西へ

橙 suzukake

vol.01 ~「Chance!」(1984) 白井貴子~

 朝、いつもの時間に起きたけれど、今日の行き先は職場ではない。

 今日は、行き先の決まっていない一泊二日の一人旅。

 そんな日の朝ごはんは、温泉宿に泊まっているわけでもないのに、だいぶ多めになる。

 「泊まる場所が決まったら電話する」とだけ家人に告げて家を出る。


 方角は西。

 コンセプトは「できるだけ海の近くを走る」。

 エンジンを温めている間、缶コーヒーを飲みながらそれだけを決める。

 ランドセルをしょって学校に行く小学生諸君、

 革靴を履いて出勤する会社員諸君、

 僕が行くところは、今日は、諸君らとは違う。

 いわば、勝ち誇った気分で最初のカーブへハンドルを切る。


 「いつもの風景がいつもとは違う」

 どこかで聞いたことのあるような詞が浮かぶ快感。

 「ガソリンも満タン。心も満タン。」

 これはどこかのCMで聞いたフレーズ。

 学生のときには味わえなかった時の恵みを感じながら、わざと出勤コースを選んで走る。


 前夜に選び抜いたMDの中からスタートにふさわしい1枚を突っ込む。

 カーステレオの音量は爆音。

 窓を開けてたってだいじょうぶ。

 前後の車も、すれ違う車も、どうせいつもの時計代わりのラジオを聴いてるはずだ。


 僕は、ちがう。


 「Chance!」。

 ドライブのスタートにはベタすぎる曲だ。

 なんと言っても前奏がすべて。

 アクセルが思い切り踏まれ、言いたくはないが、心弾む。

 12inchが流行った頃だ。

 猫も杓子も、前奏と間奏を思い切り伸ばしただけの12inchをつくった。

 かの「ヤマトナデシコ七変化」でさえ、12inchがあった(しかも、よく聞いていた)。

 それらよりも少し前に流行ったテクノポップスの12inchへの貢献は大きい。


 テクノの貢献を受けていないけど、「Chance!」もまたしかり。

 このベタな前奏と間奏が、これでもかといわんばかりに繰り返された。

 懐かしさを味わうために、紛失した12inch版を録音したテープを惜しくは思うけど、「Chance!」は、シングル版がベスト。しかも、リピート再生無しで一発で終わらせるのがベスト。それが、次の機会にこの曲を聴くときの言いたくはないが、「トキメキ」を生む。


 だから、気合いを入れて爆音に負けない大声で歌う。

 朝一番の歌い始めは、高いキーが出ない。

 でも、だいじょうぶ。

 今日は、長い。

 今は左にあるお天道様が、右側に移っても、まだハンドルを握っているはずの今日だから。



♪白井貴子「Chance!」

https://www.youtube.com/watch?v=pQbzz9JeWmw

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