マイ・ネイバー・イズ・サキュバス( #ネイサキュ )

南雲麗

プロローグ

序 平助、ハジメテを奪われる

『貴方の童貞ハジメテ、頂きました。

 こちらはささやかですが、お代です。

 ありがとうございました』


 朝。枕から頭を起こして。最初に見たものが、枕元の置き手紙だった。僕は、松本平助まつもとへいすけは。寝ぼけているのだろうか。


「顔を洗って、もう一度見るか」

 掛け布団を剥がし、身体を起こそうとして。


「寒っ!?」

 強烈な寒気で、自分が素っ裸になっていることを知った。二月なのに、自殺行為だ。慌てて近くの服を着込む。顔を洗う前に、目が冴えてしまった。仕方ないので、もう一度枕元の手紙を読む。やっぱり、文面は同じだった。そして。


「これが、お代かな?」

 わざと無視していた、分厚い封筒に目を向ける。とりあえず。いいかな?


「金一封ってレベルじゃない。後、ささやかってレベルでもない」

 うん。ツッコミは大事だ。そう言い聞かせて、昨日を振り返ることにする。一体、なにが起きたんだ?


 昨日は二十時に自分で作った寂しい夕食を食べ、シャワーをちょっとだけ浴びて。二十二時には布団に入った。

 が、寝付けなかった。一時間粘ってもダメだったので、二十三時頃に散歩へ出た。この時は服を着ていた。二月の初めに、全裸で出て行くバカはいない。明日は学校だが、一旦無視する。こういう時、一人暮らしは気楽だった。


 ゆっくり歩いて、近所の公園へ。少しブラついて、身体を疲れさせれば。そう思っていたのだが。


 そうだ。僕は見てしまった。


 まず、大きな胸が目に入った。あんな大きさは、グラビアでしか見たことがなかった。

 次に、ワンピース。薄手の、白。ノースリーブ。今思えば、アレ。自殺行為だよな。

 肌は月の光で白く見えて、髪が凄く長かった。


「……っ」

 なにかを、口の中で呟いた。視線が外せなくなり、そのまま公園の中へ踏み込んだ。

 細い手足がスラリと伸びて、手の先にバッグが掛かっていた。


 吸い込まれるように、距離を縮めて。彼女が振り向いて。ああ、目鼻立ちも凄い良くて。紅い、ルビーのような瞳があって。僕の目を見て。



 その後の記憶は……。どれだけ振り返っても、おぼろげだった。


 ただ、この部屋でそれは起きた。僕はあんまりな記憶に、のたうち回った。


 言葉にしにくい快楽。母に抱かれた時のような暖かさ。

 大きな胸の中で。温かいものの中で。自分の全てを解き放ち、満足して。

 久しぶりに、心地よく眠った。


 それだけを思い出して。僕は、擦り切れた畳の上で叫ぶ。天井が、薄いにもかかわらず。

「僕は大事なものを盗まれてしまいました……。僕の、童貞ハジメテです!」

 失意のままに叫んだ僕を、天井からの床ドンが蹴飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る