6 ~帳の無少女~


 それは丁度、あたし達が城北中央公園の陸上広場に着いたときだった。



「お……ねがい、トモナ……! 私、を……弟の、五和夫いわおのところに、連れて行って……!!」



 私の衣装ドレスの裾を薄弱な手で掴む、花緒はなおさんの消え入りそうな声にお願いをされてしまえば、断る事なんてできない。

 やせ細った見た目以上に軽いお姉さんの体を抱えて、飛び出したマンションからほど近い運動公園。その中で嫌な気配を感じた。

 かすかによぎる不安も捨て置き、園内へ踏み入れた足を、あたしは迷わず進める。

 大きな獣の暴れる気配を頼りに陸上広場へ辿り着く。そこに、見知った少年少女達が七人た。

 それを目にした途端、既知の顔が五つに減ったのだ。

 目の前に並ぶ人物の数は変わらない。


「うっそ……」


 現場について早々、離れていてもギリギリ耳に届くミサキさんの推理を聞いても、にわかには信じられない。

 けれどそれは、いつかルナちゃんの認識にんしき疎外そがいが解けた時と似たような感覚だった。ともすれば目の前の光景もまごうことなき真実だ。

 あれは多分、永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんだ。二人が、魔法少女へと変身した。

 それぞれねずみ色、若葉わかば色と基色きしょくは違うものの、透き通った紫色のショールを羽織はおる同じ意匠のはかま姿は、認識こそすり替えられていても双子のようだと分かる。双子ふたごコーデだと言われればそれまでだが。

 しかしこれで深輝みきちゃんやあたしに加え、双子ちゃんまでもが魔法少女になった。変身していないミサキさんを除いても、抵抗分子が四人に増えたこの状況は、ディザイアーからすれば由々しき事態だろう。

 そのとき、倒れた木々の上でこちらの様子を窺っていた、鳥っぽい巨大な影の怪物が動いた。

 推察がディザイアーとシンクロでもしたのか、あたしが双子魔法少女の存在を認知した途端に、光を寄せ付けない影の翼が強く羽ばたいたのだ。


「「「きゃあっっ!!!!」」」


 微かに鳥型ディザイアーの初動を見納められたか、と思った瞬間、六人の少年少女達が散り散りに吹き飛ばされる。

 その衝撃から花緒はなおさんをかばい、再び向けた意識の先で、あたしはさらなる驚愕に見舞みまわれた。

 吹き飛ばされたミサキさん達は、存外、転げ飛ばされた程度のもので、彼女達を突き飛ばした衝撃の主は、影の怪物ではなかったのだ。

 先程と同じ場所に、実際の衝撃の主たる彼女は立っていた。

 ねずみ色の衣装を身にまとう、世間一般的には可愛いと評されることは少ないであろう灰がかった髪の少女が、羽を大きく広げた鳥型ディザイアーを両手だけで受け止めている。


「マジ……? 魔法……使って無いっしょ、コレ」


 それは、かつて環状七号線でリサ先輩と共に魚ガエル型ディザイアーに吹き飛ばされた時以上の衝撃だったはずだ。それなのに、ねずみ色の袴少女は地面を踏み締めるために右足を少し引いているだけで、そこから一歩も動いていない。

 つまりイワオくんや小鞠こまりちゃん達が転び飛ばされた衝撃は、とてつもない量のエネルギーをたった一人で受け止めたねずみ魔法少女まほうしょうじょが、空気や地面から伝播でんぱして替わりに発したものだったということだ。

 転がったままのミサキさんの呟きが本当なら、彼女の素でのパワーは、魔法を使えずとも大型のディザイアー達と大立ち回りをしてみせるルナちゃんと同じくらいのものだろう。

 渾身とも見て取れる一撃を放った鳥型リザイアーは、いとも容易たやすく受け止められたことに反発してか激しく翼を奮わせる。


「アカンお姉ちゃん!! 逃げて!!」

「ちょヤバっ、エイミー!!」


 若葉わかば色のもう一人のはかま少女と、探偵少女の叫びをうるさい羽音が遮った。

 影の巨鳥を中心にして、瞬く間に広がる微かにしか見えない白い膜が、ねずみ色の少女――永未えいみちゃんごとその足元の芝草をちゃ色に染めあげていく。


「お姉ちゃん!!」

夢香ゆめかに、手ぇ出すなアホ!!!」


 彼女の周りに転がった中で、一番近い場所に留まった若葉わかば色の少女――夢香ゆめかちゃんに白い膜が迫らんとする。一歩手前。欲圧を放つディザイアーを、永未えいみちゃんが弾き飛ばした。

 夢香ゆめかちゃんに触れかけた薄い白膜はくまくは、公園の林に飛ばされた黒い巨鳥きょちょうもろとも遠ざかる。


「エイミー! ダイジョブ……いやなんで大丈夫なん?!」


 彼女を除くこの場の誰もが、口を開け、目も見開いていた。

 理由はミサキさんの驚きと同じだ。足元の芝生や、弾き飛ばされたディザイアーの周りに倒れた木々が白やちゃ色に枯れている。それなのに、思いっきり真正面から受けていたはずの、怪物を飛ばしおおせた手をはたき合わせる永未えいみちゃんは、何事もなかったかのようにピンピンとしている。

 今の欲圧よくあつがどういったものかはよく分からないけど、命を脅かす危険なものなのは、目に見えて明らかだ。

 永未えいみちゃん達が魔法少女だったことにもびっくりだったけど、彼女の異常なまでの性質にはさらに仰天させられる。

 しかし、ねずみ色の魔法少女にばかり気を取られている場合じゃない。あたしの腕の中には花緒はなおさんがいるのだ。戦うにしても、誰かに護っていてもらわないといけない。

 ひとまず『深輝みき』ちゃんの元へ行こう。

 彼女のそばに集まる、ミサキさんと音子おとこちゃんに花緒はなおさんを預けようと近づくが、そこで無意識下で感じていた異変をあたしははっきりと認識した。

 そう黒い和服ドレスの魔法少女の姿をしているのは、なのだ。


「えっ――と……み、ルナ、ちゃん? ……だよね」


 凛々しくディザイアーを警戒する姿勢、公園の照明灯に煌めく紫紺しこん双眸そうぼうすそがスカートのように広がった着物衣装ドレス、それらは、後輩の少女ではなく野良のらの魔法少女ルナちゃんの特徴だ。けれども今、あたしの目には、名古屋の時のように彼女は深輝みきちゃんとして映っている。

 あたしの呼びかけに、漆黒しっこくの魔法少女は鳥型の巨影へ向けていたものとはまた違う、きびしい表情で振り向く。


「その反応……やはり、トモナも今の私は、あの子として見えているのね……」

「あ、やっぱそれって認識にんしき疎外そがい、出てないカンジだったん」

「ええ……すぎ小鞠こまりや双子はともかく、いぬ探偵、あなたに見られるつもりは毛頭なかったのだけれど」

「は、は……辛辣ぅ」


 分かりやすく苦々しい表情を見せるルナちゃん。そんな彼女の衣装はこれまで、多様な色の変化をさせてきた。けれど今は、光を全く寄せ付けない墨染すみぞめの和服姿だ。

 頭上の都会の夜空と同じくろな姿は、初めて見たということもあるが、その異質、異常さをきわ立たせているようにも感じる。 

 林の中でもがくディザイアーの様子をうかが漆黒しっこくの少女の、普段であればとうに全快しているはずの魔力が微塵みじんも回復しない、と続ける声色は、気丈きじょうに見えてどこか不安を感じさせるものがあった。

 魔力が”少ない”、ではなく、”無い”状態である以上は、魔法少女の形をしているだけのただの人間。というルナちゃんの自虐じぎゃくてきな言い表し方は好きではないが、あるいはそれが現状の全てかもしれない。

 もしかしたら、彼女かのじょ自身、気付いていなくとも心細いのだ。


 しかしそれは仕方がない。

 戦う力を、身を守るすべを持たずに凶大な暴力を目の前にするということは、否応いやおうなしに死を宣告されることなのだから。


 普段あの影の怪物と戦っていたルナちゃんからすれば、なおのことだろう。

 気休めでもいい。あたしでも何か力になれることはないかと、彼女へ寄り添おうとしたその時だった。

 お腹の下辺りが、ギュッと締め付けられた気がした。

 急に体が重くなる。


「ぁえ――?」


 それどころか、軽かったはずの花緒はなおさんさえも、ズシン、とがたい重量をあたしの両腕に課してきたのだ。


「わっ! っちょ、ぷぎゃ!!」

「きゃっ」

「『ぷぎゃ』って、あなた……。――ってその恰好かっこう!」

「あたた――へ?」


 抱き上げていた花緒はなおさんを支えきれずに、あたしは前のめりに倒れる。その直前に弾けるようなまたたきが起きた。

 それに気付いてか否か、ルナちゃんの声に突き動かされるように、尻もちを着かせてしまった花緒はなおさんもよそに体を確かめる。あたしもはっきりとした違和感を感じたからだ。

 その違和感の正体を、見下ろした自分の服の色を見て納得した。

 こん色の服。臙脂えんじ色のすそをした白いスカート。暗がりの中とはいえ、見間違みまちがえなどしない、西城北にしじょうほく中学校の制服だ。


「と、トモナ……? ごめ、ん、重かったよね」


 突然とされたはずなのに、それでもあたし気遣きづかってくれる花緒はなおさんに首を振りながら、あたしは魔力を込め上げる。それに呼応して、胸の奥が熱くなっていく。いつもと変わらない感覚だ。けれど、それ以上のことが出来ない。

 間違いない。変身が解けたのだ。

 いや、それどころかこれは。


「ともなー、もしかしなくても、魔法まほう解けたっつーか使えんくなった感じ?」

「た……多、分……?」

「「なんで?」」

「まさか、あの怪物の影響でトモナも魔力が――!?」

「ううん。さっきの攻撃は受けてないよ」


 同じタイミングで、似たような症状が起きたのだ。ルナちゃんがディザイアーの欲圧よくあつを疑うのは、状況的に至極しごく当然だ。だが、あたしの場合、魔力は問題なく練り上げられる。

 もし欲圧の影響だとするなら、あたしとルナちゃんとで現象が逆転しているのはおかしい。

 ただ、一つだけ思い当たる、腰がきしむような久しいこの感覚が関係あるとしたら、少しまずい。


「こ、小鞠こまりちゃん、どうしよ……。あのポーチ、修学旅行のとき旅館に忘れてきたかもしれない」

「は…………? ポーチって……。え、ちょっと待って。まさか、それで魔法少女の変身へんしんが解けたっていうの?!」

「ど、どうだろう……。魔法少女になってからは特権の格安で買えてたお薬で止めてたからよく分かんないのと、今それ以外に考えらんなくて……。み、ミサキさんっ」

「え? どゆこと。なんで今あーし振られたん? ……あー。えっと、もしかして女の子の――」

「わっわー!」

「――だと魔法少女になれない的な話?」


 緊急事態とはいえ、イワオくんがいるこの場ではっきりとを口に出されると、流石さすがに恥ずかしい。

 途中をさえぎった申し訳なさと、改めて周知される恥ずかしさを払拭するために、強めに首を縦に振る。


「んんー。っても、そんなんで変身できないとかみたいな話は聞いたことないけどな……。別に重そうとかってカンジでもないんでしょ。まぁ、そういうときの女の子は出動免除されたりはするけど、でもやむを得ないときとかはみんな普通に魔法まほう使えてたかんね……」

「なんにせよ、ミキちゃんとともちゃんが戦えへんねやったら、ようはうちがアレを倒したらええんやろ。話はカンタンやん」


 目下の問題に頭を悩ませる戦えない中高生組とは違い、ねずみ色の魔法少女は自信満々な顔でディザイアーへと立ち向かっていく。

 しかし対して、人類を長年くるしませてきた影の怪物は、そう易々と、あたし達小娘の思う通りにさせてはくれない。させてくれるわけがなかった。

 グルグルグル。とディザイアーは真っ黒なくちばしからうなり声を漏らす。倒木を押しのけ起き上がった影の巨鳥が、大きく羽を広げた。

 はばたかせる翼は力強く、

 たちどころに突風が吹き荒れ、

 螺旋らせんを描き、怪物はそれに乗る。

 きらめく一等星を背に、

 ただようように闇夜へ舞い上がった姿は、

 くやしいが、幻想的な印象を受けた。

 いでいた夜空を破り、さらに強く、

 いけだかに羽を震わせる。


「にゃあ……! みにゃ――ミサキさん!」

「分かってる! 噛みまくりっしょ。あのふるわせ方はマズイ、さっきまでの比じゃない!」

「ちょ、えー、あれは届かへんて……」


 恐らくは、むらさき色に染まった時のルナちゃんの勢いでも届くかどうか。そんな高さまで飛び上がった鳥型ディザイアーの激しいはばたきに、ミサキさんと音子おとこちゃんが取り乱す。


「ど、どういうこと!? ミサキさん」

欲圧よくあつの前動作がデカいんじゃん。さっきの二回の欲圧から逆算するなら、アイツ、ここら一帯いったいを――ワンチャン練馬ねりま板橋いたばし池袋ブクロの方までおおう範囲でいのちっつー命をらい尽くすつもりっしょ!!」

「「「!?!?」」」


 練馬ねりま区に板橋いたばし区。今、避難区域がどこまで広げられているのかは分からないけれど、それでも確実に避難している人達が巻き込まれる規模だ。そうでなくとも、ここには小鞠こまりちゃんに花緒はなおさんが居る。

 それはダメだ。

 なんとかしなくちゃいけない。けれど、百メートルは越えていそうな程までに高く飛んでいる鳥型ディザイアーには、仮に魔法が使えたとして、テリヤキの炎魔法でもギリギリ届きそうにない。

 他の魔法少女が到着する様子も、情報もない。どうしたらいいのか。

 そうこうしているうちに、鳥の大型ディザイアーの羽振はぶるいは、地上にいるあたし達の耳でもうるさく感じる程に強くなっていく。

 こんなとき、リサ先輩なら、どうするのだろうか。あるいは愛美あみちゃんなら、檸衣奈れいなさんなら、カリンさんなら、どうするのだろう。

 次々とベテランの魔法少女達が思い浮かんでしまう。

 でも、今ここにいない人を頼っていては、強くはなれない。

 およごしになりそうなお尻を叩き、目を覚まさせるためにほっぺたもキツく叩き付ける。


「ど、どしたともなー。急に。恐怖でマゾにでも目覚めたん??」


 魔法が使えなくて、変身すらもできない、魔法少女まほうしょうじょになれないくらいで、弱気になっていたら、誰がみんなの笑顔をまもるというのか。

 胸の奥のテリヤキに、鼻で笑われたような気がしたのだ。

 自分で、自分達の力で、こんな状況を打破だはしなくては、テリヤキに文句を言うこともできない。

 そう思い、頭上で『よく』を溜めていく怪物をにらみつける。それでもやっぱり、足元の広場が急に開いて、鋼鉄の魔法戦士アイアンハートが登場してやっつけてくれたりしないものか、と考えてしまう。

 あの、メイデンさんの操る巨大ロボットは、忘れることなどできない凄まじさだった。凄いと言えば、初めてルナちゃんと一緒に戦った時の彼女も凄かった。

 悪況の突破力だけで言うなら、鋼鉄こうてつ魔法戦士まほうせんしの最後の一撃を例外としても、あのときのルナちゃんは彼(?)と並ぶものがあった。

 そこまで思い起こしたところで、頭の中でなにかがはじけた気がする。

 視界の端には、漆黒しっこくの衣装に身を包む、ルナちゃん。

 凄い。そう凄いのだ。強く魔力を込められたルナちゃんは、巨大ロボットは、どんなものでも打ち破ってしまいそうな魅力みりょくを放っていた。

 何かと何かが、繋がる。結びつく。


「ルナちゃん!」

「は、はい!?」


 あたしの呼び声に、戸惑いながらも確かに見つめ返してくれる親友せんゆうへ、あたしは体を向ける。

 自分の手を見下ろす。学校のブレザーから伸ばすこの弱々しい手では、まもれるものはほとんど無い。けれど、誰かの手を取ることは出来る。誰かと、手を取り合うことは出来る。

 この手を、あたしは視線と共に彼女へ差し出す。


「お願いルナちゃん。力を貸して。あたしの力も、精一杯、ありったけのちからを預けるから!」


 あたしの手を、目を、力強く射抜いぬき頷く紫紺しこんの瞳に、が点いた。

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国家魔法少女 ふれあ🔥トモナ 2089 石倉 商兵衛 @ishi5shou

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