魔王の慟哭

「大統領だと……?」

「はい……たしかに、そう言っていました」


 マーキュリーの証言に、沈黙する室内。話の間にフェアの傍に行き、一緒にナターシャが怪我人の背を支えている。


「大統領……過去にはそう呼ばれた指導者の記録は存在せず、現在でも“共生都市国”の指導者のみそう呼ばれておるはずだが……」

「サーシルさんはそんなことしないわよ!」


 アランの言葉から述べようとしている事を、口に出す前に察したフェアが反論した。アランは混乱しながら、大声で答える。


「わかっております! だからこそ我も……あの女……? 我には嘘は通じぬ……魔法か、虚偽か偽者か……」

「魔王様。彼女の体に響きますから大声はおやめ下さい」


 ファンファンロに小言を言われつつも、苦悶するアラン。

 一週間ほど前に行われた公式的でありながらも、秘密裏に行われる領主達の会合――“四主会議”にて、怒りで魔力を暴走させたアランにも真っ向から立ち向かった自由都市国の現大統領、サーシル・フェルトリサス。

 どれだけ自身の身に危険を感じようとも、民の為、世界の為を思って意見を変えようとしなかったサーシルの姿に、アランは一種の尊敬と好感を持っていた。


「もうしわけありませんが、魔王様……私には、本気で叫んだようにしか、見えませんでした……」

「マーキュリーが言うならばそうなのだろう……となれば、偽者……だが、我の知らぬ魔法かもしれん……どちらだ……」


 アランが実際に会い、そこで感じた印象と。事件の内容があまりにもかい離しすぎているのだ。サーシルは甘ったるいほどの理想を掲げた平和主義者で、決して武力で物事を解決する人物ではないと評価していた。

 しかし自爆テロの犯人であるグロースブは、大統領と語ったのだ。


「ヒトに化ける、いや成りすますなど。そのようなことは決して、“万能である魔法をもってしても不可能”だが……」


 アランは左手で自身の左角を掴みながら、未知の能力について様々な考察を巡らせる。魔法の事について考えている際の癖が、彼も知らない間に現れていた。


「どちらにしろ、まだ解決には鍵が足りないでありやす。まずは魔法を放った警備員の特定と拷問、その場にいた者達への聞き込みをしてからにしやしょう」

「あ、あぁ……そうだな。我としたことが取り乱してしまった……」


 クロノスの冷静な指摘に、大きく深呼吸をするアラン。


(やはり、こういった事件に関してはクロノスは頼りになるな……なぜ言葉がことごとく胡散臭く感じてしまうのかはわからんが……)


「そういえば……」

「どうした?」


 おずおずと呟くマーキュリーに即座に反応するアラン。マーキュリーが申し訳なさそうに言った。


「法務の……仕事は、どうしましょう……」

「……そんな事か。やはり少々真面目すぎるきらいがあるな。大丈夫だ、それくらいは我が代わりにやろう」

「も、もうしわけないでしゅ……す……」

「というか裁判所が吹っ飛んで、再建するのに時間がかかるからな……しばらく最高裁は休止であろう……」


 アランは苦笑し、クロノスらと今後のことについて話をした。

 フェアとナターシャが部下達を先に守ったことに「偉い偉い」と頭を撫で、メイルが布団に乗り出してマーキュリーの柔らかな頬を指でつつきながら「大丈夫ですか」と言ってくるため、イヤイヤとマーキュリーが顔を左右に振って抵抗していると看護室の扉がコンコンッとノックされた。


「魔王様……まだいらっしゃいましたか。血をお持ちいたしましたので……」


 医師長の指示を受けて新鮮な血を持ってきた看護長が、おずおずとアランに退室を促す。


「むっ、そうだな。では我らは出ようか」

「あぅ……すいません……」

「別に謝らなくとも良い」


 アランの言葉を皮切りに廊下の外へと歩いて行くクロノス、ライアー、ファンファンロ。メイルとナターシャも少々名残惜しそうにしつつも、立ち上がって廊下へと向かった。その行動を見たフェアが不思議そうな顔をする。


「ねぇ、魔王。何故、みんな外に出ていくの?」

「……血に埃などが入らないように、というのもあります、が」

「が?」

「吸血鬼の女性にとって血を飲むと言うのは恥ずかしい行為なのですよ」

「血を飲むって……それだけで?」


 フェアが傍に居るマーキュリーをジッと見た。俯きながら顔を少し赤くし、恥ずかしそうにもじもじと体を揺らしていた。アランは主に対しする行動としては失礼な、ジトッとした冷ややかな目を向けながら言う。


「……貴女は、自身が用を足す姿を人に見られても気にしないのですか?」

「うっ……わかったわ……。とりあえず血を飲むまで廊下に出るわね」

「ご、ごめんにゃ……なさい……」

「いえ、大丈夫よ。こちらこそごめんなさい。物事を自分の価値観だけで考えちゃいけないわね……」


 アランに促され、フェアも廊下へと出ていった。看護長が部屋の奥に入っていくなか、看護室の向かいの壁に並んで佇むのはマーキュリー以外の直属の部下達。彼らはアランが出てきた瞬間、一斉に片膝をついて頭を下げた。フェアが唖然とするなか、アランは頷いてそれぞれに命を与えた。


「クロノス、お前はこの事件について徹底的に調べ上げろ。当面は取り調べと拷問だ。ファンファンロ、お前も何か出来ることがあるなら手伝ってやれ。ただし、要人や貴族の取り調べは一度我の下へと相談に来い。他の者も手伝ってやれ」

「了」「かしこまりやした」

「ライアー、ナターシャは外交官や商人達と連携し黒骸軍、自由都市国の噂について何か無いか調べろ。商人たちへの金は我の宝物庫から使っていい」

「「了解しました」」

「それと、メイル。戦線で何か動きがあるかもしれん。一度戦場に戻って確認作業をせよ。何もなければマーキュリーの傍にいてやれ。お前が居た方が落ち着くだろう」

「了」

「解散。各々の仕事もやりつつな」


 アランの解散、という言葉に応じて立ち上がる五人。すると、マーキュリーに血を渡してきた看護長が部屋から出てきた。一瞬その光景を見て躊躇したものの、ゆっくり扉を閉めて廊下へと踊り出る。その場にいた全員に向かって几帳面に頭を下げると、アランの方を向いて口を開いた。


「そういえば魔王様、お伝えしたいことが……」

「どうした? 看護長」

「先ほど看護婦たちの報告がありまして……今回の裁判で弁護士を務めたクラウス氏が姿を消したと……」

「弁護士……? クロノス! ただちにその者を探せ! 何か知ってるやもしれぬ!」

「了解しやした!」


 一瞬頭をアランに下げ、弾かれるように廊下を駆けだすクロノス。他の四人も少々戸惑いつつもアランに頭を下げて各々の行くべき場所へと向かって行った。ぽつねんと看護長を含めた三人が廊下に残る。

 フェアはアランの方を向き、


「……魔王でも、魔王らしいことはするのね」

「それはどういうことですか。一度貴女とは魔王というものについて教えた方が良さそうですね」


 などと、失礼なことを口に出した。言われた本人はカンに触ったようで、笑いながら怒っているかのように口角を吊り上げていたが。

 そうこうしていると、看護室の中からマーキュリーが人を呼ぶ声が聞こえて来た。看護長はその声を聞いて中へと入っていく。フェアも入ろうとし、体半分を看護室に居れた状態で立ち止まると、アランの方に振り向いて声をかけた。


「あら、なんで来ないの?」

「……我も仕事があります故」


 アランの言葉がカチンと来たようで、フェアは廊下に出て扉を閉めると、アランの傍に歩み寄った。二倍ほどの身長差のある二人は立場とは逆の見下ろし、見上げる構図となった。


「何よ、あなたはマーキュリーの傍に居てやらないの? 養父だとしても、あの子の親なんでしょ!?」

「……確かに、そうですね」

「なら、なんで……!」


 理解出来ないとばかりに首を左右に振ってアランに怒りをぶつける。しかしアランは冷静に切り出した。


「……支配者は公私の区別をつけねばならないのです。彼女には乳母も居ますし……」

「親なら自分の子を第一にしなさいよ!! 貴方の代わりに仕事が出来るヒトも居るんでしょ!? あの子だって、苦しいなか必死で皆の命を守ったのに。一時間でも傍に居てやるべきなんじゃないの!!?」


 怒りのあまり、白金のネックレスの発動すら忘れ、アランの胸倉を自分の力だけで掴むフェア。


「……昔馴染みに“魔族溺愛症”とも呼ばれる我が、いつまでも傍に居てやりたい、慰めてあげたい、抱きしめてあげたいと、願わないと思いますか……! 我だって生きている。何度も死んで、生き返っているような命でも……」


 静かにフェアの腕を外させ、そして自分の腕は酷く震えた状態でアランは唸る。


「かつて我“裏切られ”、魔族達に“救われた”!! それから魔族全ての為に此の身、此の魂を捧げると誓ったのです!! テロリスト共によって、無辜の市民の命が危険に晒されている……私にはそれが体の髄まで切られるように苦しい! だから、マーキュリーの、復讐の為にも。卑劣な者共をすぐに探し出し、裁かねばならないのです!!」


 アランの慟哭が石造りの廊下に響く。フェアは言葉を失い、そんなアランの前で立ちすくんだ。

 フェアは自身の先ほどの発言をふと思い出す。自分の価値観で考えてはいけないという、口に出してまで語った言葉。


(……口先だけで、私、なんにも……)


 アランは溜息をつくと、ローブを翻してフェアに背を向けて歩いていった。フェアはかける言葉が見つからず、どうしたらよいのかと迷っていると、背後のドアがガチャリと開いた。


「マーキュリー! 寝てなきゃ駄目じゃない!」

「……これだけ、伝えたくて。お嬢様、本当に……ありがとう、ございます。私は、大丈夫です、から。魔王様のことを」

「…………わかった。ごめんなさい」


 看護長にもたれながら扉のすぐ近くに佇むマーキュリー。ゆっくりと歩いて自身のベットに潜ると、看護長はマーキュリーに礼をして廊下へと出ていった。

 一人しかいない部屋のなかで、マーキュリーはボソリと呟いた。


「……なんで、あそこまで。リュシア様に似ているの……? 誰よりも、人を案じて優しかった、リュシア様……あの子は……誰?」

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