ひとり

吉行イナ

1、苔・血液・主にハサミムシ

体の日光が当たりにくいヶ所、主に顎から首の付け根にかけたなだらかな曲線

わきの下や下半身のほとんどにはうっそうとした密林特有に生い茂るのと同種の緑色のカサカサとした苔や手触りのいい山羊の体毛のようなシダ植物が皮膚に内包されて張り巡らされている血管から直接生え伸びていた。

元々体毛は濃い方なのだが全身の体毛は今やなりを潜めてしまっている。

唯一、皮だけとなりつつある痩せた薄い胸板だけには

「人間男児としての誇りを忘れるな」というがの如く、太陽の光を黒々とした剛胸毛が天に轟かんとばかりに吸収し直立していた。

空はいたって正常で以前のようにそのスケジュールを順当にこなしている。

湿った風は地上にはた迷惑な恵みをもたらしにやってきては弱り切った肌に

冷えた雨粒を落とす。やがて飽いては気まぐれに日を遮断する汚れた羊の毛皮色した雲を取り払い暑さで私の血液を蒸発させにかかるのだ。

体内の水分が損なわれると体のあらゆるところが痒くなった。

下半身は大部分が苔に覆われているため水気が保たれ、日当たり良好な胸部分はひりひりと赤く焼けただれてはいたがそれほど痒くはなかったのだが

そのどちらにも当てはまらない中途半端に人間と植物の性質を持ち合わせた部分は

到底我慢ができるものではなかった。

痒みを感じるその都度、皮膚を搔きむしった。首の付け根の緑と肌色の境界の苔の若草を指で引く抜くと痛みに心地良さとむず痒さが合いまった複雑な感覚を感じる。

そして濃く茂ったシダを根元から引きちぎるとそのひげ根にはどろっとしたカエルの卵にも似たゼリー状の血液が でゅるる と3センチほどの細長いまとまりになって浮き出てくるのだ。

 鉄臭さと生臭さの中にほのかな青みも混じった匂いを嗅ぎつけては

日影に潜む子虫の類、主にダンゴムシとハサミムシは好んで赤い慈養液を貪りに来た。

ダンゴムシの多くは律儀に皮膚伝いの表面からじっくりと舐めとっていくのだが

ハサミムシは少し違った。 滑らかに潤んだゼリーにおもむろに頭部先端の切っ先を突き入れたかと思うと勢いよく黒光りした硬い甲殻を血液の源泉であるシダを抜き取った痕にできた穴に目がけて滑り込ませた。

その穴の内部では雑に千切られた薄白色の繊毛らしき根と煮詰めた黒色のぶつぶつとした血合いが混ざりあい決別しきれない腐った恋人同士のように絡み合っていた。

直線的な日射が包むような陽光となり雨粒が心なしか小ぶりな粒子になり風自体が冷たさを帯びる頃になると

ハサミムシは赤には目もくれず白だけを食べるようになった。

苔も同じように何らかの変化を感じているのか以前よりも繊維の1本1本が太く柔らかくなっているような気がする。

私もそのうち重い腰をあげ動くことをしなければいけないのかなと思った。

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