第7話 償いは体で



 「なんだ?! 爆発か?!」

 「ビックリしたー。いきなりだもん。魔法なの?」

 「おーい! 大丈夫かー! 中に誰かいるのかー?!」

 

 ロイス・マリー前の道路は、突発的に発生した爆発事故でてんやわんやになっていた。内側から吹っ飛んだ玄関扉や散らばるガラス片、粉微塵になった小物などに気を付けながら人々は室内を覗き込み、または大声で呼びかける。

 

 「あい、ててて…………」

 

 粉塵が立ち込める食堂の中、アリスは上に乗っている背凭れの折れた椅子を退かして、ゆっくりと体を起こした。

 鼻をつく白色に濁った空気が充満している。玄関方面からくぐもったいくつかの声が聞こえてくるが、応答する気にはなれなかった。ワンピースの裾を持ち上げて口元を覆い、片手で体中をまさぐる。頭や背中、腹部など至るところに痛みはあるが、血らしいベタつきは感じられない。とりあえず五体満足であることにホッとして、それから辺りを見回す。

 

 「えほっ、えほっ……なんなのよ一体……」

 「はぁ……だ、大丈夫? お姉ちゃん、アリスちゃん。そこにいるの?」

 

 粉塵の中に二つの人影が揺れていた。アリスと真向かいにいるのはリオナで、壁際にいるのがリリィだろう。2人とも大した怪我は負ってないようだ。

 

 「ちょっとちょっとちょっと!! なんなんですかこれはぁ?!」

 

 その時、ドタドタドタ、と慌しい足音が聞こえて、食堂一帯の煙が渦を巻く。シルエットしか見えないが、声からしてチェロットだろう。

 そのチェロットらしき人影は、しばらくその場で右往左往していたが、少しして壁側に駆け寄り、木枠の窓を一つずつ全開にしていった。


 窓から流れ込む風は白い煙を引き連れて玄関から抜けていき、食堂は徐々にその内情を明らかにしていく。

 

 「うあ、あ、ああ…………」

 

 割れたテーブル、折れた椅子、破れたカーペットの上に散乱する欠けた食器類、砕けた植木鉢、亀裂が入った壁、無残なゴミと成り果てた絵画や小物等々……。

 

 粉塵が晴れた室内は、廃墟と表現するに相応しい状態だった。覚束ない足取りでその中をふらふらと彷徨ったチェロットは、よろつきながらも立ち上がる3人の前まで辿り着き、ギロリと彼女たちを睨み付ける。

 

 「これはどういうことですか?! さっきの爆発! お客さんたちがしたんですか?!」

 「あ、いや、なんていうか……」

 

 回答に窮するリオナは、咄嗟にアリスを指差した。

 

 「わ、私たちのせいというか、こいつがバカみたいな魔力を出して……」

 「は? ちょっと待て、俺のせいか?! お前らがやれって言ったんだろうが!」

 「ちょっとで良かったのよ! それなのにアンタときたら、こっちの呼びかけに全然反応しないで! いつまでも水晶から…………ああーっ!!」

 

 アリスを反駁していたリオナが、出し抜けに大声を放つ。彼女が見つめる先はアリスの足元、窓から差し込む陽光を浴びて煌く、真っ二つに割れた水晶玉だった。

 

 「こ、これっ、ウソっ、割れ、割れてぇ……!」

 

 急いでアリスの足元にしゃがみ込み、割れた二つを両手に持つリオナ。震える手でそれらの切断面を合わせてみるが、当然、それで水晶玉が元通りになるはずもなく。

 

 「ああ、アンタぁ! なんてことしてくれたのよ!!」

 「あー、落ちて割れちまったんだなぁ」

 「割れちまったんだなぁ、じゃない!! なに暢気に言ってくれてんの?! どうしてくれんのコレ?!」

 「それも俺のせいかよ! 何度も言うけどな、お前らがやれって言ったんだぞ!」

 「部屋を吹っ飛ばすまでやれって誰が言ったああっ!!」

 「お姉ちゃん!!」

 

 激昂するリオナを諌めたのはリリィだった。

 どうして私が怒られなきゃならないのか。そう思ったのだろう、リリィを睨みつけるリオナだったが、彼女が全く別の方向を見つめていることに気付いて、そちらへ首を回した。

 

 そうしてアリスたちは、瞳にいっぱいの涙を湛えているチェロットを目の当たりにする。

 

 「いい加減にしてください……!」

 

 微笑む女性が写る、ガラスの割れた写真額を胸に抱き、掠れた声を漏らすチェロットを前に、3人は何一つ弁明できなかった。

 

 沈黙する食堂。

 

 接近してくる足音が聞こえ、全員が食堂と厨房を繋ぐ通路を見つめる。扉の無い出入り口から現れたのはホテルのオーナー、オーブル=アーヴィングだった。

 

 「お父さん!」と、チェロットは駆け出し、彼の懐に飛び込んだ。 

 チェロットを受け止めたオーブルは、彼女の頭を優しく撫でながら訊ねる。

 

 「大丈夫かチェロット?」

 「あたしは大丈夫……だけど、お店が……」

 「何があったんだ?」

 「あの人たちが!」

 

 チェロットはオーブルから体を離し、アリスたちを指し示した。

 

 「あの人たちがやったの! この店をめちゃくちゃに!」

 「ま、待って! た、確かにこれをやったのは私たちだけど、話を聞いて!」

 「言い訳なんかしないで! お父さん! 自警団の人たち呼ぼう!」

 「い、言い訳じゃないの! お願いだから話を――――きゃあっ?!」

 「ひぃっ?!」

 

 ガシャン! とリオナとチェロットの口論を蹴散らした大きな音。

 振り返ると、天井に吊るされていた照明が床に落ちていた。爆発によってコードが千切れかけていたのだろう、砕けた電球を見つめて全員が言葉を失う。


 自然、外からの喧騒が大きくなってきて。


 ただでさえ集まった群衆が、女の子たちの甲高い言い争いでさらに関心を深めてしまったようだ。

 

 「…………とりあえず落ち着こう。チェロット、おまえもな」

 「お父さん、でも……」

 「言いたいことは分かる。だが、話を聞いてみないことには何も分からん。自警団を呼ぶかどうかは、その後だ」

 

 オーブルは重い口調でチェロットを黙らせ、近くのテーブルを起こした。そして、まだ使えそうな椅子を選んでそれに寄せ、アリスたちを手招きする。

 

 「ここに座って待ってなさい。チェロット、おまえはここの片づけをしてるんだ。危ない物や重い物は俺がやるから、それ以外な」

 「……どぉしてあたしが……」

 

 釈然としてない面持ちのチェロットだったが、父親には逆らえないのか、大人しく壊れた家具の移動を始めた。

 

 方やオーブルは、硬い動きで椅子に座るアリスたちから背を向ける。

 

 「面の人たちと話してくる。少し待ってなさい」

 

 そう3人に告げて、オーブルは玄関へ向かった。

 

 

 

 その後、人数分のティーカップとポットを携えて戻ってきたオーブルに、リオナは事の顛末を伝えた。

 

 「魔力の暴走、か……」

 「はい……」

 

 すっかり意気が無くなったリオナが、俯き加減の頭を小さく上下に揺らした。

 オーブルは紅茶を啜り、カップを置いてテーブルの上で両手を組む。

 

 「俺は魔法のことはからっきしでなんとも言えんが、しかし事態が事態だ。間違えましたごめんなさい、で済む問題じゃない。それは理解してるな?」

 「はい……」

 「そして、旅をしているというお前たちでは、今回の損害を全て弁償して示談、ということもできないだろう」

 「はい……そんなお金はありません……」

 「とするならば、後は親に払ってもらうしかないな」

 「それは、その、親はちょっと、できないというか……無理というか……」

 「じゃあ自警団に連行してもらうか?」

 「そ、それもちょっと……」

 

 リオナは躊躇いがちに答え続けた。

 しかし、いずれの返答もオーブルたちの要求にはそぐわない。それが気に障ったのだろう、オーブルの影で話を聞いていたチェロットがテーブルに手を叩きつけた。


 「ふざけてるんですか?! アレもダメ、コレもダメって、じゃああなたたちに何が出来るんですか?! 本当に謝る気あるんですか?!」

 「それはっ、本当よ! 本当に申し訳ないと思ってるわ!」

 「じゃあなんとかしてくださいよ! ここを元の状態にしてくださいよ!」

 「そんなこと言われたって……」

 

 言い淀むリオナに、チェロットは激しく切歯する。

 

 「もういいよお父さん! 自警団を呼ぼう! ぜんぜん反省する気ないよこの人たち!」

 「落ち着けチェロット、そうがなるな。だが……この子が言うことは尤もだ」

 

 チェロットを宥めて、オーブルは3人に厳しい視線を送った。

 

 「残念ながらお前たちからは反省する気が感じられない。だから自警団を呼ぶことにする。申し訳ないがそれがルールってモンだ。いいな?」

 「…………っ、」

 

 リオナは何かを言いたそうに口を動かすが、結局、震える唇から声は生まれなかった。悔しそうに奥歯を噛み締め、膝の上に置いた自身の両拳を見つめるばかり。

 

 その隣ではリリィが、心配そうにリオナを見つめていた。さらにその隣にいるアリスは、腕を拱いて表情を険しくしている。

 

 そんな少女たちを前にして、オーブルは重く息を吐き出した。

 

 「ふぅー…………しかし、なんだってお前たちは旅なんかしてるんだ? 親は何をしている? 今の話じゃあ、あまり仲の良い印象を受けなかったが……」

 「それは……」

 

 リオナは久しぶりに顔を上げ、リリィと目を合わせた。それだけで何かを通わせたのだろうか。妹の不安げな表情をしばらく凝視していた彼女は、意を決したように正面を向き、オーブルに告げる。

 

 「母は、いません。二年前に他界しました」

 「そうか……悪いことを聞いたな。それで、父親は?」

 「いません。蒸発しました。多額の借金を残して」

 

 リオナの告白にアリス、オーブル、そして息巻いていたチェロットでさえ言葉を失った。

 

 リオナは、続ける。

 

 「私たち姉妹は小国『クインバーナ』の『アルタ』という小さな町で産まれました。私たちの父は地元で細工師を営んでおり、その工房で私たち家族は暮らしてました。でも、昨今の技術革新に押されてどんどん顧客を失い、資金繰りに困った父は金融会社にお金を借りて事業の建て直しを図りました。ですが、うまくいかず、膨大な借金だけが残りました」

 「……それで、お父さんは……」

 「……逃げました、私たちとお母さんを捨てて! お母さんはなんとか借金を返そうと朝から晩まで働き続けて……過労で亡くなりました。私たちの旅は、そこから始まりました」

 

 ぽたり、とテーブルに雫が落ちる。

 リリィは声を出さず、流れる涙を拭いもせずに泣いていた。リオナも、瞳に涙を溜めて、しかし決して流さず、震える声を懸命に紡ぐ。

 

 「家には毎日、取立てに来る人たちがいたから。だから、私たちはお母さんの葬式も挙げることができなかった。そんなことはいいから逃げなさい、ってお母さんが言ったから。ベッドの中で息を引き取るお母さんを見届けて、その夜に家を出て、国を出て、ここまで2人で、来ました」

 「……………………」

 

 オーブルは、何も言わない。

 濃い毛をはやした手を額に当て、その表情さえ見えない。

 

 代わりに言葉を発したのは、チェロット。

 

 「……あなたたちにも事情があったこと、それは分かります。でも、それとこれとは、あの、関係無いことで……店もこんなになっちゃって、それでお咎めなしってのはこっちも困るんです。だから…………ね? お父さん?」

 

 だが、子どものチェロットに責任の追求は荷が重すぎた。姉妹の涙から目を逸らすようにオーブルへと顔を向ける。

 しかし、やはり彼からの返事は、無い。

 

 「お父さん……?」

 

 明らかな異常を察して、チェロットはオーブルの顔を覗き込む。その時、手の影からつぅー、っと流れ落ちる一筋の雫を彼女ははっきりと視認した。

 

 「お父さん、まさか……!」

 「…………っ!」

 

 背凭れを支えにして体を反転させ、オーブルはチェロットから顔を隠す。大きな背中を小さく丸めて、聞こえてくる声は嗚咽に濁っていた。

 

 「クソッタレ…………責任の取れねえヤツがガキなんか作りやがって……! どうして子どもたちがこんな目に遭わねえとならねえんだ、畜生が……!」

 「ちょちょちょ、お父さん! 落ち着いて、冷静になって!」

 

 チェロットはオーブルの背中を摩りながら必死に彼を宥める。事態を把握できない他の3人はポカンと呆けて、親子のやり取りを見つめていた。

 

 「大丈夫だ、俺は冷静だ。冷静に、この娘たちのこれまでの苦労を考えてみただけだ」

 「その結果がその涙でしょ?! やめてよ、もうイヤだからねあたし!」

 「親に頼れないのも当然だ。頼る親がいないんだから。この歳で、2人の妹を連れて……クソッ、馬鹿親父が、ここにいたらぶん殴ってやるのに……!」

 「もぉーっ! もぉーっ! またコレだ! また情に流されてこのバカ親父ぃ!」

 

 真っ赤になった鼻を摘み、必死に涙を抑えようと試みながらも咽び続けるオーブルと、そんな彼をポカポカと殴るチェロット。

 

 (え? 何これ、どういう状況?)

 (わかんない……わたしたちに同情してくれてるみたいだけど……)

 (さらっと俺姉妹にされてるし……)

 

 「いいか、チェロット。この娘たちはな、父親に裏切られたんだ。こいつらを命がけで守るべき父親が、だ。そしてヴェネロッテまで来た…………決して楽な旅じゃなかったはずだ。大人の汚いところもたくさん見てきただろう。今、ここで俺がこいつらを突き放してしまえば、俺は一大人として、おまえを育てる親として、正しい道を歩むことはできん」

 「それはっ、分かるけど! なにもお父さんじゃなくても……!」

 「違う、俺がやるべきなんだ。問題を起こしたこいつらを叱る大人として。その上でこいつらの身の上話を聞いた者として、その責任があるんだ」

 「……でも、でもぉ……」

 「聞き分けてくれチェロット。おまえだって、心の中ではこいつらを通報したくないはずだ。俺の知るおまえなら、お父さんとお母さんの間に生まれた心優しいおまえなら…………そうだろう?」

 「もおぉっ、もぉーっ! もおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 オーブルはチェロットの小さな体を抱き寄せる。その胸の中で叫びつつ、なぜか彼の背中に腕を回すチェロット。

 

 (いや、ホント。これ一体どういう状況?)

 (わたしたち何を見せられてるんだろう……)

 (親子の愛、か…………いいモンだな、本当に)

 

 その頃には、リオナたちの涙などとっくに乾いていて。

 それからしばらくの間、オーブルとチェロットの愛情表現は続いた。

 

 呆れたアリスたちの視線にチェロットが感付いたのは、しばらく経ってからのこと。彼女は急いで父親の抱擁から抜け出すと、コホンと咳払いして淡く朱に染まった顔を上げた。

 

 「お見苦しいところをお見せしました。申し訳ありません」

 「そ、そんなことないわよ? 素敵な親子愛だわ、ねえ?」

 「へえっ? あ、ああ、うん。とっても感動したよ。ねえ、アリスちゃん?」

 「ナカガヨクテウラヤマシイナー」

 「みなさんの生暖かい視線が痛い……っ!」

 

 何事も無かったかのように振舞っていたものの、アリスたちの反応によって朱色の頬がさらに赤くなり、チェロットは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

 

 そうして身を捩じらせるチェロットから視線を動かし、リオナはオーブルに目をやる。彼もまたリオナに視線を合わせたところで、大きく鼻を啜ってから口を開いた。

 

 「んんっ…………まあ、そういうワケだ。お前たちを自警団に突き出すのはやめておく」

 「あ、ありがとうございます!」

 「だが、今回の件がチャラになったワケじゃない。お前たちにはお前たちのできる範囲で償ってもらう。意味が分かるか?」

 「……え、えっと……」

 

 リオナは眉を曇らせる。そんな彼女にオーブルは、人差し指を立てた手を大きく回して室内を強調して見せた。

 

 「この建物の修繕費と備品の買い直しの代金、それらだけはきっちりと払ってもらわなければならない。金が無いとすれば、働いて返してもらうしかない。俺ができる最大の譲歩はそこまでだ」

 「……………!」

 

 意図を察したリオナは急いで立ち上がり、深く頭を下げた。

 

 「これ以上ご迷惑をお掛けしません! 精一杯働きます! どうぞよろしくお願いします! ほら、リリィも!」

 「う、うんっ。これからよろしくお願いします!」

 

 リオナに促され、リリィも立ち上がってオーブルにお辞儀する。ついでにアリスも2人に習って座ったまま低頭した。

 オーブルは目を瞑って小さく頷くと、椅子から立ち上がる。

 

 「まずはこの部屋の片付けと、それから壊れた備品の在庫確認、無ければ買出しだ。チェロット、面倒を見てやれ。俺は昼の仕込みを急ぐ」

 

 チェロットにそう命じて、オーブルは厨房へと消えていった。

 はあ、と溜息をついたチェロットは、頭を掻き毟りながら振り返る。

 

 「仕方ねーですね。お父さんが言い出した以上、もうあたしの忠告なんて届かないでしょうし。それで妥協します。ホントにもぉ……」

 「ご、ごめんねチェロットちゃん」

 

 愚痴るチェロットにリリィが謝ると、彼女は緩く手を振った。

 

 「もーいいです。それより、口より手を動かしましょう。と、その前にみなさんの服装ですね。そのままで作業されても困るので、従業員用の服に着替えてもらいましょう。ついてきてください」

 

 チェロットは踵を返し、受付の方へ歩いていく。その背中に従って、テーブルから離れるアリス。

 しかし、リオナは椅子から立ち上がらず、優雅に金髪を靡かせるアリスの背中を目で追っていた。

 

 「どうしたのお姉ちゃん?」

 

 不審に思ったリリィが問いかける。

 するとリオナはアリスへの視線を断ち、自分の手元に瞳を傾けた。

 そこにあるのは、真っ二つに割れた水晶玉。

 

 「『勇者の極光ヘヴレキシオン』……」

 「え?」

 「さっきの検査で、あいつが放った光の色。虹のような七色の光だったでしょ? それをそういうのよ。魔法学校で教わった」

 

 そしてリオナは再びアリスへ顔を向ける。

 

 「普通、人が持つ魔力色は一つだけ。だけどあいつは七色。そんな魔力色を持つ人間は歴史上、2人しかいない。1人は教皇エリエステル。そしてもう1人は、魔王を倒し、世界に平和を齎した勇者『ルカ』」

 「それって……!」

 

 目を見開くリリィに頷き、リオナは両手で二つの欠片を持ち上げる。

 

 「そして、宝石の中で最も魔力の許容が広い水晶を内側から破壊する、あの膨大な魔力…………この水晶が割れたのは、ある意味運が良かったのかもしれないわ。これが割れたおかげで力が分散されて、あの程度の爆発で済んだ」

 「……ということは、アリスちゃんは本当に別の世界から……!」

 「……どう、なんだろうね。あいつの話の信憑性が増したのは事実。だけど……だからといってあいつを信用していい理由にはならない。いいえ、むしろ距離を取った方が懸命だわ」

 

 リオナの言葉は、次第に調子を強めていく。光を多角的に反射するでこぼこの断面を見つめる彼女の表情は、それに合わせて険しさを増していった。

 

 「そうよ……あんなヤツ、信用しない方がいい。私たちの宝物をこんな風にしたんだから…………許せない、絶対に」

 「…………うん。だけどさ、アリスちゃんに悪気があったワケじゃないよ」

 「なに言ってんのよ。悪気があろうとなかろうと、壊したのはあいつでしょ? この食堂をこんなにしたのも本来はあいつなんだから」

 「でも、魔力色を調べようって言い出したのはわたしなんだから。結局、悪いのはわたしなんだと思う」

 「待って、待ってよリリィ。どうしてあいつの肩を持つの? 悔しくないの? この水晶が私たちにとってどれほど大切な物か、知らないワケじゃないでしょ? 腹が立たないの? ムカつかないの? ちょっとおかしいよ、アンタ」

 

 同調せず、それどころかアリスを擁護する発言を繰り返すリリィに、リオナは言葉を荒げた。

 しかし、敵意を露にする姉に対し、リリィは寂しそうに微笑んで。

 

 「しょうがないよ、お姉ちゃん。これはもう、しょうがないことなの」

 「しょうがないって、アンタ……」

 「ちょっとそこのおふたりさーん?! いつまでお喋りしてるおつもりですかー?!」

 「あ、はーい! さっ、お姉ちゃん行こうっ!」

 

 リオナは反論しようとするが、チェロットの大声によってそれは防がれてしまった。

 そしてリリィは、これ以上姉と口論する気が無いのか、返事を待たずに駆け出していってしまう。

 

 「リリィ……」

 

 その人に向けて放たれた声は、しかし決して届くことなく、ズタボロのカーペットの上を転がって消えた。

 

 

 

 



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