10 変身魔法は難しいです(11/6 改稿)

 神獣ヨルムンガンドは「詳しいことはまた後日に」と言って東の海に帰って行った。


 この機会に人間の姿に変身する魔法を練習してみようか。

 そういえば、人間以外の動物にも変身できるのかな。


 早速、俺は実験してみることにした。


 フェンリルのねぐらである洞窟の近くに棲む、ロックイーグルという鳥を観察する。

 ロックイーグルの姿をしっかり記憶してから、目を閉じて初めて変身した時の感覚を思い出す。身体の奥のザワザワする気配を引っ張りだして、全身に行き渡らせた。

 

「どうかな……?」


 俺は手足を見下ろしてがっかりした。子狼の姿のまま、背中に鳥の翼だけくっ付けた姿だったからだ。

 どうやら目立つ翼ばっかり見てしまい、他の観察をおろそかにして失敗したらしい。


 何回も試した結果、どうにか全身、鳥の姿に変身できるようになった。

 ロックイーグルは茶色い鳥で、猛禽類らしい尖ったくちばしが特徴だが、そこまで再現できているかどうか怪しい。鏡が無いから全身を見ることはできないが、羽毛の色はフェンリルの時と同じ白銀だ。


 だが細かいことは置いておいてもいい。

 鳥と言えば空を飛ぶものだ。

 すなわち空を飛ぶことができれば、俺の目標は半分以上、達成されたと言っていいだろう。


「とんでみる……!」

「おい、ちょっと待てゼフィ!」


 兄たんたちが止めるが、俺は初めて得た翼を使ってみたくて仕方なかった。

 助走を付けて、翼を広げ、岩の上から飛び降りる。

 うまいこと風をとらえたのか、俺の身体は大空に舞い上がった!


「ゼフィーっ、危ないから戻っておいで!」

「やだー!」


 空を飛ぶ俺を追って地面を走りながら、兄たんたちはおろおろする。

 変なの。兄たんたちも鳥に変身してみればいいのに。

 それにしても風を切って飛ぶって、爽快!


「わーい……あれ? これ、どうやってちゃくちするんだろ」


 飛んでから気付く。

 鳥はどうやって地面に降りるのか。

 しまった、飛ぶことばっかり考えて、降りる方法を失念してた。

 えーと、ゆっくり低空飛行に移ればいいんだよな。

 どうやって高度を下げるんだ……?


「う、わわっ」


 ポンッと音を立てて、俺は元の姿に戻った。

 魔法の時間切れだ。


「ゼフィ!」

「わあああああーーっ」


 悲鳴を上げながら雪が積もる森へ急降下。

 フェンリルは頑丈だから死にはしない。

 樹氷を踏み砕き、積雪を舞い上がらせて、派手な着地を披露する。

 死なないけど、死ぬほど驚いた。


「ふおあ……」

「……ワンちゃん?」


 目を回していると、人間の気配が寄ってくる。


「探してたんだよ、ワンちゃん!」


 またお前か。

 金髪の可愛い女の子(に見える)ティオに拾いあげられて、猛烈に頬擦りされる。俺は犬じゃねえ。


「ティオ! ああ、フェンリルさま、違うんです」

「人間が、またゼフィを……!」


 追ってきた兄たんたちと、子狼を抱き締める孫の間で、サムズ爺さんは右往左往した。唯一の常識人である爺さんに同情を禁じえない状況だ。

 クロス兄がわなわな震えている。


「俺たちのゼフィに頬擦りとは万死に値する……!」


 おう、このままでは修羅場ふたたび?

 何とかせねば。


「兄たん、おれ、人間にへんしんする、れんしゅうしたい。人間、ほろぼさないで」

「練習なら俺たちが見てやる!」

「人間、じつぶつ、だいじ」

「くっ」


 分かってもらえたようだ。


「……分かった、人間に攻撃しない。だがな、俺は人間は大っ嫌いなんだよ! くそっ」

「兄たん?」


 クロス兄は急に怒って駆け出して行ってしまった。

 え? え? 俺が悪いの?

 不安になっていると、残っていたウォルト兄が近寄ってきた。


「気にするな、ゼフィ。クロスは意地を張っているだけだ。あいつは本当は……」

「??」


 ウォルト兄は途中で言葉を切ったので、続きは分からない。

 巨大な狼が近寄ったにも関わらず、怖がらないティオは、俺をしっかり抱えて坂道を下り始めた。

 雰囲気で孫が食べられる心配がないと判断したのか、サムズ爺さんは胸を撫で下ろしている。


「ワンちゃん、汚れてるね。一緒にお風呂に入ろう!」

「ふろ?!」


 やばっ、熱い水になんか浸けられたら、フェンリル的に死んじゃう。というか、単に熱いの苦手なだけだけど。

 無言でティオの後を付いてくるウォルト兄。

 変な雰囲気のまま、俺たちは村に入る。

 一番先に俺たちを見つけた例のおばさんが、驚愕のあまり洗濯物を取り落とす。


「サムズ爺さん、そ、その後ろのフェンリルさまは?!」

「付いてきてしまった……」

「照れ笑いで誤魔化すんじゃないよっ」


 なぜか照れている爺さんの胸ぐらを掴み、洗濯おばさんが叫んだ。

 しかし平常運転のティオは、大人たちのやり取りを気にもかけず、さっさと自分の家に入っていく。

 ウォルト兄も後に付いて入ろうとして、扉で詰まった。


「……(むぎゅう)……」

「おお、フェンリルさま。きちんとお返しするので、家の外で待っていてくれんかの。こら、ティオ!」


 サムズ爺さんは、ウォルト兄に丁寧にお願いすると、俺を抱えたティオを追った。

 通路を進みながら鼻歌をうたうティオ。


「るるるんる~ん。おふろ~♪」


 おおお、このままでは熱湯地獄に放り込まれてしまう!

 俺は必死にじたばたした。

 そうだ! 今こそ人間に変身する時だ。

 

「今、お湯を沸かすからね。待っててね、ワンちゃん」


 風呂に使っているらしい、大きな木のたるの前で、ティオは俺を手放す。今だ。ティオが背中を向けた隙に、俺は人間に変身した。

 一瞬で目線が高くなり、見覚えのある少年の手足が目に入る。

 変身は完璧なようだ。

 しかし残念なことに、すっぽんぽんである。

 最初の変身の時に猫娘のルーナが「服と靴はサービスよ」と言っていたことを、俺は思い出した。


「待って、ティオ」


 やっぱり人間の姿だと子狼の時と違って、普通にしゃべれるな。

 感動しながら、ゆっくり立ち上がる。

 ティオを追ってきたサムズ爺さんが、俺に気付いて目を見張った。

 振り返ってびっくりした顔をするティオに、微笑みかける。


「風呂は良いから、服、貸してくれない?」


 噛まずに爽やかに言った俺を、誰か褒めて欲しい。

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