不可視領域の観測

「とりあえず・・・女子2人には裏に入ってもらって、響くんは私と接客かな」

「俺はそれいいが、変なことするなよ?」

「いくら響くんがカッコイイからって浮気はしないわよ。そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「お前じゃなくて篠田を心配してるんだが」

「それじゃあ、2手に分かれてお仕事しよっか」

「「「はい」」」

「聞けよ」


俺は店長に連れられるがままに、レジ前に移動させられた。


「まずは接客の基本だね。はい、いらっしゃいませ!」

「い、いらっしゃいませ」

「もう1回!」

「いらっしゃいませ!」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


確かに声量も接客にとって大事なことではあるが、他にも大切なことがあるのでは、と思った響だったが、そんなことは店長には感じ取られていなかった。


「それくらい出来れば十分かな。そろそろ予約のお客さんが来ると思うから、実際に接客してみ」


響はそう言われ、軽く身なりを整えてると、1人の年配の女性が店へと入ってきた。


「いらっしゃいませ」

「予約してた山田ですけど」

「かしこまりました。少々お待ちください」


響は1度裏の厨房へと戻ると、予約の確認をした。


「山田さん来たのか?だったらそこの冷蔵庫に入ってるから、値段もそこに書いてあるから」


2人に本格的な製菓の作り方を教えながらも、友樹さんは指示をくれた。


「お待たせ致しました。こちらでよろしいでしょうか」


1度蓋を開け、おばあさんに中身を確認してもらう。


「はい、ありがとうございます」

「ではお会計の方が・・・」


会計を済ませ、おばあさんが笑顔のままで退店していくのを見終わると、思わず響から深いため息が出てしまった。


「お疲れ様、初めての接客だよね?どうだった?」

「すごく緊張しました」


話していて固くなってしまったり、声も少し小さくなっていたかもしれない。


「私は見てて、上手いと思ったよ。軽く勉強してきたにしても、言葉がすぐに出てくるのはすごいよ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「でも今日はこれでほとんど午前中のお仕事終わりかなー」

「そうなんですか?」

「うん、休日の明日とかはともかくとしても、平日の午前中ほど暇な時間はないよ。厨房は忙しいみたいだけど」


そんなことを言いながらも、店長は厨房を手伝おうとする様子はなかった。


「ねえ、響くんはどっちが本命なの?」


ショーウィンドウの上に身体を乗り出すようにしながら、脈絡もなく店長は聞いてきた。


「何と何がです?」

「察しが悪いねぇ。みのりちゃんと小夜ちゃんだよ。どっちが好きなの?もしかして付き合ってる?」


感性がクラスメイトの男子と大差ないようだ。


「2人ともいい友達ですよ。どっちの方が大切とかもありません。どっちも大切な友達です」

「なんだか可哀想になってきちゃうね・・・」


店長がそんなことを小さく呟いた。


「何が可哀想なんですか?」

「そこ聞こえちゃうんだ・・・そのうち分かると思うよ」

「は、はぁ・・・」


そんな感じで、この話にも区切りがついたので、今度は響から話を振ってみることにした。


「店長は友樹さんとどうやって出会ったんですか?性格的になかなか珍しいと思ったので」


実際、妻の方が力を持つのではなく、妻が派手にやってそれを見ている夫という形はなかなか見ない。


「私と友樹の出会いか・・・確か大学生の時にサークルで会ったのが最初かな」

「どんなサークルだったんです?」

「んーっとね。ESSクラブ」

「英会話ですか、なかなかオシャレですね」

「え?違う違う、E(エビの)S(神秘)S(調べる)だよ」

「サークルを立ち上げた人と名付けた人は絶対にどうかしてやがる」

「ちなみに私は桜えび専攻だったよ。本当に今でも桜えびは好きだからね〜」

「製菓店やってるじゃないですか」

「そしてそこで今の旦那と出会うわけよ」

「スルーですか」

「最初は気が合わなくて、すぐに喧嘩してたんだよね・・・」

「きっかけがあったんですか?」

「うん、あれはESSの旅行で3人本場の伊勢海老を食べに行った時だったよ」

「とことんESS絡んできますね、そしてメンバーが少ない」

「その前から先輩と旦那がずっと付き合ってると思ってたんだけど、旅行でも何となく2人と距離感感じててさ・・・」

「それでせっかくの旅行だから二人っきりにしてあげようとか考えちゃって。私だけ夜の街に繰り出したわけよ。そしたら案の定ナンパされちゃって」


「案の定」という言葉に少し疑問を感じながらも、「まあ性格を知らなければそんなものか」と響は自分の中で納得させた。


「本当に強引で困ってたらカッコよくともくんが現れてさ。その瞬間には惚れちゃったね」

「それからどうやって付き合えたんですか?」

「実は先輩がともくんの親戚でね。それで仲良かったみたいだから、少しサポートしてもらったの」

「そういうの凄く憧れますね」


すると店長は、ジト目をしながら響の方を見た。


「嘘言いなさいよ。もっと告白とかされてるんじゃないの?」

「いいえ、たまに校舎裏に呼び出されるんですけど、いくら待っても来なくて、最終的に赤いペンキか絵の具を付けた女の子が来て帰るんですよね」

「え・・・」


さっきまでの活発な姿とは打って変わって青ざめていった・・・どうして?

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