60 ひとの顔を見た途端に逃げ出さないでください
領事館に帰るとグラタンが待っていた。
煮込んだパスタや肉の上に、クリームソースとチーズを掛けて焼いた料理だ。俺は熱いのが苦手だけど、グラタンは熱いのを我慢してでも食べたくなる。
「うっはー、すごく美味しそう!」
「食事前に着替えてくださいね、ゼフィさま」
ミカが料理人と一緒に、グラタンが入った皿をテーブルに運んでくる。
俺は急いで黒猫マントを脱いだ。
先に席について待っていたティオが不思議そうにする。
「あれ? クリスティ商会の地下で、ご飯食べてきたんじゃないの」
「それがちょっと食べられない肉でさー」
しかもアールフェスが人質になって、手が出せなかったのだ。
「むー。あの神様っぽい奴、安全に攻略できないかなー」
不意討ちで剣を刺したら倒せるのだろうか。
これは俺の勘なのだが、ちょっと手強そうだと思う。普通に剣で切って倒せる気がしない。
だからと言ってフェンリルの力を全開にして街の中で暴れると、人間たちを戦いに巻き込んでしまう。
それはあんまりよろしくない。
「ゼフィさまー、猫耳マントはどうでした? 次は魔女っ子イメージでスカートをはいてみませんか?」
「ふえっ?!」
俺の脱いだ服を回収して、ミカが鼻息を荒くする。
スプーンをくわえて俺は首をぷるぷる横に振る。
「こんな可愛いんですもの! いろいろな服を着ないと損です!」
「服、面倒だから嫌だ」
「そう言わずに!」
「そうだぞゼフィくん、食わず嫌いは良くない。人間は服装で外見を変えられる、それは素晴らしいことだ」
自然に会話に第三者の声が割って入る。
いつの間にかテーブルの上に、青い小さな竜が乗っていた。
竜は手拭いを頭にかぶって鼻の下で布の端を結んでいる。
「ところでこれは、ほっかむりという人間の装束だ。似合っているかね?」
「ヨルムンガンド……」
俺の魔法の師匠こと、東の海に住む神獣ヨルムンガンドだ。
また変なタイミングで出てきた。
「エスペランサに入ってからは姿を見ないと思ったら」
「ふふふ、神獣の気配を隠すアイテムの調達に手間取っていたのだ。このほっかむりは、エスペランサの者から見えなくなる透明化アイテムだと、市場の者が言っていた!」
本当かなあ。ヨルムンガンドのお爺ちゃん、だまされて普通の布を買わされただけじゃないだろうか。
「さあゼフィくん、いざ竜騎士学校へ!」
「んん? なんか用があったっけ」
ヨルムンガンドに言われて、俺は首をかしげた。
青い竜は地団駄を踏む。
「私の孫娘を説得しに行く約束だろう!」
「……忘れてた」
ティオに付いて竜騎士学校に入学した理由、最初はそれだっけ。
いやー、ミカとロイドの件ですっかり失念してた。
「孫娘は、この国の王女でフレイヤという名だ」
「どこかで聞いたような……?」
頬に指をあてて空中を見上げて考える。
心当たりないな。
後ろでティオとロキが「王女さま眼中になかったのかー」「一目惚れされている恐れもありますが、言わぬが花かと」とこしょこしょ話している。いったい何の話だろう。
「よし、明日はティオと一緒に学校へ行こう」
ちゃちゃっとヨルムンガンドの依頼をクリアして、神様という名前の美味しいお肉を食べる方法を考えようか。
竜騎士学校はそろいの制服など無いみたいだ。
各国の王族貴族を招くので、他国に服装などの文化を押し付ける訳にはいかずそうなってるらしい。なので、俺とティオは貴族の私服を着て学校に向かった。
今回は兄狼は留守番で、代わりにヨルムンガンドが俺の肩に乗っている。ほっかむりを付けて。本当に透明なのだろうか。
ティオの方は、例の白い仔竜を肩に乗せている。
「おい、貴様か。田舎の国出身の分際で、最高位の白竜を盗んだ奴は」
学校の建物に入ると、早速、偉そうな奴が絡んできた。
背格好や雰囲気から同じ生徒のようだ。裾の長い服を着て、なぜか髪の毛を縦方向にクルクル巻きにしている。男なのに珍しい髪型だ。
言い掛かりを付けられてティオはむっとした顔になる。
「盗んでなんかいません」
「嘘を付け。エスペランサ王族しか選ばない気高い白竜が、田舎の王族を選ぶ訳がないだろう」
白竜はエスペランサ王族専用らしい。
校長が慌てていた理由が分かった。
話題の白い仔竜は、ティオの髪に下半身をうめて、首だけ出して「フシュー!」と威嚇している。
「……おやめなさい!」
「フレイヤさま」
言い合いを聞き付けて集まってきた人の中から、金髪の美少女が歩みでる。
「証拠もなく一方的に盗人呼ばわりするとは、我が国の尊厳をおとしめる行いだと肝に命じなさい!」
「し、しかし、白竜が他国の王族のものになるなど、ありえない話です」
「選ぶのは竜です。よくなついているようですね。無理やりには到底見えませんが」
フレイヤ王女は、ティオの肩の竜を見た後、隣の俺に視線を移す。
マリンブルーの瞳が大きく見開かれた。
一瞬で彼女はゆでダコのように真っ赤になる。
「……うっきゃああ○×kあ×うぅああ!」
なぜか寄声を発したフレイヤは、両手で顔をおおうと、一目散にその場を逃げ出した。
「お、王女?」
途中まで凛々しかった王女さまの変貌に皆ポカンとする。
後に残されたものは、しーんと静まり返った。
文句を言っていた偉そうな奴も、毒気が抜かれた様子だ。
俺は呆然としているティオに声を掛けた。
「じゃあティオ、俺は寄るところあるから。お前は授業受けてこいよ」
「う、うん」
ひっそり護衛として付き従っているロキに目配せする。
そうして俺はヨルムンガンドと一緒に、こっそりフレイヤ王女を追いかけることにした。
それにしても何で逃げたんだろう。
俺の顔を見た途端、逃げ出したけど。誰かと間違ったのかなあ。
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