欠けたモノ
メイルも話が終わり、会話の無い二人の下へと戻ってきた。三つの武器達はふわふわと浮かびながら、離れた場所で遊び始めたのだが。
なんとなく重い空気を察したメイルが、どうすればよいか困っているのに気が付いたフェアは、また新たな話題を出した。
「えっと……そういえば、今日はマーキュリーとか他の方の姿を見てないのだけど」
「皆仕事がありますからね。マーキュリーなんかは今日裁判があるそうです」
「裁判?」
メイルは一瞬、しまった! とでも言いそうな表情となり、チラリと足元の自身の主を見た。アランは獣の如く大きく溜息をつくと、五日前に雑草を抜いたばかりの場所から、驚異的な速度でまた生えてきた大きな雑草を引き抜きつつ呟く。
「テロリスト……人間領で言うならば、国家反逆者の裁判ですよ」
「国家、反逆者……?」
アランは再び立ち上がり、フェアの方に向き直った。(何度立ったり座ったりせねばならんのだ……)などと思いつつ。勿論のこと口に出せば酷い目に合うであろう為、しっかりと口にチャックしているが。
「我や五大臣、平民院や貴族院などの政治体系に不満を持つ者達……一概に不満を持っている者だけとは言い切れませんが。そういったモノを“武力によって”脅かそうとする者達のことですよ。もれなく重罪です」
「なぜ?」
「そりゃあ、国の政治系統が混乱すれば民が被害をこうむるもんだからな……です……あれ?」
脳裏に過去の光景が浮かび、ジッとフェアを見つめるアラン。そんな視線から顔を赤くして目を逸らすフェア。そんな二人を脇で見ているメイルは無表情であった。それも、何かが振り切れたような。
「な、何よ……」
不躾に見つめられ続けて調子を崩したフェアがアランに小さく抗議の声をあげる。
「あ、いえ……申し訳ございません……ただ、今の会話と似たような会話を、昔誰かとしたことがあるなと……」
その、曖昧なアランの言葉は、微塵も記憶が無いのに、明らにあった事として知覚されていた。
意識を取り戻したメイルが、アランの言葉を補うかのようにとある人物の名前を言った。
「リュシア様、でしょうか」
アランの記憶力は友人との酒盛りなどで話のネタにされるほどのものであり、古今東西の膨大な数の魔法をも正確無比に記憶している。言うなれば生きた書物のようなものだ。だが、
「……そうかもしれんな。我が記憶に出てこないならばそうかもしれん」
「リュシア?」
その魔王は、とある記憶だけが欠けていた。
「……お嬢様には隠せないでしょうし、また拗ねて誘拐されるのも手間ですからね」
「むっ、何よ」
「……我が最愛の妻にして、今は無きリュシア・パルフェという女性のことです」
「妻……?」
フェアは顔を少し伏せ、何かを考えるかのように神妙な面持ちとなった。アランとメイルは静かに立たずみ、フェアの反応を待った。
黒い布で出来た日傘はフェアの体を影によって黒く覆い隠し、その遥か上空では夏のはじまりの頃特有のギラギラとした灼熱の太陽が、まるで地上の全てのモノを焼き尽くさんとばかりに、楽園ともいえるこの屋敷の庭を照らし続けている。
三つの武器達は体が金属である為にその体に熱がこもりやすいため、いつの間にかコネクトアイフィールが繋がれている馬小屋に行き、藁の上で寝転がりながら体を冷却させていた。
そして、ふとフェアが顔を上げた。
「って、何を悩んでるのかしらね、下僕に妻が居たから何って話だし。……そもそも、なんだか心がぽかぽかするのよ。気分がいいわ」
「あ、はい……そ、そうでしたか……」
奇妙なフェアの反応に困惑しつつも、どこか拍子抜けたような反応をするアランとメイル。アランは手の甲で額の汗をぬぐい、説明を続けた。
「我の記憶力は相当なものです。自分でもそう言い切れますが、何故かリュシアのことに関しては……記憶がどこか断片的なのです」
「へぇ、最愛の妻なんて言っておきながら……まぁいいけれど。私もリュシアっていうのはどこかで聞いたことはある、ような気がするけれど、どうせ本の中のことだろうし。……って、もうこの話はおしまいにしましょ。なんだか湿っぽいわよ」
と、フェアは一度拍手をしながら話を唐突に打ち切り、アランに「とりあえず草取りをしっかりなさいよ」と促した。大事なことを話した直後に現実に引き戻されたアランは、冷静だったのが急激に怒りが溜まりフェアに向かって激昂した。
「だぁぁぁぁぁもう! どれだけ仕事をさせれば気が済むのですか!! 会議から帰って以来、我が復活したと民に知らせる為に一度魔族領に帰りたいと申しても、ここを掃除しろあそこを掃除しろ草を毟れ畑を耕せと!! もう何日間も満足に寝られてませんよ!」
「いいじゃない、下僕が居ない間にやることが増えたんだもの……」
憤怒の形相を浮かべるアランを押さえつつ、頭に血が上って頭が働いていないらしいアランの代わりにメイルが質問をした。
「な、ならば何故私達が手伝っては……」
「……こ、これは罰……あぁ、もう! ……こ、怖いのよ! この前の誘拐された時のことを思い出して……あの時の怖さが、癒えてないの! だから下僕に近くに居て欲しいってだけ……あっ……い、今のはただの嘘だから!」
「は、はぁ……な、ならば魔王様の帰省に、姫様も同行するのは……」
メイルが放った何気ない一言に動きが止まるフェアとアラン。互いにキョトンとした目で見つめ合い、そして同時にメイルの方を向いてその言葉をハモらせた。
「「その手があったか」」
◆◇◆◇
「おぉぉぉぉ……ま、おぅさまぁ…………またこの老い先短いジジイがあなた様に、またお会いすることが出来るとは……あぁ、大いなるマナよ……感謝いたします……」
「はいはい、御爺ちゃん。魔王様から離れて離れて」
紺色のような、黒色のような石柱が乱立する巨大な空間。人間領のガリオンフォード城の大広間を、黒く、更に絢爛豪華に、また更に広くしたようなそんな空間である。床には踏み心地の良い柔らかくも美しい刺繍の施された絨毯。内部の空間は半永久的に灯り続ける魔法のランプが、まるで舞踏会のごとく不規則に宙を舞いつつも何故かどんな場所でも暗くなることが無い。
そしてそんな大広間で大勢の
「まぁ良いではないかファンファンロ。……我もそなた達に会いたかったぞ!! マイケル! ジャッキーとロッキー! ボンレス! ベニーとハム! ヤギヤマ! ランド! ヒガシマとツシマ! おぉぉ! ザオウではないか!」
次々と家臣たちの名前を読み上げるアラン。名前を呼ばれた家臣は感極まって泣き出す者もおり、なんだかわけのわからない状況になっていた。『
「危なかった……体が鋭利な者もいますので、危険だと思い引き離しました」
「あ、ありがとう……」
「い、痛! コ・ケシ! 角は削るなり手入れをしておけと言っていただろうが!」
鼻からあたかも鋭そうな角の生えている魔族に対してアランが怒った。そんな下僕の姿に肩を竦めつつ、フェアはメイルに話かけた。
「それにしても「なんだっ!!」え?」
突如フェアから顔を逸らし、あさっての方向を向くメイル。アランやファンファンロもその方向を睨んでおり、遅れてその他の家臣たちが同じ方向を見つめた。
大広間の窓から見えるのは、屋根の上に剣を地面につきたてた巨大な像が立っている建造物。魔族領の、最高裁判所である。
「これは……ッ! マーキュリー!! 『
家臣たちをかき分けるようにして駆け出し、大広間の窓から体を乗り出すアラン。窓枠を蹴り上げてジャンプすると、そのまま落下……などはせず、段々と速度と高度を上げながら建物へと向かって行く。
「クソッ!! 間に合わん!!」
窓からアランを見つめる家臣たちが息を飲み込んだ。アランの口から雄叫びの声が上がる中、最高裁判所から眩いばかりの光と火柱が立ち上った。
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