温和な奴でもブチ切れる
山から下りて来るのは一人の男。いや、屋敷があるのは頂上に近い場所のため、登ってきたという表現の方かもしれないが。
細身ながら屈強な体つきをしたそこそこハンサムな男だ。ただ、疲れたのか荷物を降ろして前かがみになっていた。
降ろしていたバックを再び背負い、屋敷の方へと向かおうとすると、男の目に二人の人物が目に映った。
一人は短めの金髪の、シンプルな白と水色のドレスを着た帯剣をしている美しい女。もう一人は何故か執事服を着た髪の一部が白い男。
良く見ると、執事服の男の眉間に皺が寄っていてかなり怒っているように見える。女性は山を下りてきた男に剣に手を添えながら近づいてくる。
山から下りてきた男は護身用のものだと思うが、剣を取り出して構えながら叫んだ。
「誰だお前らは! 俺の首を狙いに来たのか!!」
その言葉を聞いた執事服を着た男アランは、指の関節を鳴らす。バキリ、ベキリと尋常ではないほどの音が聞こえ、相当怒っているようだ。
二人と一人、両者の距離が十メートルほどになった所で、アランが怨嗟交じりの唸り声を吐いた。
「貴様ァ……あの時は良くもやってくれたなぁ……!!」
男は何か聞いたことのあるような無いような……とでも言いたげな表情をした。目も良いアランは、そんな男の表情をとらえて更に眉間の皺を深くする。
そして、アランはとある魔法を解除した。
「『
狼の頭に鹿の角、そして三メートルを超す巨体を持つ相手を見て、下山してきた男。いや、ルークは心底から驚愕した。ルークは武器を投げ捨て、かつての敵に“頭を下げた”。
今度はアランが驚愕する番である。まさか、“勇者の剣”が無いからと言っても自分勝手な正義感は異常に強かった、あの勇者……ルークが頭を下げたりするとは夢にも思っていなかったからだ。
だが、他に武器を隠し持っているかもしれないと、警戒しながら近づいていく。
「敬愛する、魔王アラン・ドゥ・ナイトメア。貴方の怒りはこの“元”勇者、ルーク・セントハートが甘んじて受けよう。だから頼む、私の娘にだけは何もしないでくれ!!」
アランはルークの台詞を聞き、自分の頭の血管が幾本か切れた気がした。
「敬愛するだと……? 貴様なんぞに言われたくは無いわ!! ……それと今、“元”勇者と言ったか? どういうことだ……それに、娘と言ったか? ……『
アランは脈絡なく魔法名を呟いた。声のトーンの落差が激しく、聞いていると滑稽なのだがその表情はいたって真面目である。そして、その頭をルークとは反対の方向に向けた。そうするに山の麓の街に向けて。
メイルも首を傾げながら、フェアの魔力をついさっきまで感じていた方向を見やった。
『
この八階位に位置する魔法を会得するには才能と努力、どちらが欠けても会得が極めて難しくなるもの。その上の九階位などは、さらに凄まじい才能と努力が必要とされる。
八階位の魔法など、軍の将軍クラスが持っていれば良いレベルの魔法なのだ。
「……何故あんな魔法が発動したのだ? ……ん、“
アランが呟くと、彼の地面に映る影から黒い腕が生える。すると、その腕が伸びて、飛来した何かを掴んだ。
「矢ぶみ……」
アランが掴んだ矢には紙が結び付けられていた。アランが鋭く長い爪が生えている手で、器用にその紙を広げた。
アランは溜息をつき、メイルは眉根を顰め、いつの間にか近くにいたルークは文面を読んで目を見開いた。
「勇者……貴様、指名手配などされているのか……? 面倒なことばかりしおって」
「ああ、フェア……助けに行かねば……!」
「待て。ルーク・セントハート。今の貴様が誘拐犯共に勝てるわけがないだろうが。我を倒した時の魔力の欠片すらない貴様が」
そう、フェアは誘拐された。賞金首の勇者を安全に捕まえるための人質として。
(……つくづく迷惑しかかけない小娘だな。…そんなところがどことなく彼女と似ているんだが)
と、アランは内心で呟く。
「じゃあ、どうしろと言うのだ! 貴方が助けてくれるとでも言うのか!!」
アランは心底面倒くさそうに、されど大胆不敵に笑った。
「その通りだ。貴様の娘を助けなければ、我は復活できんからな」
その言葉を聞き、今まで黙っていたメイルがしっかと首肯する。それとは対照的に、状況を把握していないルークは大いに戸惑った。
「そ、それはどういう……」
「ここで、我が娘を助け出すのを指をくわえて待っておけという事だ!!」
アランは杖の先を地面につき、立て続けに魔法を発動させる。
「『
そして、杖と両腕を前につきだし、
「『
と、アランが言うと三人の目の前の空間に巨大な歪(ひず)みが出来た。
「行くぞ、メイル」
「了解しました、魔王様」
ルークが呆けていて、ハッと我に返ると二人は目の前から姿を消していた。
彼は娘の無事を神、そしてアランに祈った。
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