67 女の子とデートしました
アールフェスの奴、穴があったら入りたい気分だろうなあ。
赤ん坊の世話で一晩経っているので、今はアールフェスを引き渡した次の日のお昼だ。
俺は騎士見習いの服を着て、天牙を持ち領事館を出た。本当は平民の格好が好みなのだが、剣を持ち歩いても
ティオと約束したし、アールフェスの顔を見に行くか。
現実問題、勝手に助けるとフレイヤ王女やエスペランサの人が困るんだよな。アールフェスの奴、牢屋の中で不景気な顔をしてるだろうから、遺言だけ聞いてあげよう。
アールフェスの匂いを辿ってのんびり歩く。
ちなみに、兄たんと離れて一人行動中である。
「……私とデートだね!」
いや違った。もうひとりいた。
天牙の精霊メープルが、俺にしか聞こえない声で楽しそうに言う。
デート……デートかあ。
「前世では戦うばっかりで、女の子と付き合ったことが無かったな。デートって普通、何をするものなんだ?」
俺は首をかしげた。
「私もよく知らないけど、きっと一緒に武器屋に行ったり、剣の立ち合いをしたりするのよ!」
自信満々に胸を張るメープル。
何だかんだで彼女も知らないらしい。
デートって、剣の立ち合いをするのかなあ。それなら俺にも出来そうだけど。
メープルとおしゃべりしながら歩く。アールフェスの匂いを追って行くと、フレイヤ王女の住む屋敷の前、次に竜騎士学校、最後に火山の洞窟に辿り着いた。
どうやら天然の洞窟を利用して、牢屋を作っているようだ。
出入口を見張る兵士はいたが、転移の魔法を駆使して内部に潜入する。
「ゼフィ、あそこ、人が倒れてるわ」
「本当だ。何かあったのかな」
メープルの言う通り、奥の通路で人が倒れている。
ちょうどアールフェスの匂いもその辺りから漂ってきていた。
俺は物陰に隠れながら、様子を伺う。
「……私たちの事を、まだ話していないということで、よろしいですか?」
「……ああ」
牢屋の中のアールフェスと、牢屋の前にいる女性が何か話している。
女性は特徴的な赤毛をしていた。
思い出した。あの女性は、クリスティ商会代表のアーサさんだ。
黒い服を着たアーサさんの周囲には、屈強な男が三人、武器を持って佇んでいる。彼らは傭兵なのだろうか、荒事に慣れている気配で、誰か来ないか警戒している様子だ。
状況的にアーサさん達は、牢屋の見張り番を倒して侵入したらしい。
「クリスティ商会が邪神の
「……」
「私は、今の内にエスペランサを出ようと思っています」
アーサさんの台詞を聞きながら、俺は邪神ヴェルザンディが商会の地下にいたことを思い出した。
クリスティ商会がつぶれちゃったら、氷の
「あなたも一緒に来ませんか? アールフェス・バルト」
「もう僕に利用価値は無いんじゃないか」
「そうでもないですよ。英雄の息子というネームバリューは、使いどころを誤らなければ、それなりに力になります」
なーんだ。俺が助ける前に、アーサさんが助けるみたいだ。
良かったね、アールフェス。
犯罪者の仲間入りで、世間では肩身が狭くなるだろうけど、それも彼自身が選んだ道だ。残念だけど、仕方ない。
俺は一気にやる気を無くして、洞窟の外に飛ぶための転移魔法の準備を始めた。最後にアールフェスの返事だけ聞いてから、脱出しよう。
「……断る」
あれ?
「何ですって?」
「お前の言う通り、僕は英雄の息子という肩書きだけの人間だ。盗賊の仲間になって肩書きだけで使い回されるより、このまま処刑される方がずっと良い」
「考え直した方がいいですわよ」
「いいや、これがベストな答えだ。処刑となれば、英雄バルトの名前に泥を塗ったと
根性ひんまがってるなー。
俺はアールフェスの答えを聞いて、吹き出しそうになった。
アーサさんも呆れているらしい。
「あなたがそこまで馬鹿だとは、思いませんでした」
冷たくそう言った。
チャキっと、武器を構えた音がする。
緊張感が走った。
俺はその瞬間に悟った。アーサさんは、アールフェスを口封じのために殺すつもりなのだ。
「はい、そこまで」
天牙を抜いて物陰から出る。
引き金に指を掛けたアーサさんが、ぎょっとして俺を見た。
周りの三人の男が一斉に武器に手を掛ける。
「セイル・クレール……なぜここに?」
アーサさんが警戒心も
銃口がこちらを向いた。
「答える必要があるかな。君たち、見つかったらマズイことをしてるだろ。俺は君たちと違って、やましいことは何も無いもんね」
俺は抜き身の剣をさげて無造作に踏み込んだ。
三人の男の内、二人は剣を持って切りかかり、残る一人はアーサさんの隣で発砲する。
剣を持つ二人をすれ違いざま切り捨て、銃撃は狙いが甘かったので軽く避けた。
あっという間にアーサさんの前に立つ。
「ひっ?!」
「残念だったね」
にっこり笑って、アーサさんと隣の男を峰打ちにした。
ドサリと彼らは地面に倒れふす。
「セイル……?」
牢の格子越しに、アールフェスが信じられないものを見るような目で、俺を見ていた。牢屋の中にへたりこんで、服もボロボロ。めちゃくちゃ間抜けな顔だ。
天牙を鞘に戻しながら、俺は彼に声を掛ける。
「お前、馬鹿だなー!」
「うっ……」
どうせ悪役を気取るなら、誘いに乗って逃げれば良かったのに。
「まあその馬鹿さ加減、嫌いじゃないけど」
「え?」
疑問符を浮かべるアールフェス。
銃声を聞き付けたのか、兵士が集まってくる。
俺は彼らの前で堂々と胸を張って言った。
「……私はローリエ王国のラティオ殿下に仕える者だ。殿下の命あってこの付近を通り掛かったところ、侵入者を見つけたので切った。君たちの責任者はどこにいる?!」
秘技、偉そうに言ったもの勝ち作戦!
兵士たちは俺の謎の威厳に気圧されて「責任者を呼んで参ります!」とへいこらし始めた。
よーし。この勢いで煙に巻こう。
大丈夫、大丈夫。いざとなったら皆を連れて逃げちゃえばいいし!
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