番外編 ティオの帰省

 フェンリル三兄弟に送ってもらって、ティオは久しぶりに真白山脈のふもとの村に帰ってきた。

 猫の姿になってしまうというハプニングが無ければ帰郷はもっと先だったろうから、トラブルに巻き込まれて良かったのかもしれない。ゼフィと一緒に黄昏薄明雪原トワイライトフィールドを見に行くというのも、貴重な体験だった。


「ただいまー」


 村の北にある、祖父の家の扉を開く。

 中から出てきた母親のアンナが驚いた顔をする。


「まあ! おかえりなさい、ティオ」


 アンナは子供を生んだようには見えない、若々しい金髪の女性の姿をしている。実年齢は少なくとも三十代だが、ゼフィがうっかり時の魔法で若返らせてしまったのだ。

 親子は再会の抱擁をかわす。

 しかし、アンナが若いので姉弟の再会に見える。

 アンナは腕の中の息子に不思議そうに聞いた。


「王都に行ったのではなかったのかしら。ずいぶん早く戻ってきたけれど」

「王都で父さまと会ったよ! ちょっと用があって、ゼフィに送ってもらったんだ」


 二人は家の中に入り、ティオは目を丸くしているサムズ爺さんとも再会の挨拶をする。サムズ爺さんは年齢相応の白髪混じりの老人である。

 食卓について、家族は団欒のひとときを過ごした。


「まさか父さまが絵描きで王様だったなんて」

「ふふ、変な人だったでしょう」


 アンナは含み笑いをする。


「昔の私は、王子様といえば文武両道の格好良い人を想像していたの。だけど実際は違っていて、王子様は不器用な人だったわ」

「失望した?」

「最初はがっかりしたわね。けれど、お付き合いするうちに、とても誠実で優しい人だと気付いたの。いつの間にか私が支えてあげたいと思うようになっていたわ」


 ティオは首をかしげた。

 母親の話は少し難しい。大事な話だということは分かるが。


「父さまは、いつか母さまを迎えに行くって言ってたよ」

「そう……」

「王様が都の外に出るのは駄目だ、ってフィリップさんが反対したんだけど、ゼフィが、面倒だったら王様辞めさせてローリエ王国改めフェンリル王国にする? って答えてた」

「フェンリル王国……」


 実現しかねないと、サムズ爺さんとアンナは戦慄した。


「う、うむ。フェンリルさまは気をつかってくださったんだろう。アンナや、そう深刻に考えることはない。ティオも、疲れたらいつでも村に帰ってくればいいのだ」


 サムズ爺さんは本題からずれ始めている会話を、強引に良い感じにまとめた。


「ティオ、いつまで村にいられるのかしら」

「うーん。明日、ゼフィが来たら聞いてみる」


 長旅で疲れただろう、とティオは早めにベッドに行くよう勧められた。母親と祖父に「おやすみなさい」と言って、自分に用意された部屋に入る。

 しかし、ベッドには先客がいた。


「遅かったわね」

「あなたは、えーと、山猫さん!」


 ティオを猫の姿に変えた張本人が、ベッドの上に鎮座していたのである。


「山猫さんではなく、ルーナさまとお呼び!」

「ルーナ、何の用?」

「きいいっ、言った側から呼び捨て?!」


 マイペース勝負はティオに軍配が上がったようだ。

 山猫の姿をした魔法使いルーナは、悔しそうに歯ぎしりする。


「考えてみたら、特に関係の無い子供に魔法を掛けちゃったって、後で気付いたのよ! 魔法を解いてあげようと宮殿へ行ったら、あなたもういないし! ゼフィと真白山脈フロストランドに戻ったのかと思って村で待ってたら、なかなか帰ってこないし!」


 どうやら反省したルーナと入れ違いになったらしい。


「待たせた分、私の毛皮の手入れをしなさい!」

「撫でても良いの? やった!」

「ちょっとどこ触ってんのよ?!」


 ティオは喜んで山猫のふかふかの胸毛に手を伸ばした。

 密度の高い毛並みは光沢と弾力があり、滑らかだ。

 ルーナはティオの手に最初は難色を示していたが、指示通りの場所を撫でたり、嫌がる場所を避けると、まんざらでもなさそうに大人しくなった。

 満足そうに緑の目を細めながら言う。

 

「よしよし、人間の子供、私にゼフィの弱点を教えなさい」

「ゼフィの弱点……?」


 ティオ少年は純真無垢なので真面目に考えた。

 フェンリル末っ子の弱点、それは……。


「身体がちっちゃいこと? いつも不便だって言って、人間に変身してるよね」

「なるほど、ゼフィはまだ子狼だものね。変身さえしなければ、弱くてフワフワな毛玉だわ。だいたい誰よ、純粋な子狼に変身の魔法なんて凶器を教えたのは!……私だったああああっ!」


 ルーナは自分で自分に突っ込みを入れてのたうち回った。

 ティオは毛皮を撫でる手を止めて、山猫を恐々のぞきこむ。


「大丈夫……?」

「ふう、あまりの絶望にめまいがしたわ」

「無理は良くないよ。ゼフィなら、ルーナのことは気にしてない、というか忘れてると思う」

「私なんか眼中にないという訳? いいわよ、それならそれで。こっそり観察を続けてあいつの弱点を見つけて、いつかギャフンと言わせてやるんだから!」


 勝手に結論を出したルーナは、ティオの布団にもぐりこんで我が物顔で寝転んだ。ベッドの中央を横取りされて困ったティオだが、すぐに思考を切り替えてクッションが増えたと思うことにした。


「おやすみー、ルーナ」

「ちょっと私はあんたの抱き枕じゃないのよ!」


 ふかふかの山猫を抱え込んで、ティオは安らかな眠りについた。

 腕の中から多少ぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえたが、久しぶりの実家の布団で安心したティオは、気にせずそのまま寝入ってしまったのだった。


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