第六話 平助、自分の意を告げる
栄村由美。かつての僕の想い人は、基本的に誰にも優しい。だが、それは上辺だけの優しさではない。えぐるような質問を放ち、本当の心を引きずり出すこともある。それもまた、彼女なりの優しさで。
「お近付きになりたいの? それとも、近くにいるのが苦しいの? 交際したいの? それとも今までのような、ヌルい学生生活のままでいいの?」
「ヌルいって……!」
僕は強く言いかけるけど。
「ヌルいわよ。交友を広げる。なにかに打ち込む。色々できるのに」
正論に、押し戻されて。
バイトはやってるんだけどなと、考える。彼女は一歩ずつ、僕との距離を詰めていた。なのに、答えられない。そうだ。僕は結局、どうしたいんだ?
お金やインゴットを返さなかったのは、現状脱出のためだ。
契約を交わしたのも同じだ。
だけど、それ以外に僕は。目的を持って行動しただろうか?
教室を飛び出したのは一刻も早く平穏に返るため。
逃げられるはずなのに、佐久場さんに付いていったのは。被害者として事情を知りたかったから。
でもそれは、目的あっての行動ではない。事態に対する、受け身の行動だ。結局。僕は佐久場さんに対して、未だに態度を保留している。
「さあ、聞きましょう。どうしたいの?」
答えられない僕。詰め寄る栄村さん。雅紀は腕を押さえたまま、僕達からやや距離を置いている。薄情者め。もう決めたぞ。僕は。僕の好奇心に、従ってやる。
「知りたい、です」
それは物凄く単純で、原始的な想い。
「僕は、あの人を知りたい。なにが好きで、なにが嫌いか。趣味はなにか。どういう生き方をしてきたのか。僕はあの人に、興味がある」
少しずつ、言葉を紡ぐ。別に栄村さんの反応を窺っている訳ではない。だけど。言葉を間違えたくない。佐久場さんに惹かれては、いないはずだから。
確かにあの人は真面目だけど、まだその内面とかはよく分かってない。だからきっと、「興味がある」というのが適切なんだ。
「そう、分かったわ」
それだけ言うと、栄村さんはこちらを見たまま間合いを広げていく。そして雅紀の、まだ痛がっている方の腕を。軽く叩いた。
「あいた! なにをする!」
痛がる雅紀に向かって、軽く屈む姿が僕にも見える。きっと、僕には決して見せない顔をしているのだろう。
「マサキ。今日はお昼、屋上ね。ビッグゲストをご招待するわ」
「はあ? 弁当なんてどこでも……。分かった! 言うこと聞くからそんな顔をしないでくれ!」
声は聞こえるが、こちらからは雅紀のオタオタした顔しか見えない。それが僕には微笑ましくもあり、悔しくもあった。
「交渉成立。平助。アンタもお昼は屋上ね」
再びこちらを向く栄村さん。
「いいけど、なにするのさ」
僕は、素直に疑問を口にする。
「いいのいいの。同性の強み、ヘタレなアンタに分からせてあげるんだから。さあ、マサキ。置いてくわよ!」
「あ、ちょ。待てよ! 俺達カップルだろ!?」
突然揃って急加速するカップルを見送りながら、僕は一人。寂しさを伴にして。同じ制服を着た人混みに紛れて行った。
そりゃ当然の話だが、今日も佐久場さんは僕の隣の席にいた。いわく。どうやら教科書は、明日にはようやく届くらしい。
僕はホッとしていた。時期が時期なので、修了式まで見せ続ける展開もあるのでは? と思っていたのだ。男子の視線はおっかないが、今日が最後ならまだ耐えられる。
「あの、もう少しこちらに寄せて下さると」
「ああ、ごめんなさい」
ついでに言えば。昨日の会話もあって、お互い事務的な会話程度ならつまづくくこともない。後、今日の彼女は。おさげにメガネ。女学生風だった。あまり美少女然としていないので、僕は心穏やかに過ごせたのだ。
そういう訳で。昨日に比べれば、かなり穏やかに昼休みはやって来た。四時間目の体育を終えた僕は、下駄箱に隠していた財布を手に購買へ。適当にパンを購入し、約束通りに屋上へと向かう。この学校そういう所はゆるいので、物凄くありがたい。
階段と屋上を隔てる鉄のドアを開けると、一面の青空と、高所特有の強風が。僕に存在を訴えて来た。
しかし、外の空気という快感にはとても及ばない。そのままコンクリートの上を歩くと、三つの人影がすぐに見つかった。
ん? いやちょっと待て。さんにん? ……ああ、そういえば。
「マサキ。今日はお昼、屋上ね。ビッグゲストを招待するわ」
朝に栄村さんがなんか言ってたな。つまり僕を待ち受けているのが三人なのは、間違いではない。しかし、その三人目は誰なんだ?
考えつつ、僕は三人に近付いていく。雅紀。栄村さん。二人は分かる。しかしもう一人を見た僕は、踵を返そうとして。
「『知りたい』と言ったのは、平助よね?」
栄村さんに、縫い止められた。仕方ないので現実を見れば、居る。佐久場さんが、栄村さんの横で昼食をとっている。
「いつの間にお誘いを」
「さっきの体育、ウチのクラスと合同授業でしょ? その時に決まってるじゃない」
そうか。体育を終え、教室で着替えて。それから屋上へ向かったとしても。購買はやたら混雑するから、僕より早くてもおかしくはない。
「平助、いいからお前も早く座れ。由美に睨まれてて辛いんだ」
雅紀が口を挟んだ。体育の時とは違い、若干虚ろな目をしていた。さては。屋上に来た途端に、余計なちょっかいを出したな? なるほど。栄村さんが雅紀と佐久場さんの間にいるのは、そういうことか。
「はいはい。平助は佐久場さんの隣よ。マサキの隣じゃ、いつもと変わらないじゃない。今回の目的から考えてもおかしいでしょ」
栄村さんが僕を促す。いやいや。問題だらけなんですよ。あくまで表向きは「たまたま色々と隣になっただけの関係」だ。ボロを出す訳には、いかない。
「失礼します」
「どうぞ」
仕方なく佐久場さんの隣に座るが、反応は素っ気ない。自分から他言無用の件を振っただけに、彼女からボロを出すことはないようだ。つまり、僕達は共犯者だ。親友を騙すのは大変つらいけど、どうか騙され続けて欲しい。
そんな事を考えながら、僕は購買で買ったカレーパンを開ける。すると、またまた栄村さんから声。
「平助、また購買のパンなの? 一人暮らしでしんどいのは分かるけど、いい加減栄養が偏るわよ?」
「分かっちゃいるけど、色々難しいんだよ。家計だって楽じゃない」
学生の一人暮らしは、大変に難しい。別に怠けている訳ではないが、全てのことをこなし続けるには限界があった。実際、今日もキッチンでは洗い物が水に浸かっている。洗濯も、二日に一度が限界だった。
「平助の決断だから、文句は言わないけどさ」
「由美。あんまり言い続けると、目的がどっかに行っちまうぞ?」
友人ゆえのお説教始まりかけたが、雅紀が止めに入ってくれた。正直助かる。この件ではもう何回も揉めたが、僕が考えを改める予定はないからだ。
「ん? ああ、そうね。平助、そんな貴方にプレゼントがあるわよ?」
雅紀の言葉で落ち着きを取り戻した栄村さんが、目線で「佐久場さんを見ろ」と訴えて来る。
よく分からないまま、僕はその通りにする。するとそこには、三段重。佐久場さんが、途方に暮れていた。
「ゆっくりゆっくり食べていたんですけど。お腹が、そろそろ」
限界なんです。と言いたげに、彼女は言った。一段目の八割で、限界を迎えたらしい。
残念な事に、僕には犯人がわかってしまった。かがりさんだ。多分善意だけど、三段重は拷問だろ……。
「食べてあげれば? 私もマサキも、手伝うからさ」
「俺の負担がキツそうなんですけ……ハイ、タベマス」
栄村さんからアドバイスが飛び、僕は頷いた。一方茶々を入れた雅紀は、栄村さんに思いっ切り睨まれて。結局渋々援護に加わった。
「佐久場さん、僕達も手伝うよ」
「ありがとうございます。助かります!」
お礼の声が胸にしみる。気力がもりもり湧いてくる。こうして僕達は手分けして三段重に決闘を挑み。
「満腹すぎて。眠い!」
「俺もだ、平助。つらい」
結果、午後の授業でえらい思いをしたのだった。ともあれ、表向きのつながりが手に入ったのはありがたい。今はメシ友。これから先、ゆっくり距離を詰めればいい。
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