盲目の少女と狂った男

 アランが魔王城に転移してくるより、少し前のこと。

 魔族国最高裁判所、第一法廷。


「……これより、第一回……反政府しぇ……申し訳ございません。反、政府勢力幹部、グロースブ・デイストラクト被告の、裁判を始めます」


 その裁判は最高裁判官や検視官の女性や何人かの男性達が、赤い顔をして笑いを堪えているというなんとも締まらない状況で始まった。しかし、長年の間その仕事を務めてきた者達の技と言うべきか。業と言うべきか。法廷内にある一つの扉が開いた瞬間、法廷内の空気は引き締まりどんな乱れも許さないという様な、そんな雰囲気に満ちていた。


 開いた扉から入って来たのは、全身に魔力を吸収する布を巻きつけられ光の無い瞳をした、茶色の羽毛に嘴(くちばし)と頭部に真っ赤なトサカを持つ男。コカトリオンという種族である。

 コカトリスという瞳で捉えた生き物を石化させる能力を持つ巨大な鶏のような魔物、それに風貌が似ている為にコカトリオンと呼ばれていた。なおコカトリスという魔物は著しく知能が低く罵倒の言葉として使われることもある為、種族名改正の運動が行われていたりもする。


 そんなコカトリオンのグロースブは、金属鎧の男達に連れられて法廷中央の檻の中に閉じ込められた。突き飛ばされるかのように荒々しく扱われながらも、彼は一切眉を顰めたりもせずに何かをブツブツと呟いていた。


「あなたがグロースブ被告ですね?」

「…………」

「答えなさい。あなたがグロースブ・デイストラクトで会っていますね?」

「…………」

「最高裁判長……」


 マーキュリーの隣に座る裁判官の女性が、助け舟を求めるように言った。その声にマーキュリーは頷き、それを見た女性が檻の傍に居た警備員に指示を出した。


「打ちなさい」

「はっ!」


 警備員は腰に提げた鞭を取り出し、不自然にできた檻の隙間から鞭を入れてグロースブの背中を打った。鳥の頭である為わかりにくいが、薄手の囚人服しか身に纏って居ないためその鞭の痛さに悶絶しているようであった。しかし、そんな打撃を受けてもブツブツと何かを呟くのをやめず、何度も何度も鞭を受けることとなった。

 名前すらも述べることの無い彼の頑なな態度に、法廷内は少々ざわつき始める。マーキュリーはそんな彼に疑問を持ち、普段よりも更に集中して魔力を探った。



 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。この五つの感覚は五感と呼ばれる。そして、一定の力量に達した戦士や魔法の素質を持った者、身体に障害を持った者などが持っていることがあるもう一つの感覚、魔力探知(サーチセンス)という第六感とも言われるものがある。

 とある地方では気やオーラセンスなどとも言われるそれは、人間族の中で扱えるものが居るならば敬い、畏怖されるようなものだ。一方魔族では魔法の素養の高い者が一般市民ですら多く、長命な種族も多いためにさほど珍しい物でもない。だがそれも急激な魔力の変化、強力な魔法の発生を事前に察知できる程度のものであるが。


 しかし、魔力探知という感覚は、極めれば生きていくなかでこの上ない武器となる。

 マーキュリー・ヘクトルーンという少女は、先天的な魔術の才能に恵まれ、幼少期の不幸な事件によって失明をした。五感の中でももっとも情報量の多い視覚を失ってしまった彼女は、無意識か意識的か、視覚の代わりに魔力探知を磨きアランでさえ辿りついていない境地へと至っていた。



 そのモノの魔力をそのモノの姿形そのままに視(み)ることが出来る。



 アランでさえぼやけたようにしか感じ取ることが出来ないものの、彼女はあたかも魔力探知を視覚のように扱うことが出来た。とはいえ、精密な姿形を視(み)るには集中力なども必要であるため、普段は誰がどこに居て、手を上げたりしなかったか程度のことを探知出来る程度に抑えているが。とことん集中すれば草木や水に始まり、細かに加工された金属や木材などに含まれる魔力からも探知できるのだ。

 色を見分けることは出来ないという欠点はあるが。


「……何故、彼は魔力吸収の布を……つけられていないの、ですか?」

「なっ!? 本当ですか裁判長!?」

「おい警備員、どういうことかね!」


 魔法吸収の布は、生物の肌が触れた場所から魔力を急激に吸収してしまうものである。異常な魔力を持つ者ならばまだしも、一般的な者ならば全身に巻かれた時点で一切の魔法も使えなくなるほど。そして、その魔力はあたかも水のごとく吸収されているため、マーキュリーから視れば空中に布が浮いているように見えているはずなのだ。だが、布からは微弱な魔力しか感じ取れず、その中にいるグロースブの形に魔力の塊が見えた。


「チッ……」


 誰かが舌打ちをした。法廷内にいた人々がその舌打ちが誰のものかとザワつくなか、マーキュリーは一人、グロースブの魔力の急激な変化を感じ取った。全身の魔力が彼の心臓へと、収束していく。

 心臓への魔力の収束。そのことにマーキュリーは戦慄し、焦るように言った。


「今すぐ、その詠唱をやめさせて! 魔法の詠唱を、です。それも、禁じゅちゅクラスの破壊魔法を……」

「禁術……!? おい、てめぇやめろコラ!!」


 鞭でグロースブを打っていた警備員が、檻を開けようとガシャガシャと柵を揺らした。檻の近くにいた警備員は鍵を持っていないため、他の警備員達も殺到してガシャガシャと揺らし続けた。鍵を持っている警備員が錠を開けようとした時、グロースブがガクリと膝をつき、冷ややかに笑った。


「間抜け共め……貴様らなんぞが尋問しようなどと、付け上がらんことだな。俺は何も喋らん、だが語ってはやろう。最も雄弁に、最も雄々しくぁ!!」

「……ッ!」


 マーキュリーは魔法の詠唱をした。自らが使える中でも、最も防御力や耐久力に優れたものを。そんなマーキュリーの様子を見つけ、グロースブが嗤った。


「ガキの分際で、五大臣などというふざけた役職につくとは……この国はやはり腐っている」

「……」

「まぁ、どのみちこんなふざけた世界ともサヨナラだからな。貴様らも一緒にだ」

「な、なんかやばいぞ……お前ら! 逃げろ!」


 何か異常な魔力を感じ取ったのか、警備員の誰かが呟いた言葉に檻の近くに居た警備員が一斉に散開した。それと同時に、グロースブの体から眩いばかりの光が放たれた。法廷内に居た誰かがその現象に悲鳴を上げ、グロースブは苦しそうに喘ぎながらなおも語る。


「醜いだと……? 脆弱で下等な人間族共如きが! 更にはそのようなふざけたふざけらことを語る人間共を滅ぼそうともせず、攻められれば守るだけなどと……臆病者の魔王が支配する王国など間違っている!! 魔族の王とは強くあるべきなのだ!!」

「ふざけるな! お前らみたいな奴らの方が「『卵殻牢岩ジェイルエッグ』、フォア、ゼム」え……?」


 グロースブの言葉に反論しようとした裁判官の言葉は、詠唱を終えたマーキュリーの魔法によって遮られた。体の周りをどこからか出てきた土に覆われだしたのだ。マーキュリーの横の席にいたその裁判員の男は真っ先に卵型の物体に包まれ、波紋のようにマーキュリーの近くに居る者から包まれていった。


「……舐めやがって、お前だけなら何とかなるとでも思ったのか?」

「……思って、居な「『炎熱刃フラガラム』!」うぐっ……!」


 突如として予期せぬ方向から飛んできた魔法に直撃し、火傷と裂傷を同時に負うマーキュリー。誰が放った魔法なのか探ろうとしたものの、激痛のために集中することが出来ず、何とか警備兵の鎧を纏っていると確認することが出来たのみだった。


「無様、だな……! 所詮、貴様のようなガキなぞ、あの魔王の依怙贔屓えこひいきで裁判長とやらになったのだろう……くくっ」

「……戯言は、良いです。テロならば……何か、あるのでしょう」

「あぁ! 語ってやるよ、貴様もあの世に引きずり込む代償になぁ!」


 グロースブは天を仰ぐように両手を天井に向けて伸ばす。


大統領だいとうりょう……万歳!!」

「だぃ……『鉄壁牢岩ジェイルエッグ』!」


 グロースブは叫び声を上げながら、自らの心臓に収束させた魔力を解放して自ら爆発した。マーキュリーは急いで自身の身を守る魔法を唱えたが、一瞬遅く。爆発の最初の余波と熱波をもろに体に受けた。そして完全に硬化していない卵殻は衝撃などによって削られ、マーキュリーの入っていた物だけが歪な形となったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る