0-2 ~野良の少女~



 栃木県とちぎけん某所の地方都市。

 とある大型デパートの駐車場を中心として様々な悲鳴が飛びう中、その流れに逆らうように走り、あたしは群衆から飛び出して雄叫おたけびを一際ひときわ大きく響かせる。


「はぁぁぁぁあああああっ!!」


 それと同時に振り抜いた杖は、燃え上がるようなあか色。

 騒ぎの中心に鎮座ちんざしていた一軒家ほどもある巨大な黒い影が、突然見えない何かによこぱらを殴られたように吹き飛ばされる。

 杖に込めて放ったあたしの魔力で、強く撃ち抜いたのだ。

 かめのような姿をしたそれは、駐車場の旧使用のアスファルトをその巨体で削りながら転がっていく。

 勇声ゆうせいと吹き飛ばされた巨影が響かせる轟音に人々が振り返るそこに、あたしあか色の杖を振り切ったままの姿勢で軽い跳躍から着地した。

 色を基調きちょうとした、ドレス風の衣装姿すがたを目にめた買い物客やデパート店員達が、巨大な影から逃げまどっていた足を止め、様々に歓喜かんきの声を上げる。


「ま、《魔法少女》だ。た、助かったぁ!」

「やっと来てくれたわ! お願い、あれを倒しちゃって!」


 次々と掛けられる声援せいえんに自信満々な笑顔を返して、あたしは両手に持っていたあか色の杖を右手に握り締める。


「よっし、いっくよー! 覚悟――!!」

「勝手に突っ走るな!!」

「あだっ」


 飛び出そうと屈みかけたところで、後頭部にドコッ、と衝撃を受けて前のめりになる。

 頭を押さえ、涙目で振り返ったそこには、握り拳を突き出して仁王におう立ちする白銀しろがね山吹やまぶき色の衣装をまとう少女。その後ろにもう一人、黄土おうど色の衣装の少女が立っている。


「リサ先輩せんぱい~~! 痛いじゃないですか。たんこぶできたらどうするんですか」

「たんこぶ程度で済むなら十分! あれに不用意にっ込んでまともに攻撃くらうよか、よっぽどマシよ。アンタはまだ魔法少女になったばかりなんだから、無茶すれば本当に大怪我するわよ」

「うっ……」

「それに、いくら魔力が多いっていっても、魔法もろくすっぽ使えないんじゃどうしようもないでしょ」

「そ、それは……」


 リサ先輩と呼んだ山吹色の少女は新米しんまい魔法少女であるあたしをいつもの調子でいさめると、背中にたずさえる一振りの白銀しろがねの剣を抜き出す。


「下がっていなさい。アンタにとっては初めてのたい《ディザイアー》戦で気持ちが早るのも分かるけど、ここは私達に任せてあいつの浄化たおし方をよく見ていて!」

みんなも危ねえがら、下がって避難しどっでね~」


 山吹やまぶき色の少女がけん下段げだんに構えて前に出るのと合わせて、黄土色の少女はなまりの強い声で周囲の逃げ遅れた人々に呼び掛けながら、あたしの肩を抱き寄せて下がらせる。何のふくみもないような黄土おうど色の少女にかけられる笑顔に、あたし抵抗ていこうもなく彼女と立ち位置を入れえられた。


「さて、と。スゥ……『山吹やまぶきに輝く鋭刃えいじんよ。しき影を、じゃ御霊みたまを切りかん!』」


 相棒とも呼べる少女の気配を感じ取り、リサ先輩が叫ぶと同時に剣のが薄く光をともすと、先輩はディザイアーに向かって真っ直ぐに走り出した。


愛美あみ! バックアップお願い!」

がった!」


 顔だけ向けられた指示に、愛美あみと呼ばれた黄土おうど色の少女は打てばひびくように返事をする。黄土色の少女が持つは一ちょうくわ。彼女が大きな身振りでくわを回し舞うと、かすかリサ先輩の全身が発光する。

 それに呼応こおうするかのごとく亀型ディザイアーは「クォアアア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァ!」、と雄叫びを上げて起き上がると、自身へ一直線に向かってくる山吹やまぶき色の少女目掛めがけて、その鋭いあぎとをこれでもかと言う程に広げおそい掛かる。

 しかしそれに対する山吹の少女は、まるでその反応が分かっていたのかと思ってしまう動きで、タイミング良く巨影の咀嚼そしゃく攻撃を一重ひとえ二重とかわす。そしてそのまま一連の動作の流れとして、亀型ディザイアーの横腹を白銀の一閃で切り払った。

 するとたった一太刀ひとたちが浴びせられたのにもかかわらず、幾筋いくすじもの斬撃がディザイアーの巨体を襲う。


「ッ……ギ………!」


 まるで悲鳴をこらえるように大きな亀風のきばを歯ぎしりさせて、斬撃を放った山吹の少女の方を向き直すディザイアー。

 その様子を見てニヤリと笑うリサ先輩は、今度は中段右横に剣をかまえる。

 お互いが次の攻撃へ打って出ようと一歩み出したその時、この場の誰も予想し得ないことが起こった。

 突如とつじょ、亀型ディザイアーがズドッ、というにぶい打撃音と共に、勢い良く宙に舞い上がったのだ。


「えっ」

「な、何っ!?」


 そのままディザイアーはリサ先輩の頭上を越えて、あたし愛美あみちゃんの目の前、一般の人達が避難して人っ子一人いなくなったデパートの駐車場に、小さなクレーターを作る。

 呆然ぼうぜんとディザイアーの行方ゆくえを見送ったあたし達三人の魔法少女は、少しの間を置いて思い出した様にディザイアーの元いた場所を振り返る。

 そこには、一つの影があった。小さなこぶしかかげた人影が。

 西にかたむける太陽のその下、南の上弦じょうげんの月を背に立つその姿はむらさきに照らされていた。


「今の、アンタがやったの? 他の魔法少女の出動連絡は受けてないけど、どこの地域の子。アンタ?」

「………」


 リサ先輩の声が届いていないのか、紫色の人物は同じ色の双眸そうぼうを、自身が殴り飛ばしたであろう仰向あおむけに倒れる亀型のディザイアーへ向け続ける。一瞬、その瞳とあたしの視線が交わったかのように感じた。

 対するディザイアーは、ズ……ズ……、と巨体きょたいらして起き上がろうともがいている。

 横目でそれをとらえていたリサ先輩は、自分の台詞せりふを無視した紫色の人物へ大きな剣尖けんせんと瞳を構え、後ろに向かって再度さいど口を開く。


愛美あみ。被害がひろがる前に!」

「んだ!」


 リサ先輩がくちびるを閉じきるまでもなく返す愛美あみちゃんは、言うやいなや自身と同じ黄土おうど色のくわを持って走り出していた。その足はすぐさま地面を蹴り、両の手と共に無数のを描くようにい踊る。あわく光をまとわせる柄先。彼女はくわの刃をその光の軌跡に乗せ、天に向けられたディザイアーの腹の真ん中、甲羅こうらの割れ目模様もようするどく突きつける。光の軌跡を辿たどるごとにを膨らませていったくわは、一切の抵抗もなくかたい甲羅を突きやぶった。

 重く鋭い衝撃に身を貫かれるディザイアー。反動で一瞬その巨体を浮かせ、お腹よりもかたいその背の甲羅から突き出たくわの先には、深紅の宝玉ほうぎょく禍々まがまがしく煌々こうこうと明滅して顔を出していた。

 

「……ッギ! ギゥェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 耳をつんざくような亀型ディザイアーの断末魔だんまつまに引きずられるようにその宝玉は暗い光をうしなっていき、ついにはパキンッ、とくだけ、粉々になりはかなく風にけ去っていった。


 失った深紅しんくの宝玉と同じように、影の体を風に去るディザイアーの《がら》は、その場に一抹いちまつの静寂を残して崩れていく。

 その静寂せいじゃくの中、初めに動いたのは紫色の人影だった。


流石さすがは、くにいぬと言ったところかしら。くさっても損害の大小を優先させるのは。――――本当に、腹立たしい」


 ひとごとのようにそう言い放ちながら、むらさき色の人影は現れたときと同じく、どこへともなく跳び去っていった。


「あっ! ちょ、待ちなさいアンタ。ちょっと……!」


 わずか視線をはずしたすきに紫色の乱入者の退場を許してしまった山吹やまぶき色の少女は、虚空こくうに消える自身の台詞をみ締めて、声にならない叫びで地団駄じたんだを踏む。

 そっとかたわらに立つ黄土おうど色の少女に肩をたたかれ、ようやく気を落ち着かせるリサ先輩。そこで黄土色の少女はその思いを声に出す。


「リサ」

「うん。あれは野良のらの魔法少女だ」

「野良……の、魔法少女?」


 遅れて二人の元へ立ち並んだあたしは、相棒に答えたリサ先輩の言葉に疑問をらした。


「そう。私たち日本にほん政府に所属する国家こっか魔法少女まほうしょうじょとは違って、魔法まほう精霊獣せいれいじゅうとの契約けいやく後も単独で活動してる野生やせい——じゃなかった、フリーの魔法少女よ。まさかこんなところで出合でくわすとは思ってなかったけど」


 事態の終息しゅうそくを察知した対ディザイアー機関や警察が遠くサイレンを鳴らして近づいてくるのを感じながら、あたしはどこか不思議ふしぎな感覚を残したまま、先輩せんぱい魔法少女たちにれられてその日をあとにした。




それから数か月後、再び彼女と出会うことで、あたしの人生という物語は、大きく動き出していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る