#6 シャルロッテのひみつ

第21話~こみっくす ぷりゅーなく~(コミックマーケット)

「あづぅい……おんぶ」

「ちょ、ちょっとシャル!?」

 外の熱気が嫌になったので兄におんぶをせがむ。

 兄は慌てているがともかく暑くて疲れた。


「こらやめっ……てかもしかして夏バテ?帰る?」

「無理」

 それはありえない。海の側の駅で降りてコミケ会場はもうすぐだというのに。


「じゃ海に行こ!」

 兄の隣を歩く文乃は私の体を揺らす。

 でも私は腕を離さない。人質かのように兄の首に巻き付く。

「ちょ、揺らしたら……ぐえっ」


「ならば!」

「ひゃんっ……!」

 文乃は離れたと思いきや、私の脇を掴んでくすぐりながら引き剥がす。


「わぁ湿ってる……舐めていい?」

 袖無しでフリフリのワンピースなので、ちょっと湿ってるのがバレてしまった。

 暑くてパーカーを着るどころではなく、キャップ帽も似合わないのが恥ずかしくて被れない。


「やーめーろー!ちょっと……嗅ぐな!お兄ちゃん助けでぇ~~」

 力なく彼女を振り解こうとするも、しがみついてきて中々離れない。


 しかもクンクン嗅いでくる。不快だ。

 そのせいで彼女の髪の毛が頬に触れる。

(うわ、こいつアロマ付けてるし……集団コスプレオタクに捕まってしまえ!)


「甘いんだよね~~?ザックぅ?」

「…………」

 兄は黙ってしまった。

「あー怒らせたー」

 ちょっと文乃をイジって、抜け出そうとした。

(私が言えたことじゃないけど……)


「シャル……?」

 暗い顔の兄が近付いてくる。

「は、はい……?」

 そう。今は午前中……というか開場前の朝。コミケの日はいつも二人に手伝ってもらっている。


「冬からシャル一人で大丈夫だよな?」

「いや、大丈夫じゃないですぅ……」

 私はへらへらしながらも首を横にぶんぶん振る。


「じゃあどうしてそんなにさぁ……はぁ……」

 言葉に詰まった兄は溜め息を吐く。


「ほ、ほらお兄ちゃん!喉乾いたでしょ?メロンカルピスソーダとアクエリどっちが良い?」

 私は保冷バッグから二つの飲み物を取り出す。


「それとも私の口移し?」

 文乃はあざとく微笑みながら兄を誘惑する。

「うっ……」

(童貞の癖にッ!妹の優しさを評価しろ!)


「シャル、今お兄ちゃんの事童貞の癖にとか思ったろ?」

 兄は素早く私の方へ向き、暗い笑顔を取り戻す。


「い、いやぁ……思ってないです」

 うなじを掻きながらはぐらかすことしか出来ない。


「私が、今日卒業させてあげよっか?」

 文乃はまた口元に指を当てて兄を誘惑する。

「あ、あと一年は……と、というかそういうのは結婚まで……」

 兄は私の前だからか、慌てながら彼女を説得する。


「わあ……!結婚まで考えてくれてるの!?ザック大好きぃ~~」

(うぐぐぐぅ……イライライライライラ)


 最近、ここまで懐く文乃を見てデレデレする兄に、みっともないとイラつきを覚える。

 モヤモヤの気持ちの正体は段々分かってきた気がする。


「文乃?」

 私はスイッチをチラつかせる。

「あー!また奪われた~!シャルルってやっぱり私の事滅茶苦茶にしたいんでしょ?」

「あーそうね。じゃあはい」

 遠隔スイッチを容赦なく押す。


「ひゃうぅ……い、いひなりひょうは、あぁうぅっ……漏れちゃうよぉ……!」

(ワンピースなんだし漏らせ!)


 彼女の格好は私と同じような白いワンピースに麦わら帽子。

 いつもの金髪ロールピュアツインテもあり、会場に行けば間違いなくコスプレに間違われる。


『パシッ』

 兄に後ろからリモコンを取られる。

「文乃、今度からシャルにも同じことしていいからね?」

 心の内を見抜かれたのか、兄から遠回しに厳重注意を受ける。


 でも暑さは人の心を焦らせる。


「じゃ、じゃあご飯作らなーい」

「手伝ってるじゃないか……!」


「ちょっとだけじゃん!他はずーっと文乃にベッタリじゃん!」

「うっ……手伝うって言ったってのんびりしてていいよって断る癖に……!」


「だってそれ何回あったの?」

「何回かあったって全部断ってたじゃないか!?」


「断ったんじゃないし!気遣ったんだし!だったらお兄ちゃんも気遣ってくれて良いんじゃん!」

 私も白熱するほど兄に怒りを訴えかけた。


「うぅ、ごめんなさい……」

 文乃が泣きながら私達の腕にしがみつく。

「文乃、大丈夫だよ。今日は頼まれた用事だけ済ませたら帰るからな」

 兄は文乃を連れて前へと進んでいった。


(こんなはずじゃなかったのに……)

 いくら無視をしていても、互いに我慢している状況を続ければ、いずれこうなることは分かっていた。


「はぁ……」

 今日は大変になるかもしれないと溜め息を吐いた。でもまだ許せる気にはなれない。

(ちょっと甘えただけなのに……やっぱり甘えたらイライラするんかな?)


 ロシアに住んでいた頃や、日本に越してきたばかりの事を思い出す。

 その頃は兄からこうやって冷たくされる事がよくあった。

 それで文乃に出会って……


 少し冷静に考える。

 もし文乃は、私と兄ならどちらを取るのか。

 今まで私に向けた笑顔の数々を思い出せば、考えるまでもなかった。

(文乃には後で謝らなきゃ……)


 と言っても二人は並びに急いでもらわなければならなかった。

 目的地へ向かう二人の背中を見ると、私は一人で企業ホールへ向かって買い物を済ませる事にした。



「ふぅ……こんなもんかな……」

 屋内ホールの端に一度しゃがむ。

 小さな腕でおでこの汗を拭い、戦の成果を見る。ポスターや画集、ストラップ等々の会場限定特典付きのアニメグッズで溢れている。


(欲しい限定物以外はネットで再販あるらしいし……とりあえずは)

 ふとこの前の夏祭りを思い出す。凄く楽しかった。また皆で出掛けたい。


 けど……嫌われてるであろう兄に復縁を求めるのは、気が引けた。

 ポケットのスマートフォンを見れば、お昼の十二時を過ぎようとしている。

『ぐぅ~~』

「お腹すいたぁ……」


 でも連絡を取ろうにも……まず謝らなければならない。

 文乃を通じて連絡を取ることも出来るけど……絶対兄とはそれきりになるだろう。


(とりあえずここは邪魔になるし外にでも行って屋台でご飯を……)

 その時、目の前に立つ男に声をかけられた。

「あのぅ……コスプレイヤーさんですか?」


 それは男なのだろうか?私と同じぐらいの背丈の……可愛らしい金髪の男の子だった。

「あ、いえ違いますけど……」

 カメラを持っているが……ベージュのベレー帽にダボダボ白ワイシャツに茶色短パン。


「そ、それはごめんなさい……」


 喋り方も年下に見えるし……

 ショタのコスプレと言われても間違いは無い。

(そんなのここでは需要無いか……)


「き、君の見た目に免じて!ご飯……」

(奢らせるのは申し訳無いな……)

「ご飯……?」

 可愛らしい瞳で呆けている。


「美味しいご飯をお姉さんに紹介してくれたら撮らせてあげるよ!」

「お、お姉さん……?」

 お姉さんという言葉に反応しやがった。この生意気だけど可愛らしいガキめっ!


「今失礼な事考えたでしょ!こう見えても高校生だからね!」

 無い胸を張るが、彼は驚きもしない。それどころか安心している。


「よ、良かったです……僕も高校生だから話しかけるだけで犯罪になるかもって……」

「ええっ!?高校生!?」

(こ、ここの子が高校生!?小学生の間違いでしょ!?)

 私は驚きを隠せずに後退りをしてしまう。


『バサッ』

 男の子はギュッと目を瞑りながら両手をバンザイする。数秒そのまま静止している。

「だ、大丈夫だよ?通報とかしないからね?」


 通報ではなく迷子二人になるのは間違いないだろう。

(でもこの子……どこかで見たことあるような……まあいっか)


「ほ、本当ですか……?」

 片方ずつ開けるくりくりの目は……ヤバいヤバい、ショタ属性に目覚めてしまう。


「と、とりあえずはご飯……買い物とかは済みました?」

 つい敬語になってしまう。最悪年上かもしれない。


「は、はい。済んでます。僕もお腹空いたので外の屋台で食べますか?」

(な、何この初々しい感じ……可愛いな)

 少し女の子っぽい顔立ちに髪の毛もどちらかとも言えない。


「ってあれ?もしかして……」

 思い出せそうで思い出せない。こんな女の子っぽい男の子いたような……


「はい?」

「あー、何でもないない。早く行きましょ?」

 やっぱり頭のどこかに引っかかって思い出せない。



 そして昼御飯を屋台で頼み、ベンチが丁度空いた……譲ってもらったのでそこで食べることに……


「ふふっ、可愛いね~~あの子達」

「そうね~~、もしかしたらおませさんカップルだったりして?」

「もぉーやだぁ~~」

 席を譲ってくれた二十代位の女性二人は、朗らかに私達の事を話している。


「と、撮る時も場所変えましょか……」

「そ、そうだね……」

(あ。調子乗って撮っていいって言っちゃったけど、レイヤーのポーズの取り方なんて知らんぞ私……)


 ポーズを取るなんて事、文乃じゃないので全く出来ない。文乃もエロいの以外は出来ないと思うが……



 結局光の早さで私は食べ終わってしまう。

「は、早い……」

「ま、まあね……?」

 うまい具合に撮影欲は削げたのではなかろうか。


「羨ましいです……お父さんにもいっぱい食べないと大きくなれないぞーって言われるんです……」


 男の子の食べる早さは変わらずロウペースだ。

 オタク特有唐突な自分語りも、先生に一生懸命に話をする可愛いショタっ子にしか見えない。


「ま、まあ無理をするもんじゃないと思うし……そういえば……自己紹介まだでしたね」

 私は彼の身柄が知りたくてハンドルネームだけでも聞いてみる。

 どこかで見た……会った事があるはずなんだ……


「えーっと……」

「て、適当なニックネームとかないの……?」

「えーっと……」

 凄いあたふたしている。

(可愛いなおい……!)


「わ、私はシャル!こ、こんな感じで?ね?」

「あ、はい。僕、浩平こうへいです」

 やはり下の名前を名乗ってくれたが、うーん……

 君の方がよっぽどシャルっぽいよ。


「ま、まあ私の下の名前だし……そもそも私レイヤーとかじゃなくて、普通に遊びに来ただけだからね?」

 一応保険はかけておく。


「ご、ごめんなさい……」

「い、良いんだよ……一緒に来た人と喧嘩しちゃって退屈してたし」

 彼はまた小さな口でご飯……ホットドッグをかじり始める。

(な、なんか食べるの直視したくなっちゃうな……)


「あ、そういえば何年生ですか?流石に……」

 恐る恐る年齢の事を聞いてみる。

「は、はい。流石に一年生です……」

「良かったぁ……私も一年生だよ」

 それ以降は学校の話を多少したりして、彼が食べ終わり次第すぐに移動した。

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