好きだって言わせたい
安里 新奈
幸せを前提とした物語
高校生としての学校生活や、新しい人との交流に慣れてきた響だったが、どうしてもこの時間だけには慣れる気がしない。
どこを見ても、そもそも周りの見ることすら難しい状態で30分以上立っていなければいけないのだ。
通勤電車、それは会社員、学生にとっての共通のストレス
最近なんかでは、海外の頭がいい人が通勤電車のストレスは殺し合い並とすら言ったそうだ。
しかし響の慣れない理由はもう1つあったりする。
頭に軽い痛みと、鳥肌が立つような気持ち悪い感覚が襲う。
まさにその感覚は、嫌悪感を思わせるものだった。
ほとんど見える隙間なんてない通勤電車だったが、辛うじて見えた隙間から一人の女性を確認できた。
「すみません・・・」と謝りを入れながら、響はその女性の元へと進んでいく。
少しづつだが、頭痛や、気持ち悪い感覚も増してきた気がする。
痛みに耐えながら何とか女性の元へと移動することが出来たが、少しの間その女性を観察をすることにした。
「・・・・・・っ」
明らかに嫌がる素振りを見せた女性へ、響は慌てて駆け寄った。
響は女性の後ろに移動すると、そこにいた男性の腕を捕まえた。
「何してるんだよ?それって立派な犯罪だからな」
響の少し切れ長な目付きに、男は驚いたと思えば、すぐに青ざめ、女性の顔には安堵が浮かんだ。
そして響も、思わず安堵してしまった。
ちょうど学校近くの駅に到着し、男をそのまま後ろ手に捕まえたまま駅員へと引き渡した。
「本当にありがと・・・ってまた篠田くんかい」
もはや顔見知りとかした駅員さんにそんなことを言われてしまった。
「痴漢する方じゃないですし、そんなこと言わないでくださいよ」
「そりゃ、こっちもありがたいけどさ。篠田くん何か手品でも使ってるみたいにポンポン捕まえてくるのが、若干怖くてよ」
「本当にたまたまですよ。困ってる人を見逃せないだけです」
響は誤魔化すように必死に説明した。
「困ってる人を見逃せないで通勤電車の痴漢率下げることは無理なんだけどな。こっちで書類は書いとくから学校行っていいよ」
駅員さんにそう言われたので、響は学校へと向かうことにした。
ある日を境に響の中で目覚めた異能力「感情共鳴」
人が人に対して思っていること。知ることが出来る異能力を得た響は、使い道に迷った挙句にこうして通勤電車で痴漢の検挙に使用している。
自分には使えないことや、他にも多く弱点が存在する「感情共鳴」だがこうして人の役に立てて、本当にいい能力を貰ったと響自身思っている。
ただ同時に、この能力があることで人の様々な一面を見てきた。
知りたくなかった事実や、考えたこともなかった感情。
それでも、誰かのためにだったら響はなんの躊躇もなく使うことが出来た。
「・・・あっ、篠田くんおはよう」
駅を出ると、一人の女の子から声をかけられた。
艶のある長い黒髪、ハッキリとした双眸、そのスタイルや容姿も相俟って和装の似合いそうな大和撫子。
「おはよう神崎、毎日のように会う気がするな」
出会ってからしばらく経つが、電車登校ではほぼ会っている響と神崎、約束もせずにここまでの遭遇率を誇ることに、響は若干の謎すら覚えていた。
「実際そうだと思うよ。本当に偶然だね」
「偶然にしてはすごい確率だけどな。出待ちとかしてるのか?」
「そんなわけないでしょ!」
冗談のつもりで言った響だったが、思いもよらず神崎が否定してきた。
「ごめん冗談のつもりだったんだが・・・嫌だったなら謝るよ」
「そ、そういうわけじゃないから・・・ええぃ!とにかく行こうよ」
「それもそうだな」
長い黒髪をたなびかせながら響の後ろを神崎が付いてくる。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「それにしても暖かくなってきたね」
まだ眠たいのか響は欠伸をしながら、神崎は道路の方を見ながら言った。
通り道に咲いている桜が、少しづつ散っているのを見ながら神崎は呟いた。
「俺は春くらいが好きなんだけどな」
歩きながら返事を返してくれる篠田くんに、神崎は思わず笑顔が出てしまう。
(やっぱりどんな小さなことでも会話を作るのは大事だよね)
毎日一緒に登校することや、小さな会話を広げていくことの大切さはここ最近で大切さに気づくことが出来た。
「相変わらずここの交差点って人多いよな」
学校までの通り道でよく使うスクランブル交差点に篠田くんは困ったような顔をした。
(いけるかな)
少しでも響に近づきたい、そんな気持ちがこの時の神崎にはあった。
軽く目をつぶり、頭の中を真っ白にした。
「・・・早くしないと遅刻するし、行こ」
先導するようにして、神崎は前に歩き出した。
「それもそうだな」
信号が青に変わると共に、私たちを含めた多くの人が移動する。
「わっ・・・とと」
篠田くんは誰かに当たったのか、軽くよろけている。
そのまま神崎の方へと倒れ込んできた。
「大丈夫?」
「ああ、悪いな」
少し恥ずかしそうに響は身体を神崎から離した。
そして神崎は抱き抱えるような形になり、心の中でガッツポーズをした。
(だいぶこの能力のコツも掴んできたかな)
いつの間にか神崎の中で生み出されていた異能力「状況作成」
簡単に言えば、好きな場面を作り出せるこの能力だが、最初のうちは使い方よりも使い道に困ってしまっていた。
(でもまさかここまで恋愛に使えるとは思ってなかったなぁ)
かなりの制約があるとはいえ、そこそこモテる篠田くんレースに大きく前進出来たこの能力にはかなり感謝している。
(でも頭の中でイメージしないとだからなぁ・・・もう少し小説とか読もうかな)
「神崎、さっきからボーッとしてるけど大丈夫か?」
響は心配そうに神崎の顔を覗き込んだ。
「だ、だ、大丈夫だよ・・・」
「本当か?声が上ずってるけど」
君が近いからだよ!と言いたかったところをグッと抑えて再び篠田くんに笑顔を見せる。
「大丈夫!ちょっと今度のテストのこと考えてただけだからさ」
「それならいいけど・・・」
篠田くんはまだ少し心配そうにこちらを見てくる。
(本当にこういうところを勘違いされそうだから私の方が心配なんだけどね)
心配性なところも好きになってしまったのだから仕方ないと割り切り、篠田くんの後ろを付き添うようにして神崎は歩き出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「それじゃあ二色は、今日から1組だから。よろしくな」
2年1組の担任にそう言われた彼女は名簿を確認した。
「・・・篠田響」
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