三魔将

 アランの狼の骨の様な頭、空虚なあなの中で煌々と揺らぐように動く金色の目。ヒトの恐怖心を煽るようなその瞳に見据えられながらも、サーシルはアランの問いに答えた。


「…………わかりません。私には感情を知るすべもありませんし、そういった魔法が存在するかもしれませんが……私は聞いたことがありません。ですが……ですから、私はたとえ人を、救えなかったとしても。その為に努力は惜しみません。神官でもたしかに人心を踏みにじるような方もいらっしゃいます、私は……そのような人とは違う……違います!」


 胸の奥から気持ちを吐き出すようにアランへ語るサーシル。アランはそんな言葉を静かに聞いていたが、最後の否定を聞き、その莫大な魔力を霧散させた。


「クククク……笑わせてくれる。なんと薄っぺらな言葉よ! だが……その意気は伝わった。我が悪かった、謝ろう」


 今度はアランが頭を下げた。先ほどサーシルが頭を下げた時よりも、さらに大きなざわめきが起こる。


(そりゃそうだよ、四主の中でも魔王様の影響力は最も大きいってのに……)


 ファンファンロは冷静にそんな主の姿を見つめた。サーシルはすぐに頭を上げるように言い、アランは面を上げながら言った。


「お詫びというのもなんだが……表での会合の承認。それと今回の議題、内容にはよるが出来るだけ好意的に検討しよう」

「本当ですか!」

「あぁ、内容には、よるがな。……聞いているのか?」


 アランの言葉に涙を拭って、手放しで喜ぶアラン。ザムラビの手をとって結婚期の娘のようにはしゃぐサーシル。アランはガクリと崩れ落ちそうになった。

 バルドロスは喜色に溢れたサーシルの声にイライラしているようだが、ペンは置かずにまだ何かを書き続けていた。が、次の瞬間に手が止まった。アランは一瞬にしてその方向を向き、唸るような異常に低い声で呟いた。


「来たか。バルドロス」

「どうしてこう、あれだけ強い殺気を振りまけるんだか……」


 護衛達やサーシルはアランの言葉を聞いて、アランが睨む方向をゆっくりと見つめた。

 

 まず真っ先に反応したのはファンファンロだった。ブワリとその髪の毛を逆立たせ、歯を食いしばった。

 次に反応したのはサーシル。目を瞑り、深呼吸をしてそのはやる動悸を押さえようとする。その背後でザムラビが少しばかり震えた。

 最後にバルドロスの護衛達。多くの者が腰を抜かして倒れたりなどした。バルドロスはそんな護衛達を見ながら不愉快そうにしたが、すぐにまたとある方向……南東から発せられる殺気の主へ睨みを利かせた。


「……武術に精通した者の殺気はここまで強いモノか……!」

「…………魔王様でも……失礼ですがここまでは、出せないです……からね……!」


 そして、突然殺気が消え去った。


「小手調べ……といったところか?」

「ったく……友人にもそういうことするアイツの頭の構造がわからねえ」

「お前はな。……我はあやつと友人などでは無い」


 アランは耐えきれずに結局倒れてしまったサーシルを助け起こし、アラン達は各々自らの席へと座った。

 この会議で最も危険な人物を待つ三人は、会話も無くそれぞれが思うように静かに過ごした。


 そして、


「けっ、テメェが居んのかよアラン……まぁ“人間にやられた”カスなんぞどうでも良いけどよ……」

「失せろ、反逆者めが」

「はっ、良く喋る口だな……三枚におろすぞ」


 ☆


 人間領、山奥の屋敷。

 リビングの中には七人の影があった。椅子に座ってお茶を飲むフェアとルークの親子。その側に空剣・ガルドゼニファを携えて立つのは、“表の魔族軍最高戦力”メイル・フローレンス。

 他四人の大臣は思い思いの場所におり、誰もが空気を張り詰めさせていた。


「それにしても……随分と厳重…なの……かしら?」


 ライアーの姿を見ながら、失礼にも言葉尻を濁らせるフェア。幸いライアーはその視線に気がついていないようで、フェアは気付かれる前に視線をメイルに移した。


「まぁ、現状魔王様を生き返らせられるのは姫様だけですからね。……実際、こういうのが居ますしっ!!」


 メイルが真っ白な剣を振り、真っ二つに切り裂いたのは致死性の猛毒を持つイヌワシバチだった。縦半分に分かれた虫は、床に落ちる前にツボに入れられ、汚さないように回収された。


「やれやれ……虫を操る能力というのは厄介ですね……どこから入ってきているのやら……」


 メイルの早業に感嘆する元勇者ルークと、目を丸くするフェア。そんな二人とは裏腹に、メイルは恐縮した様子で断りを入れた。


「まぁ結構感知するのにも気を使いますので……すいませんが、あまり会話は出来ません」

「良いのよ、別に」


 紅茶を一口飲み、思案げな表情を浮かべるルーク。フェアはそんな父親の様子に首を傾げた。


「どうしたのお父さん」

「ん? いや…俺が勇者だった時、今の魔王……アランさんの昔のことを聞いたことがあるんだ」

「へぇ〜? なになに?」


 ルークはチラと五大臣達を見た。誰も我関せずというような様子で集中している。ルークは話しても良いのだろうと解釈し、娘に続きを話した。


「魔王は、魔王に指名された者が次の魔王になる。 っていうのは覚えてるかい?」

「えぇ」

「指名世襲制だかって言ったかな……」

「……あら?」

「気づいたかい? アランさんは先代魔王に仕えていたってことさ」


 視界の端でナターシャの魔法によってバラバラになる蜂と、クロノスの魔法によって溺死する蜂が映った。


「アランさんはその時、魔王軍に所属していて……“三魔将さんましょう”と呼ばれる男たちの一人だったらしい」

「さんましょう?」

「“知魔将”“閃魔将”“武魔将”と呼ばれる称号を持っていた男達のことさ」


 ルークは語った。


 ある者はその武をもって、英雄と呼ばれし者達をことごとく討ち取った。

故に武魔将と称する。

 ある者はその魔をもって、幾千もの敵の軍勢を一人で滅ぼした。

 故に知魔将と称する。

 ある者はその閃をもって、敵国を内部から撹乱し内乱を煽動して崩壊させた。

 故に閃魔将と称する。


「っていうことは……下僕は知魔将?」

「うん。そしてそれには続きがあってね」


 かの者らは魔王バロンより名を授かった。

 悪夢・堕天・死神の名を。


「悪夢? ……下僕の、氏……」


 五大臣達はピクリと体が動いたが何も言ってはこなかった。ルークは続ける


「そう。アラン・ドゥ・“ナイトメア”、そして残りニ名。ルグリウス・“グリムリーパー”とバルドロス・“フォールダウン”」

「それって……!」

「非情なものです……」


 メイルの消え入るような言葉。フェアは心配するような声音で言った


「そうよ……」


「かつての仲間……友が、敵なのだもの」

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