第50話 分からないということの面白さ

どうもよく分からない。なにが分からないといって、自分が考えていることが確かなことなのかどうかというこのことである。あることについて考えて出てきた結論が、果たして確かなのかどうか。それはいったいどういう基準に照らし合わせて判断すればいいのか。そもそもが、「確かである」ことと、「わたしが確かであると思う」ことの間には、どのような違いがあるのか。


疑って疑って疑い尽くしてもなおそこにあるわたし、それだけは疑い得ないことだ、わたしが存在するというのは確かなことだ、というのはデカルトの洞察だけれど、わたしは、なおその洞察を疑ってしまう。すなわち、そうやって存在すると言われているその「わたし」とは一体誰か、もしくは、何か。デカルトはそこまでは答えてくれていないようである。いや、答えてくれてはいる。わたし=精神であると。しかし、わたし=精神だとすると、わたしを精神とみなしているそれ、とは一体何なのか。それこそが「わたし」ではないのか?


デカルトの確信に納得ができないわたしは、なお考える。考えて、確からしいことを見出しても、その確かさを保証してくれる者はいない。厄介なのは、そうやって考える自分自体も、日々変わっていくというこのことである。今日はそれが確からしいと考えていても、明日になったらそうではないと考えているかもしれないのである。近代的自我は、生涯を通じた自己の同一性を基礎にして成立する概念だが、子どもの頃を振り返ってみれば、そのときの自分と、今の自分がまるで別人であることを認めない人は少ないのではないか。


人は変わる、考えも変わる。どう変わるかは変わってみないと分からない。今日好きな人も明日には嫌いになっているかもしれず、今日は希望を持っていても明日には絶望しているかもしれない。なぜそうなっているのかは分からないが、なぜだかそうなっていることだけは分かる……ような気がするのだけれど、それさえも確かなことなのかどうかは分からない。


分からないことだけは、はっきりと分かっている。しかし、「分かっている」ということは「分かっている」ということであって、「分からない」ことにはならないわけだから、無知の知などと言って威張っている人は、実は無知の知という言葉が本当は分かっていないということになる。もう何が何やら。しかし、その分からなさこそが面白い。


分かりやすいことが求められる世の中だけれど、その分かりやすいことによって分かるようになるそのことが価値あることなのかどうか、それをこそ先に考えるべきなのではないか。「幸福になるために他者貢献しましょう」。なるほど、これは分かりやすい。しかし、幸福になるために他書貢献する生き方それ自体には、果たして価値があるのかどうか。他者貢献して幸福になって生きて死んで、それでいいのか? いいとすれば、どのような意味でいいのか。


かと言って、自分の好きなことをして生きましょう、という言い方も信用が置けない。好きなことして生きて死んで、それでいいのか? いいとすれば、どのような意味でいいのか。


分かりやすい言説はどうも臭う。かと言って、分かりにくいことがいいと言っているわけではない。分かりにくいよりは分かりやすいことの方がいいに決まっている。問題はやはり、分かりやすいにせよ、分かりにくいにせよ、それによって、分かる対象の方である。何を分かろうとしているのか。そもそもそれは、他人から聞いて分かることなのか。


そんなに疑って何が面白いのかと言う人もいるかもしれないが、子どもの頃は多かれ少なかれ、みんな疑って生きていたのではないか。疑うと言うのがアレなら、不思議に思う、でもいい。周囲にあるものが不思議でたまらず、大人が言うことがよく分からない。分からなくて自分なりに考える。しかし、成長するに従って、何となく分かった振りができるようになり、そのうちにそれが振りであることも忘れて、本当は自分でもよく分かっていないことを、自分が子どもであった頃の大人そっくりの口調で、子どもに言うようになる。それは、本当に面白いことだろうか。そんなわけがない! 目覚めよ、中高年の諸君!(青年は社会のために働きなさい) 君たちが分かった振りをしていることは、まったく明らかなことではない。その分からないことを考える面白さは、君たちの人生を必ずやより充実したものにしてくれる……かどうかは、わたしには分からない。それもまた面白い。

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