第96話 うだうだ言う前に、まずボールを蹴ってみよう

眼高手低という言葉がある。批評する力(眼)は高いけれど、創作する力(手)は低い、ことを言う。そういう人近くにいるなあ、と周りにいる人の中から二三人くらいの名はすぐに挙がるのではないか。あるいは、自分自身がそうなっているかもしれないと反省することもあるかもしれない。


そもそも、どうしてこのようなことが起こるのだろうか。普通に考えると、ちょっとおかしな話ではないか。たとえば、絵の批評はできるけれど、自分では絵は描けないとか、日本酒の批評はできるけれど、自分では日本酒は造れないなど。そのような、実際に創作ができない人の批評が、現に成立しているのはなぜなのだろうか。


批評することと創作することは別のことだからである。なるほど、それはその通りだ。あるものを創り出すことと、それを評価することは、別のこと。手と眼は別の体の部位であって、手は貧相でも、眼は肥えることができる。


実際に創作した人でないと批評ができないとなるとこれは窮屈なことであるし、それは、批評という行為の本質を変えることになるかもしれない。しかし、どうも、世の中、批評というものを、極めて安易に、誰も彼もが、まるで神から等しく与えられた基本的人権ででもあるかのように、当たり前に行使しすぎているきらいがある。


創作物には価値がある。では、それに対する批評にはどのような価値があるか。この点に関する無自覚は、かなり深い。みな、批評それ自体がすでにしてそれなりの価値を備えていると思い込んでいる。


批評対象は創作物でなくてもいい。もっと分かりやすい例を出そう。昨年、サッカーのワールドカップがあって大いに盛り上がったわけだけれど、そこかしこで、サッカー日本代表についての批評が為されたわけである。その批評を為した人間のどの程度がサッカーをしたことがあるだろうか。試合までしなくてもいい、実際にボールを蹴ったことがある程度でもいいのだが、どのくらいいるか。ほとんどいないのではないか。いいですか。サッカーボールを一度も蹴ったことさえ無い人がサッカー日本代表についてうだうだ言うことができる。それが批評である。


そのようなものがどのようにして価値を備えることになるのか。ここは、じっくりと考えるべきところだろう。いや、価値なんか無くてもいいんだという人は、無価値なことを得意げにしていることになるが、それでいいのだろうか。


創作物の価値を決めるのが眼なら、そのような眼の価値を決めるのは、ではいったいどこになるのか。それもやはり眼だとしたら、批評自体が一種の創作物であるということになる。批評にも良いものとそうでないものがあることになるが、その二つを分けるのはどこか。


一つ言えるのは、批評というのは、ただ為されることが価値ではないということである。何を批評と呼ぶかという批評の定義にも関わってくるところはあるけれど、創作物なりスポーツのプレイなりを、ただ「いい」とか「悪い」とか言っても仕方がない。この仕方なさというのは、批評対象にとってのものというよりはむしろ、そうして批評する人自身にとってのものである。


物事を見ているうちに眼はどんどん高くなるが、手の位置は変わらない。眼と手はぐんぐん離れて行く。しまいには、眼の位置からは手が見えなくなってしまうのではないか。一方で、実際に物事を創る側には、そのようなことは起こらない。眼と手は常に同じ位置にある。そうでなければ、物事を創り出すことなどできない。スーパープレイについて語ることができても、実際にドリブル一つできない人は、サッカー選手にはなれない。


どのような批評が良いものであれ、創作者の気持ちを知ることが、良い批評に資することは疑い得ないのではないか。もちろん、できないことはできないわけだけれど、ちょっとサッカーボールを蹴ってみるくらいのことは大したことないだろう。蹴ってみれば、あの重たいボールを止めたり、大きく蹴り出したり、ドリブルしたり、ヘディングしたりということがどれほど大変なことか分かるだろう。それによって、足をいや手を少し高い位置に持ってくることができれば、そこから開けてくる世界があるはずである。

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