030――恋する寄生虫(小説)
あらすじ
何から何までまともではなくて、しかし、紛れもなくそれは恋だった。
「ねえ、高坂さんは、こんな風に考えたことはない? 自分はこのまま、誰と愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか」
失業中の青年・高坂賢吾と不登校の少女・佐薙ひじり。一見何もかもが噛み合わない二人は、社会復帰に向けてリハビリを共に行う中で惹かれ合い、やがて恋に落ちる。
しかし、幸福な日々はそう長くは続かなかった。彼らは知らずにいた。二人の恋が、<虫>によってもたらされた「操り人形の恋」に過ぎないことを――。
概要
<虫>によってもたらされた恋をめぐる切ないストーリー。
作者は2ちゃんねる内で「げんふうけい」名義で作品を発表し、2018年7月にハヤカワ書房から刊行された『君の話』で第40回吉川英治文学新人賞候補にもなった三秋縋。
さて三十作品を分解するというこの企画も最後ということですが、見返してみると、ここまで分解した作品がドラマや映画ばっかりで「小説家として小説の分解が少ないのはさすがにマズくない……?」と思い、最後にこの作品を分解することを決めました。
もちろんこの作品は大好きです。というより三秋さんの作る独特の空気感を持った世界が好きで、ハヤカワ書房の『君の話』以外の作品はすべて読破しました(文庫版が出たら買おうかなぁと思ってます)。
メディアワークス文庫の特集ページ(https://mwbunko.com/title/sp16/)では「停滞する社会の中で、頑張れといわれ続け疲れ始めた少年少女たち」に向けた「優しい諦め」や「理想の失敗」を提示していたと書かれていましたが、言われてみれば確かにそういった雰囲気が感じられるようにも思います。
さてそんな本編ですが、一見、難しいように見えて「潔癖症な青年が、不登校の少女と出会い、心を通わせていく中で恋に落ちるが、その恋が寄生虫によって操られたものであることを知る話」というシンプルな話であることがわかるし、こうして話を分解してみても登場人物も少なく、意外とわかりやすいものになっていました。
一幕では主人公、高坂とヒロイン、ひじりの出会いや打算的に始まった友達ごっこが書かれますが、二幕前半で社会復帰訓練を行っていくなかで打算から始まった付き合いの中で彼らが徐々に惹かれていく過程が丁寧に書かれています。
しかし後半から感染者同士を恋に陥らせ、死へと追いやる<虫>の存在が明かされ、高坂の「佐薙ひじりが好きである」という思いとそれがただ<虫>に操られているが故のものであるという現実が葛藤を引き出していましたし、それを「コンテナに閉じ込められ、寄生虫の治療を拒否するようひじりに迫られる」などの状況の中での駆け引きにうまく利用していると思いました。
さらに三幕では葛藤を引き起こしていた<虫>の前提そのものが間違っているというどんでん返しなど、緩やかだがしっかりと変化の感じられるものになっていました。
「寄生虫」と「恋」という一見繋がらないものを結びつけ、なおかつそれをここまで構成して人の心の残る作品に仕上がっているのはスゴいなと思います。また作者の作り出す文体からの空気感がそれを助長している感じもあって、既刊があるならもっと読んで分析してみたいところです。
もちろん一人の読者としてもどんどん新しい物語が見てみたいのが本音です(笑。
ストーリーライン
フェーズ1
・高坂賢吾が少女(佐薙ひじり)からフタゴムシの話を聞く(プロローグ)
・高坂のキャラクター説明(極度の潔癖症とそれを表すエピソード、そのきっかけ)
・高坂の自宅に少し前に制作したマルウェアのことを知る和泉という男が訊ねてきて、マルウェアの制作を黙っている代わりに子供の見ることを半ば強要される
・高坂が面倒を見る子供――佐薙ひじりと初めて顔を合わせる。
・高坂の家にひじりが入り浸るようになる
・高坂の家に和泉が訪ねてきて佐薙ひじりから不登校の原因を探るように言い渡される
・高坂が家に来たひじりに触れられた際に反射的にその手を振り払ってしまい、傷つけてしまう
・四日後、高坂が電話でひじりに呼び出され、橋のところでうずくまっていた彼女を迎えにいく
第1プロットポイント
・高坂がひじりが視線恐怖症であること、それを克服しようとして出来ずに高坂に電話をかけたことを知り、自身も潔癖症であることを明かし、ひじりの思いつきからマスク越しのキスをする
フェーズ2
・高坂がひじりから様々な寄生虫の話を聞き、自身もマルウェアを作った理由を話す
・買い物帰りの高坂に和泉が接触し、高坂がひじりの不登校の原因を話し、現状の関係を維持するよう言い渡される
・高坂がひじりに呼び出され、二人で外の世界に慣れる訓練をして社会復帰を目指すことを提案される
・高坂がひじりと共に目黒寄生虫館を訪れる
・寄生虫館からの帰り道、高坂とひじりが互いにクリスマスまでの症状克服目標と達成後にイブに駅前のイルミネーションを見る約束をする
・高坂がひじりと共に訓練を続け、徐々に症状を回復させる
・うたた寝していた高坂がキスしようとしてきたひじりの行動を見て見ぬフリをするが、「高坂さんを殺しちゃう」という不穏な発言を残してそれ以降ひじりが現れなくなる
・クリスマスイブに高坂がマルウェアの件を自首すること決めるが直後、ひじりの編んだマフラーと便箋が届けられる
・便箋を読んだ高坂が、自分がひじりを愛していることを自覚する
・高坂がひじりに連絡を取ろうとするが自身が作ったマルウェアのせいで連絡が取れず、以前の約束を思い出して駅前に向かう
・高坂が駅前でひじりを待つが現れず、たまたま同じように駅前にいた女性にこんな事態を引き起こしたことを謝罪しようとするがそれがひじりであることに気づく
・高坂が年越しまでの七日間をひじりと共に過ごす
・元日の午後、ひじりと共に和泉の車に乗った高坂が「お前の頭の中には虫がいて、ひじりへの恋心も<虫>の影響だ」と告げられる
・高坂が瓜実という医師の元に連れてこられ、同じ<虫>に寄生された医師と患者のやり取りを見せられ、ひじりの過去や瓜実との関係を知る
・高坂が上記の話を聞いた上でひじりとはもう会えないことと<虫>を駆除するかどうかの選択を迫られる
・和泉に送られる帰り道、高坂が<虫>が人から人へ感染することを知り、クリスマス前のひじりの不穏な言葉の意味を知る
・数日後、高坂が和泉に呼び出され、感染者の一人である男と会って、<虫>の治療を決心する
・翌日、高坂の元にひじりが訪ねてきて、「見せたいものがある」言われ、彼女についていく
・ひじりについていった高坂が僻地のコンテナに閉じ込められ、ひじりから<虫>の治療を拒否するように告げられる
・ひじりに協力した和泉が現場に戻ってこられなくなり、我慢比べを強いられた高坂が衰弱するひじりを見て、折れたのちにひじりにキスされるが両者ともに寒さで意識を失う
・数時間後、駆けつけた和泉に保護され、瓜実の病院に運ばれて数日間入院する
・入院二日目に高坂が和泉に謝罪され、今後の話をする
第2プロットポイント
・退院の日、高坂がひじりの元を訪れ、<虫>を駆除してからまた会おうと約束する
フェーズ3
・駆除薬を服用し、劇的に変わった高坂の日常とそれでもひじりのことが好きだったが、彼女からの連絡がないことが語られる
・高坂の元に和泉がやってきて、高坂の<虫>には薬剤耐性があること、高坂以外の薬剤を服用者は<虫>がいなくなると同時に自殺行為に及び、二人が死亡。ひじりも未遂に終わったものの行方をくらませたことを知る
・高坂がひじりが両親が死んだ場所に行くのではないかと思うが途中で引き返し、部屋に上がり込んでいたひじりと見つける
・高坂がひじりと共に街を歩く
・高坂がひじりと再会した直後、「コンテナでのキスで高坂の<虫>が移ったことで一命を取り留めた」ことを聞く(回想)
・帰宅した高坂がひじりとの時間を過ごす
・ひじりの独白によって、「コンテナでのキスで高坂の<虫>が移ったことで一命を取り留めた」という話が嘘であり、遠くないうちにひじりが自殺を図ることが読者に語られる
・ひじりが高坂の腕の中で泣く
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