーチ!』

『もうあちらへゆかれた。おまえだって思ってるんだろう? ラッド』

「あー、ところでだな」

『ふぁっ!?』

 魔王がいきなり方向転換して来たので、びくっとしてしまうパーチ。

「館内には使い魔を放ってある。情報はそこから得る。おまえたちもせいぜい利用しろ」

『だから言ったんだよ……』

 ラッドが小声になって眉をさげて言うと、パーチは舌打ちした。

『まだ、言うことがあるのか?』

『使い魔に聴かせる話が、これ以上あるはずない』

『だな。お仕事といきますか』

『体が重いー』

『浮力がないからな』

『手と足が痛い……』

『もともとヒレと尾だからな』

『視界が狭い……』

『目が前についてるからな』

 しくしく泣くパーチを、ラッドがなぐさめた。

 ていうか、魚って涙があるのか?

『ウミガメじゃあるまいし、目から水分が出てるぞ』

『池から出たら太陽の光が目に沁みて。ラッド……なんでウミガメにそんなに詳しいのか、聞いてもいい?』

『話は後にしろ』

 パーチが口を閉ざすと、視界のすみにネズミの影が横切った。

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