奈落の番人

 その可愛らしく美しい顔は、まるで猛毒の大蛇おろちがギリギリと獲物を締め上げているような恐怖感を男に与えた。リューヴォは、スッカリへたり込んでいる観客捕虜の顔の前まで、腰を曲げて顔を近づけると人差し指を立ててニコリと嗤い、鋭く太い牙を見せながら声を発する。


「さーてお兄さん、良いかしら?覚えておいてちょうだい、もしも逃げようとしたら楽には死なせないわよ?」


「なんで…俺なんだ……?」


「そんなの、ただ運が無かっただけよ。これは、貴方たちがこの街に持ち込んだ戦争なの。アタシ達に殺されてないだけマシだと思ってよね」


 不意に、ゾクリと彼の全身が総毛立った。それを感じ取った瞬間に辺りをサッと見回したのを、男は後悔した。近くにいるリューヴォとマルティーノを除いて、少し離れたところから周囲を隙間なくびっしり囲んでいる視線は、目に見える絶望的な恐怖と虚無感だった。この先これ以上のナニがあり、どんな戦争が起こるのかと顔面を蒼白にして、冷気漂うリューヴォの笑顔を見上げた。そのとき、彼女の小さな身体の足元から蒼白い光が舞い上がり、あっという間に弾けて消えた。


 一瞬光の眩しさに目を閉じた男の前には、髪の生え際辺りに蒼白く小さい角が二本あり、鮮やかな金色が混ざった深い瑠璃色の宝石のような虹彩を持つ、リューヴォの本来の姿があった。蒼白く鋭い爪、口からはみ出る同色の牙、それは多くの文献に記されてきた鬼という存在にごく近い姿に違いなかった。


 その存在を生まれて初めて間近で目にした男、自身の身体からザッと血の気がひき、今また、敵の本陣に捕らえられ、自分はとんでもなく恐ろしい場所に来てしまったのだということを、認めざるを得ない状態に陥っていた。


 男が生まれてこのかた見たこともない鬼や人外じみた凄腕の殺し屋が、タッグを組んで治めるこんな地獄のような場所に縄張り戦争を仕掛けるなど、無謀にも程がある。事実、この街出身の殺し屋達は、土足でおのれらの故郷を踏み荒らさんとしている者たちを、持てる技術の全てを駆使し、是が非でも血の雨を降らせ思い知らせてやろうと心に誓っているのだ。




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