第4話 男の約束
正直、俺は疲れていた。
プレゼン廻りは楽ではない。革靴をすり減らし、重いブリーフケースを片手に途方も無いタイアップ先を何キロも行ったり来たりするのである。仕事的にはセールスマンに近いだろう。違いと言えば、売っている物が東京ドーム100個分の面積を持つ物件なくらいだ。しかし、苦労の甲斐があって希望の光が見えて来た。地元の業者達が乗り気になってきたのである。この証拠を宮崎サン・リゾートのオーナーに見せさえすれば、ともすれば経営方針も変わるのでは無いか? それは地元の人々と直接話して感じた自信とも言える物だった。
オーナーは、東京のとある大手の不動産業の社長だった。そこは業界でもトップクラスの会社で、総資産からすればサン・リゾートなんて遊びみたいな物にさえ思える。そんなオーナーが俺達みたいなちっぽけな広告代理店に直接会うアポイントを取ってくれる事自体が異例なのだが、これには訳があった。
「あそこは、私の娘がどうしてもやりたいと言い出したから始めた様な物なんですよ。」
オーナーの言葉に俺と栄子先輩は自分の耳を疑う。
「それで、どうしても潰したくないなんて我がままを言う物でね。そこに面白いアイディアをお持ちだと言うあなた方が来られた。まずはお話を聞かせて頂こうじゃありませんか?」
俺は、オーナー用に特別に用意したプレゼン資料を、会議室の大型ディスプレイに写しながら説明する。まずはホテルと屋内プールの外装と内装のリフォーム。これまで富裕層狙いだったターゲットを中流層から若者に絞り、旅行代理店を使っての大々的なキャンペーン。鉄道や飛行機とセット割引。地元名産品の特別割引。会員制のリピーター割引の導入。地元バス会社と提携して観光地ツアー。割引をしても薄利多売なら今の赤字経営より遥かに効率が良く、集客力もアップする。安全な国内ならではの気軽な安心リゾート地をもう一度見直してもらおうと言う作戦だ。
ここで、とっておきのキャッチフレーズ。
「なんもかんも、サンサンみやざき!!」
全てのリゾート感覚を一度に楽しめると言う意味合いを込めて、地元の方言を使って俺が考えたコピーだ。
プレゼンが終わると、オーナーは楽しそうに笑いながらこう言った。
「なるほど、悪くない。後は娘がこれを気に入るかですな。どうだい、涼子?」
先程までオーナーの隣に座っていた女性、俺はてっきり秘書か誰かかと思っていたのだが、彼女がオーナーの娘だったのか!?
オーナーの娘はスッと立ち上がると、
「申し遅れました。私がオーナーの娘、工藤涼子です。この企画、大変気に入りましたわ。是非これを実現させて、サン・リゾートに活気を取り戻して頂きたい物です」
「それでは、このプロジェクト、具体的に進めてもよろしいのでしょうか?」
「はい。あなた方には引き続き広告関係と各所とのパイプ役を勤めて頂きます。リフォーム会社の指定やデザイン等は私の部署が行いますが、逐一お互いに報告を取り合いましょう」
「となると、プロジェクトの総指揮は涼子様がなさると言う事ですね?」
「そうですが、それが何か?」
栄子先輩が物怖じもせずに断言する。
「大変失礼ですが、宮崎サン・リゾートは一度深刻な経営危機に陥っています。二度と同じ失敗を繰り返さない為にも、ここは新しいチームリーダーを迎え入れるべきではないでしょうか?」
おいおい、俺達はただの広告屋だぞ。栄子先輩、そこまで言っちゃって良いんですかぁ〜っ!?
「お、オホン。ご進言耳に痛いですわ。確かにその通りかも知れませんわね。佐々木さんはどなたか適任の方をご存知かしら?」
「フリーのプロデューサーですが、以前廃園寸前だったテーマパークを見事復活させた人物と交流があります。彼だったらこの案件もこなしてみせるでしょう」
「では、今度その方をご紹介下さい。判断はその時に」
「分かりました」
ふぅ〜、あんまり肝を冷やす様な事しないで下さいよ、栄子先輩。まあ、確かに筋は通ってますけどね。
栄子先輩が連れて来たのは、福井竜助と言う名の人物だった。なんでもその業界ではかなり名の知れた人らしい。俺は栄子先輩に、
「福井竜助プロデュース! って絶対コピーに入れなさいね! その方が売れるから!!」
と念を押された程だ。涼子嬢もこの名前には聞き覚えがあったらしく、チームリーダーの件は一発で決まった。いよいよプロジェクトは胎動を開始し、竜助氏の指示の元にホテルやプールのリニューアル・デザイナーの指名や建設業者の指定が次々と決まっていった。当然、俺は業者の中に美緒の父親の会社も入れる様に根回ししておいた。
美緒はと言えば、この状況に狂喜乱舞して、
「これで晴れてパパのお許しがもらえるね〜!」
とはしゃいでいたが、結果が出るのは宮崎サン・リゾートが正式にリニューアル・オープンしてからだ。折角オープンしたは良いが、閑古鳥の鳴くままでは洒落にならない。美緒の父親が言った
「売れない物を売る」
と言う意味は、サン・リゾートを客で一杯にして株式会社宮崎サン・リゾートの株価を上げる事なのだ。
俺は自分の仕事であるポスターやチラシなど広告関係のデザインやコピーライトのチェックに追われる日々が続いた。
栄子先輩は栄子先輩で、竜助氏の補佐に回ったり、東京と宮崎を行ったり来たりしてタイアップ先とのマージンの話とかの細かい折衝を続けていた。広告代理店と聞けば宣伝ばかりしていれば良いと言ったイメージがあるかも知れないが、実の所は広告に関わる金の動く所に全て関わって来る仕事だ。俺は入社してまだ4年目なので、そこまでは任されていない。本当に彼女の頭の回転の良さとフットワークの軽さには頭の下がる思いだ。
そんな折、俺は突然美緒の父親から呼び出しを受けた。俺は宮崎への出張にかこつけて美緒の実家へと向かう。応接間に通された俺を迎えた美緒の父親は、開口一番こう言った。
「どうやら、滑り出しは好調の様じゃな?」
「はい、お陰様で」
「俺はあんたの事を少し見くびっちょった様じゃよ。あのサン・リゾートはもう駄目だと思っちょったのが、まさか再生の軌道に乗るとはな。株価も少しだが戻りつつあるとよ」
「それは良かったです」
「じゃけんど、まだ美緒との事を認めた訳じゃなかとぞ。そこんこつは勘違いすなよ」
「承知しております」
「ここで、男と男のけじめとして条件を出す。この数字が俺が持っちょるサン・リゾートの株券がバブル期に出した最高額や。今は不況やけんここまで出せとは言わん。この額の半値まで上げられたら、美緒をあんたにやる。これでどうや?」
美緒の父親が持つ電卓が示している数字は、今のサン・リゾートの株価の十倍以上だった。果たしてここまで上げる事が出来るのかどうかは分からないが、もう引き下がる事は出来ない。
「分かりました。今のお言葉、決してお忘れ無き様に」
「うむ」
サン・リゾートのホテルのリフォームは急ピッチで進んでいた。竜助氏が選んだデザイナーもセンスが良く、若者にも人気が出そうな最先端の物だった。内装も以前はシックな物だったのが、南国を彷彿とさせる明るいデザインになり、1階のフロアにはカウンターバーも新たに設けられていた。
「どう? このイメージ?」
俺はいきなり後ろから声を掛けられて驚いたが、そこにいたのは栄子先輩だった。
「先輩、来てたんスか?」
「それはこっちのセリフよ。広告担当のアンタがなんで宮崎にいる訳?」
「いや〜、ちょっと美緒の親父さんから呼び出し喰らっちゃって」
「何ソレ? 公私混同もいいとこね」
「部長には内緒でお願いします」
「まあ良いわ。でもアタシが竜助氏を選んで正解だったって事は良く分かったでしょ?」
「はい、それはもう」
「でもスゴイと思わない?」
「何がです?」
「藤崎が美緒ちゃんと結婚したいが為にこのプロジェクトが始まって、それがこうやって形になろうとしてる。これが愛の力って奴なのかな〜」
「そう言われてみれば、そうですね。でも栄子先輩は会社の利益の為にやってるんじゃないですか」
「それはあるけど。まったくアンタは素直じゃないな!」
と言って、栄子先輩は持ってたファイルで俺の頭をポンとはたいた。
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