アドッティス魔境森林

 魔族領西北部にアドッティス魔境森林と呼ばれる場所がある。

太古のこと、アドルフとティスラーファという二体の魔王を名乗る者達がこの場所で争い、そして両者が死んだ、と民衆には認識されている場所である。

 その二体の死体が豊潤なマナを生み出したため、植物は栄え、それを求めてきた亜龍などをはじめとし、不死鳥や古龍といった種族的に最強とも呼び声高い者達が、数多く生息しているとされる森。まさに魔に至る森林である。


 そんな森林の真っ只中に一つポツンと存在するのは、白い石の柱、白い石の屋根、白い石の床、白い石の階段、白い石の手すり、白い石の机椅子。


 “魔族領四大国首領会議”。略称、“四主会議”と呼ばれるものがとり行われる議場である。

壁も無い石柱の間から見えるのは深き緑の森。木々の合間から覗く龍の鱗の色や果物の色が、森の深さをより助長させる。


 そんな建物の中にある四脚の椅子の一つにアランは座っていた。彼本来の狼の骨に角が生えたような頭の姿で、である。その横に佇むのは執事長のファファンロ一人。

 アランが肘掛に肘を置き、頬づえをつきながら休息を取ることしばし、遠くから魔獣達の咆哮が時折聞こえるだけだった空間に、コツンコツンと多種多様な音階の、床を蹴る複数の音が鳴った。


 アランは姿勢を正すとその音の人物へと話しかけた。


「バルドロスか。よくもまぁそれほど多くの護衛を連れてきたな」

「君やルグリウスのように強い手下を持ってるわけじゃ無いしな。質より量って事だ」


 と、バルドロスはアランの背後にいるファファンロを見ながら答える。ファンファンロはそれに気づいているのかは不明だが、そのまま目を瞑り感覚を研ぎ澄まし続けていた。


バルドロスに就いている護衛は二十名、そのうち一人だけは丸腰でなぜか白いローブを着ている。護衛達は目の前で貶されながらも動じず、ただジッと黙していた。おそらく、バルドロスの言動に慣れているのだろう、とアランは推測する。そうでもなければストレスでやってられないことだろう。

 バルドロスは自分のすぐ近くにあった椅子に座った。アランから見て左側、方向からして北北東の席である。


 ふとアランがバルドロスの背後の護衛達が持っている金属の棒のような物を発見した。金属の筒に木やら黒曜石やらがついており、一見すれば楽器のようにも見えなくはない。だが、各領の代表が秘密裏に一堂に会するような場で楽器。というのは不自然である為、アランはダメ元でバルドロスに聞いた。


「バルドロス、護衛達が持っているのはなんなのだ? まぁお前のことだから教えないだろうが」

「そうだな、教えるわけが無い。まぁ魔導杖のようなものだとでも言っておこう。……まぁ君の国の魔法研究の情報と等価交換なら検討はするがね?」

「ふむ……考えておこう」


 バルドロスの研究成果であるために多少興味がそそられたのか、前向きそうな声音でアランは返答した。性格に難があるとはいえ、やはり科学者という新しい職業の権威が発明した、という物には相当な価値や力があると見たからである。

 何やらわけのわからない数字を一心不乱に紙に書き続けるバルドロスを横目に見ながら、再びアランは目を瞑った。


 再び静かな空気が流れる。

 流れるのは紙に何かを書きこむ音と、微かな呼吸音。そして古龍などの鳴き声。


 そんななか、アランはファンファンロの方へと振り向いて提案するように言った。


「今ならまだ自由にしていて良いぞ? 久方ぶりの“家”なのだから、飛んでくると良い」

「……お気遣い感謝いたします。ですがまぁ……嫌われているみたいですから。遠慮しておきます。それにこの空は狭いですし」

「……そうか」


そう言うと二人はまた沈黙し、精神を集中し始めた。他領の主を探すために。


数分後、とある異変に真っ先に気が付いたのはアランだった。


「南東方向……獣共が伏したか……報告通りなんともまぁ強力な魔法だな」

「『聖獣女王せいじゅうじょおう子守唄こもりうた』。いかに強力な獣でも安らかなる眠りに引きずり込むという僧侶最高の魔法、か」


 紙から目を離し、アランと同じ方向を見ながらバルドロスが言った一つの魔法の情報。それにアランは感心したように目を見開いた。


「まさかお前がそんな情報を知っているとはな。意外とは言わぬが少々驚いた」

「俺は政治家じゃねえから君とは意味合いが違うだろうけどな。情報は研究にも必要不可欠だ、情報とは誰にとっても等しく重要で絶対的な力を持っている。たとえ……それが嘘の情報だとしてもな。あぁ、別に君からの魔法技術提供を疑っているわけでは無いよ」

「…………まぁな。そもそも我がそのような輩でないという事ぐらい、お前もわかっておろう」


 そうアランが言うと、バルドロスは微笑むようにその仮面のような顔……というより口元をゆがめた。アランもそれに苦笑するように返す。バルドロスは再び視線を紙に向け、また何かを一心不乱に書きつづりはじめた。そんな友人を横目に、内心でアランは舌打ちをする。


(技術交換で価値が引くければ、こちらもあまり多くは供与せず、という事か。威圧なんぞかけおって……まぁこのような場で話すのならば仕方がないのかもしれんが)


 といったことを考えつつ、アランは振り向いて背後の家臣に注意をする。


「ファンファンロ、起きろ。だらしがないぞ。抗い難いことは知っているが、護衛たるお前がこのような魔法に負けるなどあってはならんだろう」

「うっ……くっ、も、申し訳ございません魔王様、これ……かなりキツイ、ものでして……なんとか、持ちこたえてみせます……」

「そうか……ならば良いが。立ったまま寝るとはなかなか器用だな」


 アランが茶化した言葉に軽く顔を赤くしつつも、ギリギリ範囲内に入っている為に『聖獣女王の子守唄』の効果でうつらうつらとしているファンファンロ。なんとか襲い来る眠気を堪えること数分。魔法の詠唱が止まると同時に、椅子に座る二人と侍従長の耳に、軽い足音と金属音を発する鈍い足音が聞こえてきた。

 魔法の解除により、眠気が取れて脳がはっきりと働くようになったファンファンロが主人に語りかける。


「この魔法は……サーシル・フェルトリサス、ですね。となると……もう一つのあの音は……」

「“黒服”、とやらだな」


 十六年前にはついぞ聞くことの無かった、謎の人物についての情報を思い出しながら。アランはかつて自身を殺した、勇者の仲間の魔力を感じ取っていた。

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