修羅
巨大な倉庫の脇に生えた木の陰に、アラン達は隠れていた。
「男が……十三人と女が二人。片方はあの小娘だな。……注意すべき者としては八階位魔法を使った奴くらいだが……この姿でもどうということは無いな」
九階位、“英雄級”魔法である『
一見すると子供の遊びにおける無効化の重ね合いのようにも思えるが、階級としては一段回上の魔法ということもあり、習得にはさらに才能と修練が必要となる魔法である。
「『
人間の姿をしているアランは、二つの魔法をメイルに付与した。メイルは薄い光に包まれると、その姿を忽然と消す。その後、メイルの姿があった虚空から声が聞こえてきた。
「姫様怯えていらっしゃいますね……早く救出しましょう魔王様。合図を」
「……あの娘、我を玩具のように扱っておきながら誘拐犯なぞに怯えるなよ……」
一応の魔王としてのプライドのためかアランは顔を
「『
倉庫の中にいる犯人達から突如として動揺する声が聞こえてきたのち、アランが最後に唱えた呪文のあとに倉庫の窓から眩いばかりの光が溢れ出てきた。
「『
アランの魔力から発生した筒状の空気の空間が、倉庫の向こうにいるフェアだけに聞こえるよう、優しく、声を送る。
『げ、下僕……? な、何が起こったの…? 誘拐犯達が私のところに集まって来たと思ったら、急に目の前が真っ暗になったのよ! あなたがやったの……?』
動転して、怯えたフェアの声を聞いて、犯人達に暴れ怒る自身の心を落ちつけるために深呼吸をして、「……そうです。今から救出す……します」と、言った後に魔法を切った。
「予定変更だメイル。我が行く」
「何故ですか? 魔王様が出る幕でも無いと思うのですが」
アランは“犯人達に向けた”溜息をついた後に、ドス黒い怒りの籠った声で唸る。
「……女性であるお前に、男の欲望の滾った汚らわしいものなど、見せるわけにはいかないだろう。あの小娘が襲われそうになっていたから、魔法を使った。……腐った外道共には制裁を与えねばならん、わかってくれたか?」
メイルは嬉しそうな悲しそうな微笑みを浮かべて、了解の意を伝えた。
「メイルは……逃走した奴がいたら殺してくれ。まぁ、そんな奴は出さんがな」
アランは倉庫の外壁の隣に立って右腕を引き絞った。
「『鋼化(シュウシン)』。……フッ!」
アランが鋼よりも固くなった右腕を力任せに勢いよく放ち、壁に当てるとレンガの壁に人ひとりが通れるくらいの穴が開いた。勿論壁をぶち破ったからには瓦礫も生じ、一撃によって勢いよく飛んだいくつかの岩石が、壁の前に居た男を原型も留めぬ程に吹き飛ばした。
視力が戻ったばかりの男達は倉庫の壁を壊したアランを見ると、一斉に剣を抜き殺気を放った。
「てめぇ! ……何者だ!! ルーク・セントハートか!!」
倉庫内にいる者達はそれぞれかり腕ききの戦士なのだろう。彼らから発せられる一般人や有象無象の兵士であれば、思わず失禁して逃げ出したりするであろう殺気を浴びながらも、されどアランは平然と立っている。
それはそうだろう、彼はそんな凡百な力を持つ者ではないだから。逆に、この世界で最強の生物と言える人物なのだから。
「修羅だ」
このアランが発した短い言葉のあと、一方的な蹂躙が開始した。
◆◇◆◇
まずアランは、燃え盛る炎の鎧に包まれたフェアをどうにかして人質として使えないかと近づく男に向かって、何かを握るようにして右手を伸ばした。
「『
右手で何かを潰すように握りしめると、先にいた男の心臓が破裂して、口から血を吐いて即座に息絶える。
「な……闇属性の英雄級魔法だと……!!」
アランのすぐ近くにいた皇帝級魔法を使った男が叫んだ。しかし、勿体無いことをしただろう。この一言でヘイトを稼ぎ、寿命がほんの少しだけ縮んだのだから。アランが次に標的に選んだのはその男。
アランは瞬きの間に男の目の前に現れ、対象の頭を鋼鉄の片手で鷲掴んだ。そして力を入れ、……鮮烈な赤い花が一瞬咲いた。
「ば、化け物め!!」「死ねぇ!!」「くそったれがぁ!!」
三人の男が剣を振りかざしてくる。戦う者としてその剣速は中々のものだが、アランに魔法を唱える時間を与えてしまった。
「『
アランは両手で、三人の男にほんの軽く触れた。
「な、なんだこれ……か、体の感覚がねぇよ……っ!!」
男達の体は頭を残して瞬時に凍り付いていた。足先から手先まで。血液が回らないためにこのままでも死ぬだろうが、アランは両手を合わせて振り上げると、一人ずつ頭から腹のあたりまで交互に振り下ろした。
「や、やめてくr」「死にたくn」「何なんだよぉ! お前はぁ!!」
アランは返り血も気にせずにポツリと呟く。
「あと、七人か…」
アランは凍らして砕き、電撃や炎で焼き殺し、風で切り裂いた。
☆
残る誘拐犯は二人、守るられるように奥に逃げていた女と、その前に立つ二メートルもあろうかという大男だった。アランはリーダーだと認識した女性に対して上位者として問いかける。
「何故お前らはあの娘をさらったのだ?」
「ゆ、勇者を、つ、捕まえる為だ……です」
「何故勇者は狙われておるのだ……?」
「し、知らないわ……知らないです。わ、私達はお金の為にただ……ど、どうか命だけは……」
アランはメイルからルグリウスの話を聞いた時と、同様レベルの憤怒の感情を得た。
(これだから、人間という畜生は……! 己の欲望の為に、他人を簡単に陥れる!)
「その願いの答えは、駄目だ。……が、質問の答えを嘘偽り無く答えたからな」
「じゃ、じゃあ!」
女と大男の目に一筋の希望の光が灯る。
「冥途の土産に教えてやろう。我の姿を」
アランは『
「我の名はアラン・ドゥ・ナイトメア。復活した魔王だ! 『
アランの姿に恐怖した二人は、ふいに操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。脈は止まり、呼吸も止まっている。
そのような異常な光景に視線もくれず、静かに周りを見渡した後、血が散乱している倉庫の様子を見て溜息をついた。
「『
倉庫の中に散らばった血や、死体の中にあった血。さらにアランの服に染み込んでいた返り血が浮き出してアランの右手に収束し、真赤な球体になった。十四人分の血はさすがに巨大だが、周囲の血が集まりきると、どういう原理か解らないが小さく圧縮されて結果的に小指の爪程まで小さくなった。圧縮の影響でか非常に硬質なその血液の塊を、アランはそのままポケットにしまう。
「さて…、『
魔法が解除されて姿を現したメイルが傍に来て、アランは魔力で出来た黒い鎧を身に纏っていた者と同じ目線になるように座って話かけた。
フェアの服や髪は乱れ、頬が軽く腫れていた。フェアは眉を下げながらアランとメイルを交互に見比べ、二人はそれに微笑み返す。
すると、フェアの目から大粒の涙が零れてきた。ポロポロと流れ、やがて溢れて止まらなくなった。
フェアはまだ子供である。どれだけ美しかろうが、どれだけ普段の性格が高飛車であろうが、それは変わらないのだ。齢十五歳の少女にとって、どれだけ怖かったことか。
アランは泣きじゃくるフェアを優しく抱きしめた。親が子を抱きしめるように、夫が妻を抱きしめるように。
メイルも傍にしゃがんで寄り添った。
倉庫の中には少女の嗚咽だけが響き渡る。そしてその少女を、優しさが包み込んでいた。
フェアが泣き止み、アランは二人に問いかけた。
「では、帰りましょうか? メイル。そして、我がお嬢様」
「ええ。そうね」
「はい。魔王様」
“
倉庫には見えないところに隠された十四体の人間のミイラと、少女の涙のあとが残るだけであった。
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